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デッドホール清王国

 地面から這い出た骸骨の数は、一、二、三――素早く目を動かし、隠れている者がいないか探る。


「八体だな」


「オマエごと払えば、一瞬で終わるぜ?」


 世界樹の物騒な発言に驚いたのか、首を絞める骨の力が若干増した気がするが、この程度の力では、全く苦しくない。


「舐めてんじゃねえぞ。おおん!? 俺たちは泣く子も黙る、天下の盗賊団……!」


「ん? 何だその間は」


 呆けたように硬直する骸骨を無視し、上空へ目をやる。


「大分、日が高くなって来たな。正午あたりか」


「だから、首絞めてんのに、余裕かましてんじゃねえぞ!?」


「さっきの口上はどうしたんだ? 名乗ろうと思ったんだろ?」


 その問いに、首にかけられた指の力が緩むのを感じた。


「わ、分からんのじゃ! 生前の記憶が……! 全く!」


「なんだァ、コイツラ。雑魚な上に、自己紹介もマトモに出来ねえのかよ」


「雑魚じゃとッ!?」


 そこで世界樹が嘲る様に、枝を動かし、背後の空間を指した。


「そこ、振り返って見てみろや」


「あんだァ? この唐変木が、命令して――」


 立ち尽くす凶獣将の死体を見た骸骨が、下顎を外れる程ひろげて固まる。


「な、なんじゃあこりゃあ!? 墓地とはいえ、なんで立ったまま死んどる奴がおるんじゃあ!?」


「いや、オマエラの仲間の死体じゃねえか。生肉と骨なんて、ほぼ一緒じゃねえか。何でそんなに驚いてんだよ」


 世界樹の不躾な同類宣言に、骸骨は慌てて首を戻し、今度は見上げたまま固まった。


「な、なんじゃあ!? さっきから、何処からともなく声がすると思うたら、なんつうドデカい木じゃあ!? こ、こいつが喋っとるんかあ!?」


 何と言うか。アンデッドとは思えない賑やかさだな。


「まあ、こんな日中に、骸骨が這い出て来たくらいで、そんなに怖い訳もないんだが」


「いや、オマエは耐性ありすぎだろ、クソチビ」


 いつの間にか他の七体も、騒がしい一体のもとへ集まって来て、口々に喋り始めた。


「はあ。何だこの状況」


 そこで、先ほどから賑やかだった一体が、こちらを向いた。


「おい。こいつらがあんたに伝えたい事があるそうだ」


「うん? 唐突だな。一体何の用だ?」


 話を聞こうと、緊張を緩めた瞬間に、七体は散開し、こちらを包囲にかかる。


「ぶあっはっは! バカめが! 油断大敵、得体のしれない相手の話を聞こうとしてんじゃねえ! よく聞け。こいつら、なんでも、全員と意識がリンクしてて、話さずとも意思疎通できるらしい! これが、戦闘でどれだけ有利かお前に分かるかッ!? 分からない――」


 七方向から襲い掛かって来た全員を、一瞬で地面に叩き伏せたのを見た残った一体が、また下顎が外れそうなほど開く。


「な、な、なんじゃあ!? なんで一瞬で、何の造作もなく……!?」


「いや、知らん。勝手に身体が動いた」


「大方あれだろ。さっきのクソチビ二号との喧嘩で、オマエが喧嘩慣れしたんだろ」


 倒れた七体は、痙攣するように震え、起き上がって来なくなった。バラバラに散らばった骨が、まるで古戦場の跡を発掘した有様になる。


「ん? あれ。かなり手加減したつもりだったんだが」


 そういえば、残っているこいつは、何故リンクしていないんだ?


「な――何か。身体に違和感が!?」


 残った一体が、自らの身体を指して、奇妙な発言をするが、いまいち要領を得ない。


「いや、お前、骨しかないだろ」


 呆れて、倒れた骸骨を起こそうと手を伸ばすと――。


「な、なんじゃあ!? こっちの手まで動いて!?」


 まるで肉の映らない鏡を覗いた気分になり、しばし瞬きを繰り返す。


「お前、まさか、俺の肉体とリンクしているのか?」


「……ふ、不公平だぞ!? こっちが一方的に動かされとる! こいつらみたいに、意識だけじゃなく、身体まで!? さっきまで何ともなかったのに……!?」


「ん~? 何で起きたんだろうな?」


 謎の事態に首をかしげると、骸骨もその動きをトレースした。


「や、止めるんじゃあ! これはあっしの身体で、お前のと違うわ!?」


「そんな事言われてもなあ……こっちが、したくてやってるんじゃないし」


 自らの意志では動けない骸骨が、プルプルと悔しそうに震えるのを眺め、ひとつの疑問に至る。


「ん? 待てよ。お前の仲間は、意識が七体でリンクしてたんだろ? 見たところ、お前は俺と意識を共有してないよな?」


「確かに」


 そこで倒れていた七体に動きがあり、全員がゆっくりとバラバラの手足を動かしながら、立ち上がった。


「ん? まだ、やる気じゃないよな?」


「おい、クソチビ。ソイツラの胸を見てみろ!」


「何だ? これは――」


 動きがリンクしていた一体も含め、起き上がった骸骨すべての肋骨の左胸辺りに、何らかの文字を象ったような、呪術的な紋様が浮かび上がる。


「何が起きた……? お前たちは、覚えがないのか?」


「わ、分からん……。こいつらもそう言っとる!」


 そこで、先ほど発掘した箱から出て来た契約書の文面の一部が、脳裏をよぎる。


「その紋様――あの、契約書にあった、何処の言葉かも分からないものだ!」


 全く読み取れないため、意味は分からないが、象形文字らしく、他とは少し趣が異なり、何時の時代、何処の文明の物か、全く想像も出来ない。


「ああ。さっきオマエの糸が取り込んじまった奴かァ。オレは文字なんて読めねえからなァ」


 糸……? そうだった。この身体の表面を覆い、衣服とも混ざっているこの金色の糸、これが、何か影響を及ぼしているのか……?


