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尊重

熊狩りを終えた帰り、夕日差す街道を、ルカは寮に向かって歩いていた。

(疲れた…)

結局、ルカの獲物は熊1頭のみ。他のメンバーは、猪などを含む10頭以上の駆除対象を仕留めていた。交流会とは言うが、実質的には初任務である。そんな中、よりにもよって他ならぬルカ自身が討伐数最下位とは、あまりに屈辱的なことであった。


その後も悪目立ちしてしまった。よりにもよって森の外で行われた成果発表の場で、ルカの剣は輝き始めたのである。確かにルカは熊を前にして特別な力が発現することを期待し、全力で剣に魔力を注ぎ込んだが、遅い。とっくのとうに戦闘は終わっている。しかもショボい。

(迷宮産の遺物の機能が、単にピカピカ光るだけとはな)


ルカは左手の指輪を恨めしげに見やった。直後、目を見開く。

(この感覚は!)

剣を呼び出し、周囲を油断なく見回す。見られている。行き交う通行人の中で、ルカの視線はとある女性に吸い寄せられた。その辺で野菜でも売っていそうな、ごく普通の庶民である。だが、ルカを見つめる視線には殺意に近い怨念が込められていた。


「何か用か」

声をかけられた女性の肩が、ビクッと震えた。懐に入れていた手が露わになる。何も握られていない。だが、ルカは服の不自然な膨らみを捉えていた。

(小ぶりな弩銃か。或いはスティレットのような暗器か)

弩銃。かつて異世界より持ち込まれた銃を改造し、矢を撃ち出すようにした武器。片手で撃てる上、火薬を用いる銃と違い、都市内での所持規制もない。護身用の武具として、庶民でも所持できる。

スティレット。主に内臓破壊を目的とした鋭くコンパクトな暗器。通りすがりにグサリとやるだけで標的を殺害できる。

(だが、非戦闘員の女性が暗殺を企むなら……)

ルカは瞬時に距離を詰め、抗う暇も与えず女性の服に手を突っ込んだ。出てきたのは、やはり弩銃。ルカは壁際に女性を追い詰めた。

「こんなものを持って俺を尾行するとは、いったい何のつもりだ?」


しばし震えていた小柄な女性は、顔を上げてキッとルカを睨みつけた。

「私は、あなたが殺したマッテオの母です!」

「誰だ、そのマッテオとかいうのは」

「数ヶ月前、博物館であの子を殺したでしょ!」

「ああ……確か40人ほど殺したな。あの盗賊の1人か。どいつかは分からんが」

「このクズ!」


拳を振り上げた女の首に、ルカは剣を突きつけた。

「動くな。どんな能力を持っているか分からん以上、不審な真似をすれば殺す」

鋼の冷たい輝きを前にして、女性は凍りついた。

「それで、要件は復讐か。つまらん上にずいぶん遅いな」

「あ、あれだけ待ったのに、裁判では正義が果たされなかったから!40人も殺しておいて無罪放免なんて、貴族特権で免責されたのよ!」

「違うな。お前の息子は、強盗に手を染め、俺を含む観覧客を殺そうとした。裁判の争点は俺の行為が過剰防衛だったか正当防衛かの一点だった」

ルカはため息をついた。

「そして俺は勝訴した。審理に数ヶ月もの時間を費やしてな」

「貴族の特権よ!」

「くどい!俺が無罪になったのは、俺の行為がやむを得ない自衛だったと認められたからだ!」

「た、たとえ法律が許したって、私はあなたを許さないわ!」

「お前の許しなど求めていない。子を失った母の情に配慮して言わないつもりだったが、ここまで来たらハッキリ言ってやろう。お前の息子が死んだのは、強盗殺人犯のクズだったからだ!お前の息子は博物館の警備員を金欲しさに容赦なく殺し、市民を脅しつけ、挙句返り討ちに遭った!」

