鼠の王と衝撃波
ルカは今回の試験を、基本的に自力で突破するつもりでいた。少なくとも、直接的に従者を介入させるつもりはなかったのだ。だが、ルカはその拘りを捨てた。他の受験生の四肢を切断するような、明らかな脅威を前にして、まず生き延びることを優先したのである。
ルカはすぐにでも切り札を出せるように、従者に合図を送った。あとは命令を下すだけで、ファントムが実体化して厄介ごとを片付けてくれる。
アイリーニも剣を抜いた。まるで銃士のようなスウェプトヒルト・レイピアである。刺突に特化した形状でありながら一定の切断力をも備えた美しい武器である。一般的な剣と異なる特徴があるとすれば、先端付近に細い穴が空いていることだろうか。
ルカと一対一で戦った時に装備していた盾は、ドーム内での戦闘や移動に向かないと考えたのだろうか装備していない。怯えを振り払い、攻撃的なスタイルを取って闘志を奮い立たせる相棒の姿を横目に、ルカは余裕の笑みを浮かべた。
そんな二人の様子を見た血まみれの男は、にこやかに手を振った。
「やあ、僕はテオ。急な頼みで悪いけど、自分でリタイアしてくれないかな。無駄に傷つけたくないんだ」
気さくに話しかけてきた男は、ルカ達が構えを解かないと見ると、まるで舞台俳優のように頭を両手で抱えて天を仰いだ。芝居がかった動きを見たルカは顔を顰めた。気取った仕草が鼻につくというか、何となく気に入らないのである。
「どうしてもリタイアしないなら、腕の一本や二本は貰おうかな?」
「でぇりゃあ!」
ルカが答える前に、アイリーニは先制攻撃に出た。間合いの外にいる敵に向かって、まるで素振りでもするかのように剣を振るったのである。ルカは一瞬混乱したが、すぐにその意図を理解した。剣の先端に開けられた穴からヒョウと鋭い風切り音が発せられ、鋭い空気の刃となって襲いかかったのである。
しかし、並の人間ならばなす術なく身体を両断されるであろう攻撃を受けた肝心の当人は、顔色ひとつ変えなかった。
「仕方ないね。お仕置きの時間だ」
テオと名乗った男は、全身から血を滴らせながら近づいてくる。それを見たルカは、遂に手を振り上げた。
「もう良い。やってしまえ」
「かしこまりました」
慇懃な台詞が聞こえた直後、テオは見えない巨人の手に張り飛ばされたかのように吹き飛んだ。
「こ、殺してはいないんだよな?」
「ええ。……恐らく」
「……殺さずに、とにかく屈服させろ。できるな?」
「承知しました」
背後から気配が消えた。先ほど吹き飛ばされたテオを追ったのだろう。
ひとまず、命の危機は去った。あとは正攻法で試験を突破するだけである。
アイリーニも残されたもう一人の敵も、何の前触れもなくテオが吹き飛ばされたため、状況を理解していないようであった。ルカはニヤリと笑った。
「さて、これで二対一だな」
残されたのは、ボロボロのマントを羽織った痩せこけた男だけであった。ルカ達を前にして、男はヨロヨロと後ずさった。
「ま、待って。話をしよう」
「優位に立っているのはこの俺だ。この状況でお前の話に耳を傾ける理由があるか?」
ルカは能力で石や泥を動かし、叩きつけながら悠然と歩を進めていた。ルカが進んだ分だけ、男は後退していく。
「お、穏便に、話し合いで解決しよう」
「話し合い?お前になど興味はない。そもそも、俺は基本的に人の話を聞くのが嫌いだ。俺が話し、お前が聞く。俺が要求し、お前が従う。それが話し合いというものだ!」
ルカは一方的に攻撃を続ける。
「アイリーニ、手を貸せ。さっき手を組んだだろ」
「いえ…はい、まぁ。なぜかすごく手を貸したくないのですが、仕方ありませんわね」
アイリーニがルカと並んで攻撃を開始すると、男は何度もよろめきながら後退っていき、遂に壁際に追い詰められた。
「し、仕方ないな。君らが悪いんだからな。君らが」
男は呟いた。
「鼠の王よ…」
その言葉に呼ばれるように、無数の鼠が男の足元から現れた。
「何?」
石や砂をぶつけるが、数が多過ぎてどうにもならない。効果がないと見たルカは、脱兎の如く一目散に逃げ出した。アイリーニもその背を追った。
(何という力だ。藪を突いて蛇を出したか!俺は雑魚を気持ちよく嬲るのが好きなのであって、逆転されてピンチが訪れるとか、そんな要らんサプライズは求めてないぞ)
「待ってくださいまし!」
そんなルカの手を、アイリーニが掴んで引き留めた。
「離せ!俺は自分より弱い奴としか戦いたくないんだ!」
「落ち着いて、わたくしの背後に」
意図が理解できず眉をひそめるルカの前に、アイリーニが進み出た。
「射線上に人影なし。最大火力で撃ちますわ」
迫る鼠の大群を前に、左手を構え、指を打ち鳴らす。
(いつもの衝撃波か。そんなもので止められるわけ…)
アイリーニが悪足掻きをしようとしているだけと考え、再び背を向けて逃げようとしていたルカは、視界に飛び込んできた光景を目にして呆然とした。
何も聞こえなかった。ただ一瞬空気が唸っただけだった。指向性を絞って放たれた音の壁を前にして、鼠の群れは全身をシェイクされ、細かい塵と化して吹き飛んだ。
(本気で撃つと、ああなるのか…)
ルカはゾッとした。もしも一対一の戦いの時にあの技を使われていたら。消し飛ぶ鼠と、衝撃波を受けて粉微塵に砕け散る自身の像が重なる。
しかし、瞬時に嫌なイメージを振り払ったルカは、全力疾走で痩せこけた男に向かって接近した。男を守る鼠の群れが一掃された今こそが最大の好機だ。
苦し紛れに繰り出された剣の一撃を払いのけ、顔面に拳を入れる。
「に、逃げた上に、女の陰に隠れるとは、男として恥ずかしくないのか?」
「二つ訂正してやろう。まず、俺は逃げたんじゃない。アレは戦略的撤退だ」
そう言いながらルカは男を蹴り飛ばした。
「二つ目、女の陰に隠れた?違うな。アイツが勝手に俺の前に出ただけだ!俺が隠れたわけじゃない!」
その後の展開は一方的であった。自身より弱いと見做した相手を前にして、雑魚狩りモードに入ったルカは無敵である。
「クックック、見よこれが俺の力!これこそが俺という正義!」
ルカはもう一度男を蹴りつけ、その手から零れ落ちた卵を、悪魔のような笑みを浮かべて容赦なく踏み潰した。
「くそぉ!」
地面に拳を叩きつけて悔しがる敗者に、ルカは目もくれなかった。
(俺に勝てると思ったか、卑しい畜生使い風情が。薄汚い鼠は、地面に這いつくばるのがお似合いよ)
その瞬間、ドーム内に気の抜けた声が響いた。
「試験終了!皆頑張ったねぇ、お疲れ様〜」
どうやら男の脱落をもって、ようやくドーム内に残った10人が確定したようだ。この一声をもって、ルカの合格が確定したのである。
(さて、あの仮面男も、既に仕事を済ませていることだろう。様子を見に行くとするか)
ルカは意気揚々と歩き出した。




