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臆病かつ尊大

入学式の後、7日間泊掛けの研修を終えたルカは、邸宅に帰ってきた。明日以降、学園内の寮で生活することになる。しばしの別れを告げるため、ルカは父の書斎に向かっていた。


「失礼致します」

「入れ」


ルカは手で促されてから着席した。


「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます。この度は、出立前のご挨拶に伺いました」

「そうか」

「しばし家を離れますが、その間も家名に恥じぬよう…」

「恥ならもうかいた」


流れが変わった。和やかな出立の挨拶は終わりである。ルカはバッと顔を上げた。脂汗が流れ出す。


「も、申し訳ございません。ご期待に応えられなかったのは…」

「そもそも期待などしていない」

「……」

「なぜ、分校に進学した?」

「えー、将来的に、軍人や憲兵として国家に奉仕するため…」

「第一志望に落ちたからだろう」

ルカは再び押し黙った。

「ところで単刀直入に言うが、お前を分家することにした」


分家?その言葉がルカの脳内に染み入るまで、しばしの時間を要した。その間も話は続いた。

「家督については、予定通りジョバンニが継ぐ」

「兄上が…は、はい、承知しております」

「そして、お前は家を出て独立することになる。領地含め、財産は基本的にすべてジョバンニのものとする。お前には、幾らかの金銭と調度品を渡す」

「お、お待ちください!それでは家名を失うことになります。貴族として終わりではないですか」

「我々との関係は消滅するが、貴族家の人間として分家されるのだから、好きな家名を名乗れば良いだろう」

「せ、政略結婚を。婿入りを斡旋していただければ、伝統ある他家の跡取りとして、家を離れた後もお力添えが叶うかと」

「必要ない。お前に結婚相手を斡旋する気もない」


(ダメだこれは。このままではダメだ。こちらの事情をいくら話そうと、情に縋ろうと効果はない。卒業後即独立なら、留年して卒業までの時間を稼ぐか?)

ルカは唇を噛んだ。

(バカな!留年などすればそれこそ恥晒し。時間稼ぎどころか、即叩き出されるのがオチだろう。ならば、自分の価値をアピールして交渉するしかない)


「父上、仮に私自身に価値がなくとも、私には兄上のスペアとしての価値があります」

「替えなどいない」

「確かに、能力、人柄、外見、あらゆる面で私は兄上には及びません。しかし、私にはあなたの血を継いでいるという利用価値があります。仮に今後、他の貴族と政略結婚の必要が生じた場合や、万が一兄上がお怪我をされた場合の代理を…」

「心配は無用だ。それはこちらで対処する」


(スペアとしても機能しないというのか。根本的に、俺という人間に対する不信感が問題だ。しかし、それを直ちに払拭する方法はない…だが、実績をアピールすることはできる)


「博物館での襲撃を退け、市民を守ったのはこの私です。確かに第一志望ではありませんが、名門である分校にも入学しました。せめて、先々役立つ可能性を示す時間をいただけませんか」

中等部の頃、無能力の状態でも学内で10位に入る力を持っていた自分を、父は見ていたはず。だが、そんなルカの淡い期待は次の一言で打ち砕かれた。


「くどい。結論は変わらん。出ていけ」


ルカは歯噛みした。

(交渉のカードがない…打つ手がない)

ルカは黙って立ち上がり、一礼した。退出するため、ドアノブに手をかける。

(貴族でなくなれば何が残る?追うべき夢も、重ねた実績もない……中身が空っぽな俺は、せめて地位という器だけは飾らなければ。何かになるのではなく、何かになったフリをすることさえも、ここで終わりなのか)

ルカは立ち止まった。ドアノブから手を離し、まっすぐ父を見つめる。

(いや違う!俺は特別だ。そう信じることを、自分すらやめてしまったら、それこそ終わりではないか!特別でない自分が嫌なら、今、特別になるのだ!)

ルカの目に力が宿った。

「父上!」

「黙れ」

有無を言わさぬ圧力に、ルカは黙り込んだ。

「何を言おうとしているかは察しがつく。だがやめておけ。今日初めて貴族としてではなく、父として言う。やめろ」

立ち上がった父の姿が、ルカには巨人の如く見えた。

「お前は追い込まれると、すぐ極端なことを言い出す。だが、それを成功させる器ではない。お前の行動は、基本的に場当たり的な思いつきに過ぎない。それで何度後悔した?」

ルカの肩に置かれた手は大きく、そして重かった。

「お前には責任を負う覚悟がない。兄を超えて家名を背負う気概もない。お前にあるのは、臆病な自尊心と、それを覆う尊大な羞恥心だけだ」

ルカは口を開いた。

「既に心は決めました。家名は捨てません」

「決めるのはお前ではない。お前にこの家は重過ぎる。当主はおろか、兄の下につく二番手でも、身の丈を遥かに超えている。家を出て、相応しい場所で貴族としての地位を守れ。それが父として、お前に…」


「いや違う!私はこの家に相応しい!3週間後、分校内で開かれる武闘大会で1位を取り、それを証明してみせます!」

ルカは大声で言い放った。もはや満足に敬語も使いこなせないまま、ただ悲鳴のように吠えた。

「受ける理由のない…」

「できなければ!貴族の子として持つ、あるゆる相続権を放棄いたします!貴族の血を引く身である以上、立場だけは残るでしょう。しかしながら!独立後私に残るのは貴族という看板のみ。財も、名誉も、権力も、すべてを失うでしょう!」

「ルカ。そこまでお前は……」

項垂れた父を前にして、ルカは堂々と宣言した。

「私が1位を取れなければ!家の財と名誉は、法的にも政治的にも、すべて兄上のものとなる!私が失敗すれば、目論見通り家のすべては兄上のものに。成功しても現状維持で飼い殺し。父上にとって、デメリットも負けも一切ありません。受けるより他にない提案では!?」

(廃嫡してすべての権利を取り上げるのではなく、分家などというややこしい手を打ってきたのは、醜聞になるのを恐れたからだろう。だが、私からすべての権利を放棄するなら願ってもないはず)


「ルカ、言ってしまったな。言わなければ財も、生涯不自由せぬ程度には手に入ったろうに。致命的な破滅だけは避けられたというのに。そうか、言ってしまったか。やはりお前は、自らその道を選ぶのか」

父はしばし俯いていた。その表情は、ルカには窺い知ることはできなかった。やがて、父はルカの肩に手を置いた。

「口にしてしまった言葉は、2度と取り消すことはできない。その重みを知るがいい」


「肝に銘じます」

ルカは、今度こそドアノブを捻り、退出した。


「心から、健闘を祈っている」

去り際に響いたその一言が、ルカの胸にずしんと響いた。

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