ルカは女性の耳元で囁いた。

「それは当然の報いというものだ」

騒ぎを聞きつけたか、王都内を警備する憲兵隊が、走って近づいてくる。

「あの子は、あなたの出世や名誉の踏み台じゃないわ!1人の人間だったのよ!私の気持ちがどうして分からないのよぉ!せめて謝罪しなさい!」

ルカは遮った。

「分からん女だな!俺は市民を助け、自分を守った。後悔も反省もしてはいない。謝罪など有り得んな」

「あの子は優しい子だったのよぉ!それにまだ成人してなかったのにぃ!それを殺すなんてぇ!許さない、許さないわ!」

ルカは、なおも騒ぎ立てる女性を憲兵隊に引き渡した。

(何という気色悪い生命体だ。どう考えても自分の息子に過失があるというのに、血縁だからといってここまでするのか。無条件の肯定とは、かくも見苦しいものであったか)


こんなにも非合理的な人間が実在する事実に、ルカはただただ驚愕していた。

(いや、それほど驚くことでもないか。新聞を開けば、政治の世界でも、犯罪の世界でも理解不能な異常者だらけだ)

ルカも、女の後を事情聴取のためについていく。


(我が家はどうだ?父上は……俺が金欲しさに強盗殺人を犯せば、完全に軽蔑し縁を切るだろう。もしかすると、責任を取って自ら俺の首を刎ねるやもしれぬ)

自身の首が斬り飛ばされる様を想像したルカは、笑みを浮かべた。

(俺は、血のつながりがあるからといって無条件に甘やかされることはない。やはりマトモな家に生まれてよかった)


――――――


数時間にわたる聴取の末、ルカは解放された。女性は殺人未遂で起訴される見通しである。既に日は落ち、冷えた夜風が頬をくすぐる。

ルカは下を向いて歩いていた。時間が経ち、命を狙われた苛立ちと、その場の興奮はすっかり鳴りを潜めていた。

(子を失った母にかける言葉か?あれが。もしや俺は最低な人間なのでは?)

ルカは自分の相棒である剣を取り出して眺めた。そこには、哀しげに歪んだ眼が映り込んでいた。

(いや違う。暗器を持っていたのだぞ。殺されかけたのに、嫌味を吐くだけで済ませてやったのだ。俺は奴には過ぎるほど慈悲深かった。そのはずだ)

女性に吐かれた言葉が、喉に引っかかった小骨のようにルカを苛んでいた。

(俺のせいか?盗賊とはいえ、40人も死んだのは。人の命を、俺は何だと思っていた?俺は……あの盗賊たちのことを忘れていた。奴らにも人生があり家族がいただろうに。俺は、他人の人生を人間として尊重していたか?ちゃんと見ていたか?)


ルカは深々と息を吐き出し、呟いた。

「おい」

「お呼びでございますか」

「お前に1つ、言っておきたいことがある」

「伺います」

「俺は、お前が俺の意に反して無辜の民を傷つければ能力を解除する」

「存じておりますとも。ですが私を追放するなら、お覚悟を」

「……これまではお前の行動を制御する覚悟がなかった。だが、これからは違う。お前が他人を殺すなら、それは呼び出した俺の責任だ。だから、もしそうなったら、たとえお前に殺されるとしても、俺はその責任を取らねばならない」

「その口ぶりですと、無辜の民でなければ殺してもよい、と反対解釈することもできますが」

「……」

「なるほど。これまでと変わらず、あなたの忍耐力を超えない程度の存在なら、殺してもよいというわけでございますね」

「そんなことは言ってない!」

「では私が、仮に人間を殺したとしましょう。それがあのような者であっても、あなたは死を覚悟の上、能力を解除されるのですか?」

仮面の紳士が指したのは、指名手配犯の張り紙であった。幼い少女を複数襲った正真正銘の犯罪者。当然、見ず知らずの性犯罪者のためにルカが命懸けで能力を解除する義理はない。

「そ、それは……」

ルカが言い淀むと、ファントムは一礼した。

「先ほどの決意表明、しかと胸に刻みました。今後は、あなた様に許されるラインを見極めた上で殺害対象を選別することといたします。では」


ルカは何とも形容しがたい表情を浮かべた。人殺しを咎め釘を刺すつもりだったが、成果は微妙だ。

ルカは首を振り、再び歩き出した。疲れ切った心と身体が、休息を欲していた。

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