「何らかの契約が、俺とお前たちの間で結ばれた可能性があるな」


 下顎が外れそうな状態で止まっていた一体の暗い眼窩が、こちらを向く。


「……何処を見てるか分からないから、何かぞわっとするんだよな」


「何じゃあ!? アンデッド差別か!?」


 その言葉を黙殺し、動きのリンクしている一体に、歩み寄ると、向こうも近づいて来る。


「か、身体が――勝手に!」


「ちょっと試させてもらう」


 空洞の眼窩に向けて、指を突き出し、穴の内側を狙う。


「何を!? あっしらの動きはリンクしてる! こっちはアンデッドじゃが、お前の目は――!」


「はへ?」


「思った通りだったな」


 こちらの指は、眼窩の空洞に入り込み、骸骨の骨の指は、目に触れるよりかなり前に、見えない壁に弾かれたように止まった。


「な、何が起きて……!?」


「多分、あの契約書の力だろ」


「いや、そう言われても、こっちは現物を確認しとらんでな」


「お前たち、生前に何かおかしな奴と契約したんじゃないか? 大方あそこに埋まってた墓も、お前たちの物だろう」


「な、何でそんな事が分かる!?」


 頭の中で、素早く考えをまとめる。


「そもそも、俺に憑いた大地は、町はずれの森だった。……あの辺りには、街の人間が、ほとんど近づかない、もうひとつの墓地があったのさ」


 その場にいた全員が、静聴する。とはいえ、耳の機能が残っているとも思えないが。


「あそこはな――ここの墓地とは違って、正式な街の施設として、残したくない死者が行きつく墓地だったんだよ。無縁墓地とまでは行かないが、生前に罪人だった者とかな。……さっき、盗賊団だと名乗っただろ? 生きていた時の事は、覚えていないのか? 罪について、裁判の記憶、下された刑罰。もしくは――」


 こちらの険しい表情を読み取ったのか、不安そうに問いかけてくる。


「ああ――今、考えた最悪のパターンは、ネクロマンサー関連さ」


「ね、ネクロマンサーじゃとお!?」


「ああ。そうだ。生と死の境界を操る、禁忌の術の使い手。……昔、噂程度だが、聞いたことがある。極刑に処される罪人を、死後まで縛り付け、その魂を公の奉仕を名目に、こき使う。聖堂や神殿の関係者たちに、方々から非難されたが、それを公益のためだと、押し通した国があったらしい。確か、名前は――」


「デッドホール清王国」


 ざわつきが一気に広がり、声帯もない骨の隙間から、不可思議な声が反響する。


「そ、そんな話は、全く覚えとらんぞ!」


「まあ、まだ確定じゃないさ。……でも、そうやって死んでも魂は、身体に縛られているんだ。今の話とは関係なくても、何処かの後ろ暗い思想の持ち主が、お前らの身体と魂を、弄んだのさ。そう考えるのが妥当だ」


「な、なんつうことじゃ。まるで覚えちゃおらんのに、あっしらの魂は、そんな薄気味悪い契約に縛られとるんか!?」


 ここからが本題だ。


「驚いている所悪いけど、多分、お前たちの契約書を、俺の糸が取り込んだことで、契約の力が復活したんだと思う」


「と、いう事は……。これから一生、あっしらはお前の奴隷って事かあ!?」


「ちょっと、他の七体も、俺を攻撃してみてくれ。それではっきりするだろ」


 大人しく従った骸骨たちが、こちらを包囲し、攻撃を加えて来るが、全てが見えない壁に阻まれて届かない。


「やはりな。契約者を傷付けられない制約が文言に含まれていたんだな」


 掠れてほぼ読めなかったが、何故、糸はあれを取り込んでしまったのだろうか?


「ん? 何だ。その態度は……」


 気付けば、こちらとリンクしている一体いがいが、地にひれ伏し、口々に忠誠を誓う。


「アニキィ! そう、呼ばせてくだせえ! あっしらの流儀じゃあ、ボスはそう呼ぶんでさぁ!」


「アニキのアニキだと……お、親分?」


「親分? 随分と大袈裟だな。どうせなら隊長とかにしてくれ」


「お、親分がそうおっしゃるなら。いや、隊長! 俺たち七人、アニキの認めたアンタを、隊長と仰ぎ、身命を賭して仕える事を誓いやすぜ!」


 突然の態度の豹変。そこまで物分かりがいいとも思えない。何か裏があるな……。


(これでいいんでやんすか? アニキィ! 俺たちのアニキは、アンタだけだ! 他の奴に尻尾振る訳ありやせんぜ!)


(おうよ。気付かれねえようによ。従順なフリしとけ。こいつは、あっしの意識もお前らとリンク出来てる事に気づていねえ。この通り、思うだけで会話も出来らぁ! こんなクソみてえなもんに付き合っとれんわな! ……隙を見て寝首掻いて、自由を手にするんじゃあ!)


(ぬかるなよ!)


 その場の誰にも聞こえない方法で、八体の骸骨たちは、悪だくみを企てるのだった――。

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