内心
(不思議な人ですわ)
アイリーニ。ベルナルディ男爵家の長女として家の復興を夢見る少女は、首を捻っていた。
強力な念動系能力を持ちながら、熊を相手にして苦戦したというルカ。アイリーニの見立てでは、ルカは熊が何十頭いようと圧倒できる能力をもっているはずであった。
とてつもない能力と機転を見せながらも、時折顔を覗かせる、拭いきれない小物感。
(入試前から、変わった人だとは思っていましたが…)
――――――
王都で、博物館が襲撃を受けたあの日。
アイリーニの入試を機に、王都に一時滞在していたベルナルディ男爵家の面々は、パニックに陥っていた。まだ幼い末の妹が行方不明になっていたのである。
「クロエ!どこにいますの?姿を見せなさい!」
屋敷中に響き渡るほどの大音声でアイリーニは呼んだが、返事はない。手を叩いて音波を増幅。反響を用いて屋根裏に至るまで建物内全体を探るも、やはりどこにもいない。
「あの子は本当に、好き勝手ほっつき歩いて…」
いや、むしろお転婆な妹が、1週間も大人しく屋敷内に留まっていたことを評価すべきか。
いつものように、平民風の変装をしてその辺に繰り出しているのだろうが、ここは勝手知ったる領地内ではない。そもそも、田舎を散歩する感覚で幼い子どもが王都に繰り出すのは危険だ。
(数年前に一斉検挙されたとはいえ、まだ人攫いや奴隷商人もいると聞きますし、急いで探しませんと)
使用人たちに屋敷周辺の区画を探すように指示を出し、アイリーニは急いで屋敷を飛び出した。
数時間後、騒ぎを聞きつけたアイリーニは博物館前に立っていた。白昼堂々、盗賊による襲撃があったという。どういうわけか通報装置が機能しない状況下で、観覧客の1人が約50人もの賊を一掃したという。
「大したものですわ」
アイリーニは独りごちたが、博物館など幼い妹の行くところではない。背を向けたその時、微かに聞き覚えのある息遣いを感じた。意識を集中し、救出された観覧客に目を配る。やがて、人混みの中、高慢そうに立つ貴族の少年の隣に、小さな背中を見出した。
「クロエ」
喧騒の中、指向性を持たせて放った声が、対象の鼓膜を揺らす。
振り向いた幼い顔が、ぱっと輝いた。
「お姉様!」
クロエは隣に立つ少年と二言三言、言葉を交わした。少年は煩わしそうに手を振り、クロエは頭を下げて少年の元を離れた。
駆け寄ってきた妹を、アイリーニは抱き止めた。見たところ外傷はないが、念のため小さく指を鳴らし、音波で全身をチェックする。問題なし。
「お説教は後。すぐに屋敷に戻りますわよ」
嬉しそうに駆け寄ってきた妹は、すぐにしゅんと項垂れた。
「何があったのか、聞かせてもらいますわ。すべてを」
小さな冒険のつもりで屋敷を抜け出し、大人ぶりたくて、目についた立派な施設を訪れたこと。
庶民風の服とはいえ、良い生地から多少裕福な雰囲気が醸し出されていたか、子どもということで入場確認係の注意を引かなかったのか、侵入に成功したこと。
突如賊の襲撃を受けたが、貴族の少年が眼前に迫ったナイフを防ぎ止めてくれたおかげで命拾いをしたこと。
すべてを聞き取った。
(礼を言った時に払いのけられたというのは引っかかりますが、こうして生きて戻れるとは、ありがたいことですわ)
妹が無事に戻った喜びはいったん傍に置いて、アイリーニは、妹に懇々と説教を垂れた。
やだやだと駄々をこねる妹に、数日中に領地に戻るよう決定事項として通達。道中の護衛や使用人の手配を済ませ、気づいた頃には、深い夜の帷が降りていた。
(そう言えば……あの方にお礼を言いそびれましたわ)
――――――
アイリー二は背後を歩く少年に目をやった。
(入試で再会した時には、運命的な出会いだと思いましたのに)
確かに一騎討ちでは堂々たる戦いぶりだったが、その後の姿は、入学式会場での振る舞いも含め、ハッキリ言えば格好悪い小物のそれであった。
(好きになれそうで、同時に軽蔑に値する言動も見られて。強大な力を持つかと思えばせせこましい。やはり分からない人ですわ)
当然、打算はある。家の再興には、政略結婚が有効な手である。たとえ第二、第三夫人であっても、伯爵家との縁があれば最高と言って良い。
(父上も母上も、家の名声に無頓着過ぎますわ。たとえ最下級の男爵家であっても、わたくしは貴族。この学園から、政治的・経済的に貢献する道筋を見出すことが役目のはず)
アイリーニの思考は堂々巡りに陥っていた。
(でも、やっぱり相性は大事ですし…)
思索に耽りながらも、アイリーニの耳は、歩み寄ってくる2人組の足音を確かに捉えていた。
足音のリズムから人物を特定する。案の定、姿を現したのはカイルとテオであった。
「3人か。そっちももう終わったのか?」
「ええ。この辺りは狩り尽くしましたの」
合流した5人は連れ立って歩き出したが、会話はなかった。
(気まずいですわ……)
チラリとカイルに目を向ける。入試でルカと共にボコボコにした相手である。成績優秀者に選ばれているのだから、今後も関わる機会はあるだろう。少しずつ良好な関係を築いていく必要がありそうだ。
続いてテオに目を向ける。
(とにかく不気味な人ですわ……)
入試の後、ルカに媚びるような姿勢を取ったり、3対1で叩きのめされていたりと、印象に残る人物だ。だが何を考えているのか分からない。
(入試の時点では、間違いなく狂人の類だと思いましたのに。その場その場で適当にそれらしい感情を演じているようで、まったく好きになれませんわ。本当に同じ人格ですの?)
アイリーニの思索は尽きない。考えることが多過ぎるのである。森の外に出るまで、場の全員が終始無言であった。




