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豚のように鳴く

「ブヒィ!ブヒブヒィ!」

「どうしてこうなった…」


ルカは自分の足元で動物のようにハァハァと荒い息を吐き出す男を、ゴミを見るような目で見下ろした。テオと言ったか。随分こっぴどく痛めつけられたようで、地べたにひれ伏している。先ほどまでの強者然とした堂々たる姿は見る影もない。

しかし、もっと重要なことがある。ルカは空中を漂う仮面の従者に鋭い視線を向けた。


「どういうことだ、これは。なぜコイツが失格になっていないんだ」

「ご命令通り、調教したまで。失格にせよとは伺っておりません」


ルカは記憶を呼び起こした。確かに、屈服させろとか何とか言った気がする。テオが失格になっていないということは、他の受験者が会場のどこかで知らぬ間に脱落したということだろう。なぜこうなったのか、すべて辻褄は合う。それは良い。だが。


「ブヒ?」


何もここまでしなくても。この短時間で、いったい何をされればここまで人間が尊厳を捨て去れるのか。ルカは引き攣った笑みを浮かべた。

「ま、まぁ良くやった。想像を超えた仕事ぶりに感心してしまったぞ」

「勿体無いお言葉」

ルカはテオにも声をかけた。

「まぁ、今後俺に忠誠を尽くすのなら、さっきまでの非礼は許してやらんでもない」

「ブヒィ!」

テオは嬉しそうに返事をした。というか鳴いた。

「許すと言ってるだろう?いい加減人の言葉を話せ人の言葉を!何を言いたいのか分からん!」

「申し訳ございません!よろしいのですか、このみすぼらしい豚めが人の言葉を話しても」

「良いに決まってるだろ…」


その時、声が響いた。

「コラそこぉ!ふざけてないで早く会場から出なさい!」

あの試験官か。機嫌を損ねると面倒だ。ルカは二人を連れて歩き出した。


――――――


邸宅に帰ったルカは頭を抱えた。

試験を突破し、合格通知はその日の内に受け取った。だが依然として状況は芳しくない。目的不明、かつ制御不能の従者。家名を名乗ることを許されないほど悪化した親からの評価。アウレリア王立学園不合格。

そして、今日の試験で手にしたもの。卒業率5割、退学3割、死亡率2割のアウレリア分校合格。それはかろうじて残された、エリートへの道。そのおまけについてきたのは、しつこく付き従うようになった、豚のように鳴く男。

卑屈な態度はともかく、強力な味方を得たと喜んだのも束の間のことだった。ルカは試験終了後、分校前の物陰で交わした会話を思い返した。

「私は!本当は弱いんです!血まみれの格好も、持ってきた血糊を全身に塗りたくっただけなんですぅ!」

「その腕は?他の受験生から引きちぎったんじゃないのか?」

「職人に注文したマネキンに、徹夜で血糊を塗りました!これからお世話になりますので、なにとぞ、よろしくお願いいたします!」

厄介ごとばかりが増えていく。ルカは夕陽に照らされた部屋の中、深いため息をついた。そして、いったんすべてを忘れて寝ることを決意した。


――――――


レヴィアは、無人の講義室の扉を開いた。1人で作業に没頭する時間を、彼女は好む。決して、他人の目の届かないところでダラダラと仕事をしたいわけではない。決して。

アウレリア分校において実戦科目の教師を務める彼女の評判はすこぶる悪い。しかし、同僚に如何に嫌われようと、解雇されることはない。理由は単純。人を見る目があり、それなりに強いからである。敵に回すと多少面倒だと感じるくらいの強さ。英雄的に強いわけではないが、実戦経験は豊富。他の教師も、軽視することはできない。

そんな彼女は、事務作業を概ね片付け、最後の書類の束に手を伸ばした。生徒の履歴書ファイルである。

(今年は将来有望だね。いや、去年は1人しか見込みのある生徒がいなかったから、無意識に比較してしまっているだけかもしれないけど)

机の上には、8枚の履歴書が並べられていた。レヴィアはその上に、もう1枚取り出した履歴書を加えようとして、手を止めた。

(この子はどうだろうね。高出力の念動系能力の持ち主。でも人格も本人の強さも能力に追いついてないから、うーん、見込みがないってわけじゃないけど)

結局、ルカの履歴書は机の上に並ぶことはなく、その他大勢の合格者の履歴書と同様、紙の束に戻された。

(鼠使い?繰り上げ合格枠には、この子を入れたらいいかな。うん、悪くない)

レヴィアは書類をまとめ、席を立って教室を出た。

(君たちは使徒に立ち向かえる戦力になるのかな。人類にとっての厄災を討伐できる存在に…)

「まぁ、あんまり期待しない方がいいか」

廊下に出ると、冷えた空気が胸を満たした。例年通りなら、入学した生徒の内、最低でも2割は死ぬ。生徒達が直面する脅威はますます深刻になり、年々卒業難度は上がっている。生徒に過度に肩入れすれば、彼らが犠牲となった時、精神的に疲弊する。だから深くは考えない。

レヴィアは仕事を片付け、帰路についた。いつものように。

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