八枚の契約書
掘り返した箱を物色していると、世界樹の声が聞こえた。
「おい。あのクソチビ二号の死体だが、あれは、糸には変えねえのかよ?」
箱の蓋の鍵穴を探りながら、感じ取った事実について話す。
「ああ。それなら、多分無理だよ」
「ああ~? 何で即答出来んだよ」
「……分かるんだ。あの物体の糸化は、しばらく使えない。……なおかつ、また使えるまでにどれくらいかかるかも分からないよ」
「んだよ。何か使えねえなァ」
「まあ、蓋を開けて見れば、強力な能力だったんだ。何かしらの制限があって当然じゃないか?」
「そういうもんか」
「そういうもの」
指で探って行くと、鍵の構造部分が、そのまま壊れてて飛び出した。
「何だ? こんなに脆くなっていたのか……」
「そりゃ、骨の状態を見りゃなァ」
金属の縁に支えられ、その他は木製のようだが、腐食の度合いは意外なほどに少ない。鍵の構造部分が飛び出して来たのは、運が良かったのか。
「いや、人為的な傷がある……? 以前、墓荒らしにでもあったのかもしれない」
「何だァ。そんな金になりそうなモンが入ってんのか?」
壊れた蓋の隙間に手をかけ、開けようとした所で、ふと視界の端に映った物が気になって、手を止めた。
「どうした?」
「あれ。さっき食べた、人世茸じゃないか? 一、二、三――おい。この辺りに他にも七つも生えてるぞ?」
「ああ~? オレサマの根元にそんなに生えてやがったのかよ。腐れキノコがよォ」
他に七つもあるのだ。そこにも、この白骨のように、人の遺体が埋まっているのだろうか?
「何にせよ、まずは……」
目の前の箱の蓋をゆっくりと開くと、蝶番の軋む嫌な音が、背筋を不快感で撫でた。
「おい、見せろ! 何が入ってた!?」
「……慌て過ぎだ」
丁度、開ききった所で、軋んでいた蝶番が壊れたのか、片方が外れて、蓋が斜めに草地に倒れ込み、その場に暗い陰を作り、それとは対照的に、明るい日光が湿り気のある箱の内部を隅々まで照らし、土に覆われ、錆の浮いた金属の縁が、鈍く光る。
「――これは」
「何だ? オマエの陰で見えねえぞ!」
箱の中にあった物のひとつを、右手で持ち、崩れはしないか気を配りながら、慎重に掲げて見ると、鈍い灰色の金属が日光を反射し、世界樹が感嘆の声を上げた。
「おお! 何かピカピカ光ってんぞ! オタカラか!?」
その後、すぐに落胆に変わる。
「って! まァた剣じゃねえか! しかも、錆まくってんぞ! 二束三文にもならねえなッ!」
「いや、そうとも限らないさ。それにしても刃こぼれが酷いな」
持ち上げて見れば、意外としっかり形を保っていた錆びた剣を、ゆっくりと箱に戻し、他の副葬品らしき物に目を向ける。
「これは、何かの魔除けか?」
それを見た世界樹が声を荒げる。
「ああ!? 木彫り! 木彫りじゃねえか! それ!!」
「ん? あ、ああ。そうだな。木彫りのお守りか何かみたいだが、穴に通してた紐はなくなってるな――」
「んな事聞いてんじゃねえよ! オレの仲間の死体を加工して、弄びやがってよ! 人の心はねえのか!?」
「あ、ああ? 確かにそうだが。それを言い出すと、街中を通った時にも、木材は多く使われていたぞ……?」
興奮する世界樹はまくしたてる。
「オマエラ人間に、いつか同胞の死の報いを受けさせてやるぜェェェ。……さっきもクソチビ二号との喧嘩中に、木を倒しただろ!?」
「喧嘩じゃなくて、殺し合いな?」
「知らね。動物同士の争いは、いつもおままごとだ。植物の覇権争いと比べりゃァな」
「はあ。分かった分かった。少し黙っていてくれ」
植物の優位性について思いをはせた世界樹は、尊大に戻り、先ほどの怒りを忘れた様だった。
「魔除けのお守りね。何の役に立つのか、呪術的な意味があるのなら、それを読み解ける者がいないと、何とも言えないな」
「そういうモンか。やっぱ光合成みてえに、シンプルな方がいいよな」
「ああ。そうだな」
他にも幾つかの物が入っていたが、一番下に小さな黒ずんだ木箱があるのに気付き、それに無意識に手を伸ばしていた。
その時――。
「お、おい! その力。しばらく使えねえんじゃなかったのか!?」
