独白
明くる日の朝。ルカは王都内南方に位置する迷宮を訪れていた。
迷宮。100年以上前に出現した、石造りの建造物。内部には恐ろしいトラップや怪物、そして財宝が眠っている。外観は荘厳な神殿だが、今も内部では血生臭い戦闘が繰り広げられているのだろう。
そんな危険地帯に、ルカは躊躇なく足を踏み入れた。迷宮は世界中に点在しているが、この迷宮は比較的浅く、10層ほどしかない。
しばらく進むと、複数の扉が見えてくる。ルカがその一つに手をかざすと、物音ひとつ立てずに扉は開かれた。
石造りの階段を降り、第三層に到達する。ルカは中等部時代に第三層まで迷宮を攻略しており、層を飛ばして三層に至る扉の知識と、扉を開く資格を有していた。
(やはりここは落ち着く。週三回では足りない。毎日来たいくらいだ)
扉を開くと、とても屋内とは思えない、美しい草原が広がっていた。一休みにはちょうど良さそうな池や岩場もあるが、そうした目立つ場所には、必ず怪物が潜んでいるとルカは知っていた。
ルカは清浄な空気を吸い込んだ。剣を取り出し、歩き出す。勝手知ったる庭である。
――――――
しばし歩くと、怪物に出会した。全身から放電する、小ぶりなピューマである。
(肩慣らしにはちょうど良い)
飛びかかってきたそれを、ルカは魔力を纏わせた右足で蹴り飛ばし、剣で頚椎を貫いた。自然界の獣と異なり、血が溢れ出ることはない。傷口からサラサラとガラス片のようなものを垂れ流し、消えていく。
(フン、見かけ倒しの雑魚が。さて)
目当ての場所に辿り着いたルカは、ブンブンと剣を振って調子を確かめた。草原の隅に位置する、小さな密林である。
内部には食獣植物が潜み、三層という序盤での死亡率が最も高いエリアである。
しばらく進むと、木の蔦が蛇のように複雑な軌道を描いて襲いかかってくる。生い茂った木々の狭間に隠れた赤い実は爆裂し、無数の種を弾丸よろしく撃ち出した。麻痺毒でテカテカと光る木の棘が上から降り注ぎ、食獣植物と共棲関係を築く蜂の群れが襲いかかる。
ルカはそれらすべてを剣で切り払った。舞い踊るように、流麗な剣技でもって迫る脅威を叩き潰していく。
ルカは些細なことでとてつもなく苛立つ性質を持っている。故に、週に何度かこの場でストレスを発散しないと精神が保たないのである。
ルカはしばし無言で、鍛え上げられた絶技を披露し続けた。
『女性の陰に隠れて良いところを掠め取る卑劣漢め!』
『君みたいな情熱のない人間には、絶対に負けないんだ』
『君は..….!君は、そんなので誰かに愛されるのか?君には人間らしい温かみというものがないのか?』
記憶の中から、カイルの音声が何度も繰り返し再生される。
やがて熱が入ると、ルカの喉から悲鳴が漏れ出した。
「いったい何だというんだ……何だというんだ!どいつもこいつも、俺をクズ扱いしやがってぇえ!」
撒き散らされる種を高速で切り落とす。
「特別な理想があるのがそんなに偉いのか!愛だの情熱だのと、精神的なものがそんなに大事か!何もない俺が変なのか?違う、絶対に違う!特別な夢を恥ずかしげもなく追える方がおかしいんだ!自分が特別じゃないと気づき、どうせ無理だと諦めることができたのは、俺が謙虚だからだ!精神的に成熟したからだ!」
父の声が聞こえ始める。
『そもそも期待などしていない』
『成功させる器ではない』
『お前にあるのは、臆病な自尊心と、それを覆う尊大な羞恥心だけだ』
木の棘を片手で掴み止め、しなる木の根に剣を突き刺す。
「なぜいつも俺ばかりこんな目に!強い能力があれば全てうまくいくと思ったのにぃ!!強くなれば全部解決するはずだったのに、軽蔑されるばかりじゃないか!」
ルカはボロボロと涙を溢した。
蜂の群れを剣の腹で引っ叩き、巣を踏み潰す。
「誰のせいでこうなった?クソ!俺のせいだ!すべて俺の行動の結果だ!」
博物館での失策も、第一志望に落ちたのも、すべてルカ自身が招いたミスである。ルカは知力ですべてを解決できるほど賢くはなかったが、全てを他人のせいにして逃避することができるほど愚かでもなかった。
ガラス片を撒き散らして散っていく虫や植物を、ルカは見やった。
「もしかして、力ではないのか?単純な力では、何も解決できないのか?他人が俺を正当に評価していないのではなく、他人が俺を正当に評価した結果、この様なのではないか?」
ルカはしばし沈黙した。
(俺は、分かりやすい近道を選んだ。自分が強くなるのではなく、強い誰かに頼った。だが、もしかしたら正当に努力して成績を上げ、家の役に立つよう就職して、評価される道もあったのではないか?)
卒業後分家という父からの宣告は、見方を変えれば卒業までの4年間、信用を取り戻す時間があったことを意味する。だが、ルカはその道を閉ざし、たったの3週間後の大会に全てを賭けてしまった。
(この力は、祝福ではない。自分でかけた呪いなのだ。すべて、俺が世の中を、人生を舐めて、積み重ねなしで一発逆転を狙ったからだというのか?簡単な答えを求めたこと自体が、過ちだったというのか?)
ルカはギリギリと歯軋りをした。再び吠える。
「いや違う!大会で勝てば、財も地位もすべて守れる!父上の信用も、母上の愛情も、周囲からの評価も、すべて取り戻せるに決まっている!」
(チャンスは幾度もあった。入試といった大きな場だけではない。中等部のイベントでも、日々の生活でも、評価を上げる機会は。だが俺はその全てを不意にしてきた)
「それが、こんなにも苦しまねばならないほどの罪だというのか」
ルカは涙を流しながら呟いた。
「必ず、勝たなければ。何をしてでも。結果だけが人間の価値を語るのだから」
ルカは、アイリーニやカイルを含む学生達の姿を頭に描いた。
「見ていろ、見ていろ!勝利するのはこの俺で、敗北するのは貴様らだ!」
――――――
そして、あっという間に三週間が過ぎ去った。ルカはその間、死に物狂いで特訓に励んだ。
「さぁ、始めようか」
大会当日、ルカは寮の自室から外に出た。風の心地よい朝であった。




