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気づくと、ルカは王立学園の試験会場にいた。号令と共に、他の受験者が的の中央を射抜く様を横目に、的を丸ごと吹き飛ばし満面の笑みを浮かべていた。
(常に兄上と比較されてきた!誰も俺など見ていなかった!だがどうだ!俺は今、俺として恐れられている!これがようやく手にした力!他の誰でもないこの俺を、皆が見ている!)
瞬きした瞬間、気づけば合格発表の場に立っていた。自分の受験番号がないことに気づいたルカは、へなへなと座り込んだ。
また視界が暗転する。幼き日に逆行する。ルカは邸宅の一室で母の前に座っていた。
「母上、何故私は兄上にかなわないのでしょうか。この先も、ずっと兄上の足跡を追って生きていかねばならないのですか」
母は窓を開けて外を指差した。
「ルカ。窓の外を見てみなさい。私たちが邸宅で寛いでいる間、薄汚い泥に塗れ、肉体労働に喘ぐ者がいる。お前より下の者など腐るほどいるのです。お前の苦しみは、衣食住すべて満たされた上での精神的なものに過ぎません。持てる者を羨むのではなく、自分の持つものに目を向けるのです」
兄への劣等感を湛えた瞳からすっと涙が引き、歪んでいく。
(母上の言うとおり、上を見るのはやめて、下を見るのが良いのかもしれない。確かに俺は、恵まれている。平民とは違って)
視界が再び暗転し、ルカは誕生日会の場に立っていた。父が差し出すアーミングソードに目を輝かせる。
「ルカ、誕生日おめでとう。これからはこの剣を使うと良い」
「ち、父上…ありがとうございます。必ず、ご期待に応えてみせます」
両親からの初めてのプレゼントを前に、ルカの声は上擦っていた。
瞬きと同時に、その日の深夜に場面が変わる。目が覚めてしまったルカは、廊下を静かに歩んでいた。その足取りは軽い。左手の指輪を見る。貰ったばかりの、剣に変化する指輪を。
深夜の散歩を楽しむルカの耳を、人の話し声がくすぐった。ふと、父の書斎から漏れ出た光に興味を惹かれて覗き込むと、そこには父と兄がいた。
「あの剣、本当に良かったのか」
「ええ。私の趣向には合わない武器ですので。ルカも喜んでいたようで何よりです」
「お前のために用意した武器だぞ。勿体ない」
「良いではありませんか。所詮アレは…」
ルカは涙を流しながら、扉の前を離れようとした。その時、父の声が響いた。
「誰だ!」
鋭い誰何の声に、ルカはビクッと震えた。
――――――
ルカの全身が震えた。ベッドからのそのそと這い出る。
「夢か……」
鳥の鳴き声も聞こえぬ薄暗い早朝、ルカは寮の3階から外の景色を見下ろした。
昨日、父に大見得を切った後、ルカは分校に向かった。寮生活初日の朝である。
「憂鬱だ……」
ルカは外に出て、ブラブラと散歩を始めた。人気のない空き地を見つけたルカは、慎重に周囲を確認した。
(誰もいないようだな)
剣を取り出し、素振りを始める。ルカの日課である。一通り型を終えたルカは剣を納めた。
「おい、出てこい」
ルカの背後に、仮面の紳士が現れる。
「おはようございます。精が出ますね」
「昨日の件は知っているな?」
「存じております。大会の件でございますね」
「そうだ。俺は絶対に優勝せねばならない。手を貸せ」
「承知しました。ただし条件がございます」
「言ってみろ」
「単刀直入に申し上げます。狂乱の使徒の討伐です」
「何?」
ルカの思考は、一瞬停止した。
(使徒だと?単独で人類に数百万単位の犠牲を強いた怪物……その1体を討つ?誰が?俺が?大会での優勝と引き換えに?それは…)
「断る。割に合わない。何事も命あっての物種だ」
「でしたら、お力添えは致しかねます。今後、使徒討伐にご協力いただけるまでは、ご自分の力で……」
「待て待て。ちょっと待ってくれ。俺はお前の力をあてにして父上の前で大見得を切ったのだぞ?」
「既に条件は提示しました。あとは呑むか否かでございます」
ルカは歯噛みした。足元を見られている。大会で優勝できなければ終わりである。相続権の完全放棄は、単に財産を受け取る権利を放棄することを意味しない。今後、家との関わりを、廃嫡や絶縁といった不名誉な形を避けて放棄するという宣言に等しい。
そうなれば、ルカは今後家名に頼らず、自力で就職し、出世し、将来を切り拓いていかねばならなくなる。
(待っていたのか。俺が力を必要とするタイミングを。なるほど平時に使徒の討伐を持ちかけられたら、一も二もなくノー一択だ。だがこの状況では、真剣に検討せざるを得ない。クッ、100年前の下賎な殺人犯如きが、無い知恵を無駄に働かせおってからに)
「まず聞かせろ。なぜ使徒を殺したいんだ?」
「私怨でございます」
「分かるように言え」
「完全なる私怨でございます」
ルカは瞠目した。これ以上語る気はないというわけか。だが交渉としては成立している。ルカはファントムの力が要る。ファントムは使役者であるルカの力が要る。使徒は古くから存在した。かつて何かしら因縁があっても、不思議はない。
(いや待て)
ルカはここで、ニヤリと笑った。
「仮に俺がそれを呑んだとして、約束を破り、使徒と戦わないと言ったらどうする?お前は俺が死んだら困るだろう?だから何もできはしな……」
「こう致します」
瞬間、ルカの左手の指が5本、宙を舞った。
「いっ……」
続いて肘から先も吹き飛んだ。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
ルカは獣のように悲鳴を上げたが、肩口をどこからともなく飛んできた枝に固定され、全く動くことができない。空中をひらひらとトランプが舞い、やがて紳士の白い手袋の上に落ちていく。
ルカの血は、空中で細い糸状に絡み合い、切断された指や腕と接続されたままであり、一滴も地面に落下することはなかった。
仮面の紳士が手を振るうと、ルカの腕は元通りに繋げられた。
「うわぁぁぁ!?何だァこれはァァァァ?何をしたぁぁッッ!?」
「切り離した腕を、元通りに繋げただけでございます」
「どうやってェェェッ?」
「元に戻すことを前提にして綺麗に切断すれば、容易く治せます」
ルカはしばし痛みが収まるのを待ってから立ち上がった。ゼェハァと荒い息を吐きながら腕の調子を確かめる。表面上、何の異常も見当たらない。まだ痛みはあるが、違和感なく動かせる。
「約束を破れば、死なない程度に軽く痛めつけることとします」
「ハァ、ハァ……なら、ならばこの件は、保留だ。し、しばし考えたい。時間をくれ」
「承知しました」
仮面の紳士は姿を消した。
ルカは、1人空を見上げた。大会で優勝できなければ、貴族としてのキャリアはほぼ終わる。力を借りたいなら、使徒と戦うことを制約せねばならない。約束を破れば酷く痛めつけられる。能力を解除すれば、最初の契約時の宣言通り殺されるだろう。
(どうしろというんだ)




