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打開策

ルカは全身に魔力を巡らせた。それは極めて一般的な技術であった。魔力強化。

かつて幾度となく危機に直面してきた人類が、脅威に対抗するために編み出した技術である。達人ともなれば、素手で岩を砕くことすら可能。

青白いオーラが全身を包み、力を与える。涎を垂らしながらのそのそと近づいてくる熊を見据える。

「来るが良い。知恵なく醜き獣よ」

威勢よく吠える。パニックに陥るのを避け、外見上勇敢を装うことで、内心の自分をも騙すのである。

(マズい。能力なしで熊と殴り合いなど馬鹿げている!何か、何かないか!そうだ!)

ルカは、全身から集めた魔力を全力で剣に注ぎ込んだ。迷宮産の遺物には、特殊な能力を秘めたものが多い。この状況を打開する奇跡に期待したのである。

(頼む!何とかなってくれぇ!)

しかし何も起こらない。

舌打ちしたルカは踵を返し、脱兎の如く逃げ出した。

熊はその背を追った。熊は恐ろしい野獣である。猫科、犬科を問わず猛獣が人間に懐くことはあるが、熊だけは違う。どれほどの時間をかけて飼い慣らそうと、気まぐれで人間を殺してしまう。

熊に追われるということは、例えて言うなら、毛皮という鎧に身を包んだ、言葉の通じない身長3メートルの大男が、爪というナイフを両手に装備して馬車並みのスピードで突っ込んでくるようなものである。


ルカの足は速い。振り返ることなく、前傾姿勢から身体を起こして加速する。足を上から置くようにして、身体の前で捌く。肘をくの字に固定し、肩から振る。顎を引いて姿勢を保ち、障害物の多い森の中でも、飛び上がるような動きを織り交ぜて澱みなく走り続ける。

(引き離せない!この俺の身体強化をもってしても、追いつかれないようにするので精一杯だ!)

振り返らずとも、その振動と息遣いをルカは肌で感じていた。

(何か手を!正面から受けては潰される!何より、骨と肉に阻まれ致命打にならない!ならば!)

目の前に大木を確認したルカは鋭角に進路を変更した。周囲の木を利用し、瞬時に熊の視界から消える。勢いのまま跳び上がって枝を掴み、身体を揺らして樹上へ。

ルカを見失って困惑したか、スピードを落として警戒する熊を、上から強襲する。

脳裏を過ぎるのは、博物館の展示。盗賊による襲撃を受けてから足が遠のいていたが、ルカは1人で様々な展示を眺めることで、日々ささくれだった心を慰めてきた。その記憶が、ルカに打開策を語りかける。

並べられた剥製や骨格から、急所をイメージ。目前の頭頂部と、骨格が透けて重なる。やはりどんな動物でも、前方の防御は厚い。頭蓋骨の丸みで斬撃が逸らされてしまう。だが、多くの生物は、上からの襲撃を想定した進化をしていない。

(身体強化を全開に。上から脳髄を貫く!)

落下の勢いを乗せた一撃は、狙い過たず、標的の頭部やや後方を捉えた。濃密な魔力を纏い、ルカの髪は浮き上がり、目が輝きを放つ。全てを賭けた一撃は、確かに致命打を与えた。だが、即死には至らない。

短く息を吐き出す。

深々と突き刺さった剣は、簡単には抜けない。柄から手を離して反撃を躱し、飛び退る。

「解除」

剣は消滅し、ルカの指輪に戻る。

「来い」

即座に呼び出し、再び構える。剣が消滅したことで傷口を塞いでいた剣が消え、出血は加速する。しばし警戒していると、やがて熊はどうと倒れた。ルカは深く、深く長い息を吐き出した。

(ダメだなこれは。再現性のない勝利だ。次はない。今すぐここを脱出しなければ)


油断なく周囲を見渡すルカの目に映ったのは、赤茶けた熊であった。先ほどのそれより一回り以上大柄である。しかも近い。おおよそ20歩の距離しかない。3秒足らずで食いつぶされる距離である。

(2頭目ッ!?まず…)


突進してくる熊にルカは剣を投げつけて背を向けたが、近過ぎてどうにもならない。

(死……)


その時、ルカは馴染みのある声を聞いた。

「止まれ」

命令を受けて、まるで見えない壁にぶつかったかのように熊は急停止した。同時に飛来した黄金の槍がその首を貫き、頭を吹き飛ばす。


木々の合間から姿を現したのは、アイリーニと槍の女であった。駆け寄ってくる2人を見て、ルカの心は安堵で満たされた。

「お怪我は?」

「ない。おかげで助かった」


ルカは剣を納めた。

「それより、どうしてここが分かった?」

「戦闘音が聞こえましたの。それに、ベルタもあなたが困っていると」

ベルタ。そう呼ばれた女は木に突き刺さった槍を引き抜いた。ルカはベルタに歩み寄り、頭を下げた。

「感謝する」

「別に良いよ。それより、なんで能力を使わなかったの?楽勝でしょ」

「今は……今はちょっと使えなくてな」

「ふーん、そう。じゃ、取り敢えず森を出ようか。ここ一帯の猛獣はあらかた始末したから、後は回収業者に任せましょ」


当然、ルカに否やはない。3人は連れ立って歩き出した。

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