恐竜
入試における成績優秀者の一人、カタリナは、眼鏡をクイッと持ち上げた。入学一ヶ月後に行われる新入生による大会は、まさに出世の第一歩。登竜門である。
優勝すれば賞金と男爵家の爵位が得られる。代わりに軍人や憲兵となる義務が課されるが、これは人生におけるエリート街道確定を意味する。
たとえ優勝に届かずとも、三位入賞すれば莫大な金が手に入る。死亡率二割を超える学園に生徒が殺到するのは、在学中、そして何より、卒業後に破格の恩恵が得られるからだ。国内、否、地域全体でも自らの腕前で出世しようという人間にとって、最も有名な名門校。それがアウレリア分校である。
大会はトーナメント形式で行われ、四回勝つことで決勝戦に進むことができる。これは極めて過酷な試練であり、生半可な実力では挑戦すらせず諦める。衆目の中敗北し、恥をかくことが確定しているからだ。
対戦カードは、当日その場で明かされることになっている。果たして、届いた紙に記されていた一戦目の相手は。
(ルカ・バルベリーニ?)
カタリナはコツコツとメガネのブリッジを指で叩いた。確か入試の時、奇声を発していた男子生徒だ。噂によると、とてつもなく強力な念動系能力を持つらしい。そして性格も、能力の強大さと同程度に悪いという。しかし。
(単純な力では、絶対私には勝てない。ここから始めるんだ。必ず勝つ!)
控室の扉が開き、カタリナは真っ直ぐ歩き出した。なけなしの金で購入した安物の剣が、その腰でカシャカシャと頼りない音を立てていた。
闘技場内に近づくにつれ、熱気と歓声が全身を揺さぶり始める。学外からも観覧客が訪れる一大イベントだ。プレッシャーは尋常ではない。一歩一歩踏み出す度に、重たい空気が脚に絡みつく。遂に、カタリナは場内にたどり着いた。
明るい。入学前実力審査の行われた場で、カタリナはルカと対峙した。内臓揺さぶる喧騒が、否が応にも緊張を高めていく。
壁には複数の武器が飾られている。仮に強敵を前に武器を弾き飛ばされても、壁際まで走れば、新たな武器を手にして戦い続けることができる。もっとも、無手でそこまで辿り着くこと自体困難ではあるが。
ルカはブブンと剣を振るい、堂に入った構えを見せた。素人目にも分かる圧倒的な腕前。手強い。剣術面において、ほぼ素人の平民であるカタリナが太刀打ちできるレベルではない。
(でも私にはこの力がある!)
カタリナは邪魔な鞘を投げ捨て、抜き身の剣を構えた。
――――――
ルカは緊張した面持ちで審判を見やった。結局、大会までに使徒と戦う決心はつかず、能力抜きで戦う羽目になった。
観客席を見やるも、そこに家族の姿はない。
(父上、母上。やはり観に来てはくださらないのですね。それは息子が醜態を晒す様が見るに耐えないからですか、それとも興味のなさ故ですか)
答えは、おそらくその両方だ。ルカは抗議するように、強く足を踏み鳴らした。
審判が手を振り上げた。いよいよ、その時だ。
相手の少女を見やる。熊狩の時にいた、成績優秀者の一人だ。おそらくそれなりの実力者なのだろう。
(如何な強者であろうと、ただ踏み潰すのみ!)
「始め!」
号令と同時に、相手は動いた。懐に手を突っ込み、取り出したのは、何かの骨である。直後、凄まじい咆哮と共に、ソレは現れた。
「何ィ!?」
アロサウルス、ヴェロキラプトル、スピノサウルス、ステゴサウルス、トリケラトプス、アンキロサウルス。得体の知れない存在を前に、ルカは驚愕した。
(何だこの生物は?いや待て、博物館で見た骨格から推定するに、およそ二億年ほど前の地層から発見された恐竜というやつではないか?)
瞬時に推論を立て、正体を看破する。まだ仮説の段階だが、一先ずそういうことにして傍に置く。
(奴の能力は……召喚術ではない。物体を呼び出した時に発生する空間の歪みは見られなかった。本人の戦闘力はどうだ?剣を鞘から抜いた動作で分かる。剣術の心得はない。足運びも完全な素人のそれだ)
さらに推論を重ね、敵の能力・力量を測る。
ここまで試合開始から二秒。ルカは勝利への道筋を組み立てた。
(仮説の通りなら、次の手は読める。ならば対応できる。幸い、事態は致命的な段階には至っていない。後は、標的から目を離さなけば勝てる)
ルカは、恐竜の群れを警戒しつつ、その目を逸らしていた。見ているのは何も見当たらない観客の方である。
(まだ隠し玉があるはず。ならばそれも見切るのみ)




