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世界の危機

へたり込んだカイルを放置してしばらく歩いていたルカは、周囲を慎重に確認し誰もいないことを確認した後、しゃがみ込んで頭を抱えた。

試験不合格を受けて抗議し、場の全員に笑われた記憶がフラッシュバックする。カイルの醜態と自分が再度重なる。

(俺もあんな風に見えていたのか?ここまで恥ずかしい有様だとは!)

ルカは身悶えした。

「ふお、ふおおお!」


ひとしきりしゃがみ込んで唸った後、ルカは立ち上がった。

(落ち着け。これから挽回すれば良い。もう決して人前で恥ずかしい真似はしない。それでいいんだ)

ルカが顔を上げると、そこにいた人物と目が合った。確かレヴィアといったか。試験官を務めていた教師である。気まずい空気が流れる。

「えーっと君は…」

「オホン、迷ってしまいて、つい…」

「ああ…迷ったの。まぁそういうこともあるよね」

廊下で唸るという奇行の説明になっているかどうかはともかく、嘘はついていない。実際、ルカは道に迷っていた。入学式後の案内を、どうせ人の流れについて行けば問題ないと聞き流していたのである。

「そっか。じゃあ案内してあげるよ。ほら、君も出ておいで」


(まさか…)


手招きされてレヴィアの背後から姿を現したのは、カイルであった。泣きはらした痕跡はまだ消えておらず、目が赤い。


「彼も迷ったそうなんだ。同級生なんだから仲良くするんだよ」


再び気まずい空気が流れた。


(地獄かここは…)


ルカは静かに天を仰いだ。


――――――


数分後、レヴィアに連れられて講義室に辿り着いたルカは、硬い椅子の上であくびを噛み殺していた。教室の構造は至ってスタンダードで、階段上に配置された机と椅子が教壇を半円状に囲んでいる形である。ルカは、指示棒を取り入学前の案内を行うレヴィアを最後列から見下ろしていた。


「順当に行けば、諸君らは、この学舎で4年間を過ごすことになる。その後は、就職や、研究のため更なる進学を選択することになる。しかし…」


レヴィアはパンと手を叩き、全新入生の注目を集めた。


「知っての通り、現在、人類は極めて厳しい事態に直面している。100年以上前に現れた使徒による攻撃は、ここ数年で更に激化し、学園の生徒も多数死傷している。本学で士官や憲兵を目指す以上リスクは承知の上と思うが、適性がない者は速やかに退学することを推奨する。さて…」


レヴィアが指示棒のボタンを押すと、教室前面にある巨大な黒板は瞬時に白色に変化した。


「今から見せるものは少し刺激の強いので注意するように」


その声の直後、画面に映し出されたのは死体であった。顔面が溶けていたり、無傷かつ安らかな表情で死んでいるが、共通しているのはいずれも学園の制服を着ている点であった。突然ショッキングな死に様を見せられ、室内にはざわめきが広がった。


「使徒の権能は多様だ。触った相手を即死させる権能の持ち主や一定の距離に近づいただけで死ぬケースもある。一例として、病の使徒、通称病魔を挙げておこう」


続いて映し出されたのは、燕尾服を着た筋骨隆々の男であった。彫りの深い顔立ちで、目の虹彩が幾度も輝きながら収縮を繰り返している。口の端からは白い蒸気が噴き出し、フランベルジュを背負っている。


「このように、一見人間の姿をしているが、その力は完全に人外の域にある。コイツは細菌やウイルスの殺傷力を強化した上で広範囲にばら撒く害悪だ。10年前に出現した際には、黒死病や狂犬病が大流行し、世界で数百万人単位の犠牲が出た。しかも」


レヴィアは再び死体を映し出した。


「まず接近した段階で病に感染する上、奴に触れられると病状が瞬時に進行する。全身が壊死し、問答無用で即死する。今前に映っている死体は、本校始まって以来最優と呼ばれた生徒だ。彼は間違いなく私よりも強かった。彼は10年前、雄々しく使徒に立ち向かい、そして、容赦無く殺された」


指示棒で剣を指す。

「それに能力の問題だけじゃなく、コイツら自身の戦闘力も馬鹿にならない。その多くが武術の達人だ。異常に打たれ強いか、何らかの自己再生能力を有しており、並の人間では太刀打ちできない」


講義室はシンと静まり返った。生徒たちの顔色を見たレヴィアは苦笑した。


「心配しなくていいよ、君たちが戦う相手は使徒の手下くらいだからさ。それ以上は……まぁ考えなくていい。遭遇したらどうせ死ぬから」


ここでチャイムが鳴り、レヴィアは慌てた様子で締めに入った。


「あー、我々は諸君らを歓迎する。入試の段階ですぐ死にそうなのは弾いているが、入学はスタートラインに過ぎない。この先諸君達は問われ続ける。君自身が強いのか、たまたま能力が強いだけなのか」


それを聞いた仮面の従者は、背後からルカの耳に囁いた。

「含蓄あるお言葉でございますね」


「うるさい」


ルカは虫を払うように手を振った。


(コイツ、使徒の話に聞き入っていたようだが、もしかして何か因縁とかないだろうな?使徒は世界の誰かが勝手にどうにかするだろう。頼むから巻き込まないでくれ。事情を聞いてみるか?……いや聞かない。コイツの意図など知っても悩み事が増えるだけだ。そんな気がする。もう忘れよう。俺は、死んでも自分の身を犠牲にして他人を助けたり、世界のために戦ったりはしないぞ)


一方、壇上のレヴィアは移動を指示した。


「さて、この後は入学後実力審査を行う。君たちの力を見せてもらおう」


ルカは打算を巡らせた。


(聞けば聞くほど使徒なんぞとは関わりたくない。俺は危険を回避してとにかく安定した波風のないキャリアを歩む。夢も野望も俺にはない。まず実力審査で力を見せつけ、教師からの評価を高めてやろう。それが平穏な学園生活の近道だ)


「ちなみに、実力審査では能力の使用を禁じる」

「!?」


ルカは絶句した。

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