負けて良かったな
審査開始前、3人の生徒を前にして剣を構えるルカを見て、レヴィアは苦笑した。プレッシャーをかけられる模範生の行く末は、成功か失墜かで極端に割れる。貴族としての特権意識を拗らせたルカは、間違いなく失墜する側の人間であった。ルカが潰れるか否かはどうでも良い。ルカの醜態が他の生徒の反面教師になるなら、それはそれで構わない。
直前になって、レヴィアはルカに声をかけた。
「まさか君が模範生に選ばれてしまうとはねぇ。ま、選んだのは私じゃないから。恥をかいても恨まないでね」
ルカの肩をポンポンと肩を叩く。
「負けから得られるものもあるさ。君は兄上と違って優秀じゃないから、負けても誰も驚かないよ」
「安い挑発ですね。発破をかけたつもりですか」
ルカは無表情で背を向けた。しかし、抑えきれない本音がボソリと漏れた。
「今に見ていろ」
ルカが配置についたのを見て、レヴィアはニヤリと笑った。ルカが負ければ、相手の3人は自信を得る。他の模範生にも程よい緊張感が生まれる。勝ったら勝ったで、他の生徒にとって倒すべき壁として機能する。どちらに転んでも損はない。
号令をかけるべく、手を振り上げた。
――――――
(なぜ兄上のことを?いや、奴は教師。中等学校の教師から生徒の情報を共有されているのだろう)
ルカは既に気づいていた。他の模範生は実力で選ばれているが、自分だけは何か違うのだと。
(なるほど。大方、他の生徒に俺の敗北を見せて、能力に頼り過ぎるなだの何だのと説教をぶつつもりだろう。模範生とはよく言ったものだ)
ルカの全身をどす黒い怒りが満たした。ここまであからさまに虚仮にされて、涼しい顔をしていられる人間がいようか。
「それでは……始め!」
合図と同時に、苛立ちに任せてルカは前に突進した。
勝利条件は明確。相手の意識を奪うなどして戦闘不能にするか、降伏を宣言させるか、或いは致命打を寸止めする『一本』か。3択で勝敗は決する。今回の模擬戦にあたり特に説明はなかったが、殺害が許されない場面ならば、基本的にこのルールが適用される。
3人の内、最初の標的は既に決まっている。
後衛の男が射かける矢を剣で叩き落としていく。男は矢を連射するが、一本もルカの身に触れることはない。能力には一切頼らず、単純な反射神経と動体視力のみで、高速で飛来するそれに対処していく。
(やはり遠距離攻撃は鬱陶しいな)
全力疾走で距離を食い潰したルカは、立ち塞がる前衛2人を相手に丁々発止と渡り合わ……なかった。
突進の勢いを乗せて力いっぱい振り抜かれた剣を受けたテオは、一回転して地面に叩きつけられた。事前に攻撃の速度と威力を計算して準備していたルカと違い、想定外の威力を備えた一撃を受けたテオの手はビリビリと震え、満足に構えを取ることもできない。
攻撃に備えるカイルを完全無視して後衛の弓使いに突撃。ルカの意図を察したカイルは慌てて後を追ったが、完全に出遅れ追いつけない。ルカは放たれた矢を斬り払い、相手の顔面に剣を振り下ろした。
「あ…」
直前で剣は止まり、弓使いは間の向けた声を漏らして座り込んだ。
(矢が通じないのは理解していたはず。前衛が抜かれた状態で、なおも通じぬ攻撃手段に固執するとは愚か!)