木箱を包み込むように、右手から糸が伸び、勝手に蓋を開け、中身を物色する。
「まだ、分からない部分が多いからな。……それにしても、何だ? この箱の中身――」
取り出された色褪せた紙束を、一枚ずつ数えてみる。
「一、二、三、四――全部で八枚か。何が書かれているんだ? ……これは!」
「どうした?」
「契約書の類だな。文字が掠れていて読めない部分が多いが……。一枚ごとに、異なる名が書かれていて――ダメだ。相手が誰かも、何の契約なのかもはっきりしない!」
日光に晒しているだけで朽ち果てそうな、古ぼけた紙束に、指の食い込んだ皺が寄っているのに気付き、はっとなり、思わず手を放してしまったが、それを糸が包み、取り込んでしまった。
「おいおい。またオマエの糸がなんかしたぞ? オレは、責任取らねえからな?」
手に戻って行った糸が全て引いた跡を見るが、トカゲ頭の身体を取り込んだ時のように、糸巻は残っていなかった。
「……全部なくなったな。一体、何だったんだ?」
「さァな。消えちまったんならしゃあねえだろ」
発掘した箱と白骨を、置いて、更に地面を掘ってみると、下から石で出来た何かが覗いた。
「ん~? まァた、妙なモンが出たか?」
「ああ。もう少し掘ってみないとはっきりしないが、これは、見覚えがある形だ」
しばらく掘り進むと丸く深くなった窪みができ、明らかに墓石らしき物が現れる。
「なんだァ。動物の墓かよ。そりゃ、ここは墓地なんだから当然じゃねえかァ?」
「人の。だろ? ……確かにこの辺りは、墓地だが、この大地は、俺に憑いている物だぞ? ここの墓地とは関係ないと思わないか?」
「そういうモンか?」
こいつ……。面倒くさくなると、この台詞に逃げるつもりだな?
「はあ。よく考えてみれば、あの町はずれの森は、昔の墓があったはずだ。この大地が、そこから憑いて来たのなら、そっちの墓の可能性が高い」
「そういう――」
「ああ。そうだ」
「おいィ。最後まで言わせろよ」
「墓碑の名前は……。読み取れないな。というよりも、何か不自然な形跡が」
文字が刻まれていたはずの箇所を、指先でなぞってみると、自然に出来たとは思えない鋭い切っ先で削り取られた感触が返る。
「多分……、刃物か、彫刻用の道具で、削られているな」
「人間の、名前の部分をか?」
「それだけじゃないさ。故人の簡単な経歴なんかも、刻まれていたはずだが、それも全部ない」
「何だそりゃ、そいつが、生きてた痕跡自体を消したみてえだな」
もう一度、墓石の隅々まで目をやるが、特に新しい発見はなかった。
「罪人の墓か何かか……? 削られた跡があるんだ、無縁仏って事はなさそうだが」
その墓は置いて、他のキノコの場所を掘ろうかと思い立った時、唐突に後ろから何かに寄りかかられた。
「おい! クソチビ! 死体が動いてんぞ!?」
「何ッ――!?」
肩から目元に伸びて来たのは、確かに先ほど掘り出した白骨の、指の骨だった。
「骨は――部位ごとにバラバラだったはずだ! どうやって動いて――」
カタカタと顎関節が音を立て、奇妙な、信じ難い現象が起きる。
「ァ、アア~。うィ。誰だァ。俺たちを起こした恐れ知らずのバカはァ」
そのまま白い骨の指が、両側から首筋を締めようとし、先ほど目をやった他の人世茸の根元の土が盛り上がり、そこからも次々と白骨死体が這い出て来る。
「おい、クソチビィ。コイツラ、潰しちまうか?」
「へ?」
首を絞めていた白骨が頓狂な声を上げる中、平然と世界樹と会話する。
「まだ待つんだ。何か情報を聞き出せるかもしれん」
「ん~? オマエ、首絞められてんぞ? ……ああ~。そうだな。そんな事で死ぬ訳ねえよな」
後ろから奇妙だが、焦りを感じる声が響いた。
「い、イイ度胸じゃねえか。俺たちの眠りを邪魔したからにゃ、覚悟は出来てんだろうな? 賊がよッ!」
「はあ。受難続きだな。何がこんな因果を引き寄せたのやら……」
妹の墓参りに来ただけのはずが、頭を抱えたくなる出来事が、次々と起こるのだった――。
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