ルカは瞬時に振り返り、他2人を警戒した。
カイルは歩を緩めていた。合理的だ。後衛が倒された今、急ぐ理由はない。テオが立ち上がり、追いつくまで待つつもりなのだろう。
ルカが最初にテオを叩いたのは、計算に基づく行動であった。
試合前に交わした会話。『能力抜きでの勝負なら、俺を恐れる必要はない』
あの言葉を受けて、テオが奮い立っていればルカの一撃から逃げないはず。如何に覚悟を固めようとも、渾身の一撃を真正面から受ければ体勢は崩れる。或いは未だにルカを恐れているなら、そのまま倒してしまえばよい。
どちらにせよ、確実に前衛を抜き、最も容易く、それでいて鬱陶しい後衛を最優先で落とす。ルカの目的は一貫して、数的不利の解消であった。そしてここまで、その計画は完璧に機能していた。
もちろん、テオが追いつくのを待つ理由はない。ルカはカイルに向けて駆け出した。
接近し、真正面から剣を振り下ろす。刹那、カイルの頭を、凄まじい一撃を受けて地面に倒れたテオの姿が過ぎった。カイルは高威力の一撃を受け流すべく剣を斜めに構えたが、予想に反して手に加わった感触は羽のように軽かった。ルカの仕掛けたフェイントである。まったく力の籠っていない見かけ倒しの一撃に全力で備えたカイルは大きくよろめいた。
「馬鹿が」
ルカは体勢を崩したカイルの腹に拳を叩き込み、尚も立ちあがろうとする背中を蹴り飛ばし、背後から剣を突きつけた。
ようやく立ち上がったテオはルカに立ち向かうが、先刻受けた衝撃で手が痺れ、未だに握りが甘い。
(まだ力が入っていないようだな。だが演技の可能性もあるか)
ブレブレの剣筋を見切ったルカは、余裕を持って数回攻撃を受け流し、頃合いを見て一本取った。決着の合図を受け、テオは地面に膝をついて項垂れた。
(正面から立ち向かった根性だけは認めてやる)
テオはルカを見上げて呟いた。
「やはり、僕はあなたにはかなわないんだ…」
「そう、お前は勝てない。実力で劣っているわけではないが、それを活かす戦略がないからな」
開始前にカイルは言った。
『本当なら、数の優位なんてなくても、君みたいな情熱のない人間には、絶対に負けないんだ』
ルカは、倒れ伏したカイルの前で膝をついた。カイルは口に入った砂を吐き出した。
「どうだ?砂の味は美味いか?」
「くっ……」
「数を頼もうと、情熱があろうと、負け犬は負け犬だ。お前にはそれが分かってないようだな。ククッ、哀れなものだ」
ルカは背を向けたが、立ち上がったカイルに阻まれた。
「わざわざ嘲笑いに来たのか?なんて酷い人間なんだ、君は」
「笑ってくださいと言わんばかりの醜態を晒しておいてよく言うな。下民が」
「君は...!君は、そんなので誰かに愛されるのか?君には人間らしい温かみというものがないのか?僕は貧しい生まれだが、日々質素な食事を、愛する人たちと分け合って暮らしてきた。そういう些細な幸せを、君は知らない。そんな不幸な人間に、僕たちを下民と蔑む資格なんてないんだ!」
「負け犬の遠吠えだな。愛などなくとも俺は勝つ」
ルカの額にビキビキと青筋が浮かんだ。
「些細な幸せ、か。確かに、食べるものにも事欠くような生活であれば、たいしたことない料理でも天下一品の一皿に感じられるだろう。だが、そんなものが幸せか?」
カイルはたじろいだ。
「ひもじさが食事のありがたみを教えてくれるなどというのは、不幸な人間の吐く言葉だ。お前は、自分が不幸だという現実に気づける頭を持っていないだけ。或いは、それに向き合う勇気がないだけ」
(お前も分校に来た以上、命のリスクを負っても貧乏な家から出世を目指しているのだろう。面白いのは、金や名誉を強く望みながら、出自自体は幸福だったと己を誤魔化しているところだ)
「だがまぁお前の理屈なら、今日負けた悔しさも、いつか勝利の喜びを倍増させるスパイスというわけだな?」
「そ、そうだ……!」
ルカは、間近でカイルの目を見つめた。
「では良かったな。今日この俺に、こんなにも惨めに敗北して。礼はいい」
カイルはもう言い返さなかった。ただ下を向き、ボソリと一言呟いただけだった。
「1ヶ月後の武闘大会が楽しみだ」
ルカは振り返らなかった。いつか勝つなどというのは、今日勝つことを諦めた人間の言葉だ。既に負けた人間の言葉だ。もはや、一寸の興味もなし。




