人世茸の下に眠るもの
魔王城の一角で、ふたりの魔族らしき人影が、廊下の隅の袋小路で密談を交わしていた。
その囁きのような小さな音が、漏れ聞こえてくる。
「――バカな! 新たに任命した凶獣将が、一日と経たずに敗れただと!?」
「しっ! お静かに。この事実を、魔王様にお伝えするかどうか、その協議を、公に行う訳には行きませんもの。だから、わたくし達ふたりだけで、内密に。誰かに聞かれでもすれば、台無しですわ」
周囲にはふたり以外の人影はなく、部屋の入口の隅の丁度、近くの廊下から目隠しになっている場所のため、時折人通りはあるものの、気を留める者もいない。
「あの世界樹の人間の実力は、はっきり言って、想像を絶するものでした――」
声のトーンが一段落ち、更に聞き取りづらくなる。
「――バカな!? そんな事が――人間側の戦力は――」
「ええ――勇者が――」
ほとんど聞こえなくなるが、近くの部屋の扉が開かれた音で、中断する。
部屋から現れた者は、ふたりには気付かずに、廊下へと歩いて行き、それを見送った後に、再び会話が始まった。
「とにかく、このような事態を、おいそれと報告出来ませんわ。凶獣将の戦死については、伏せ、また新たに任命しましょう。もっと優秀な者を」
「そうするしかあるまい。……しかし、野戦昇進とはいえ、あのイグニという男。直近の戦での戦績が、二番手を大きく離し、圧倒的な殺傷数を誇っていたのだ! 単独で突出しがちではあるが、敵戦力の殺傷においては、他の追随を許さぬ。それ故に、あの男を選んだのだぞ!」
男の紅く揺らめく拳が握りしめられ、わななく。
「それが、四天王への昇格後の初戦で頓死したというのか!」
「前代未聞の大失態となろう」
「ええ。そうですわね。わたくし達が、独断で選んだのですから、責任逃れは出来ません。ですから――」
話の雲行きが怪しくなっていく。
「任命について、情報を共有する者たちには、口止めを。出来ない場合は……」
「――口を慎め。知っている者など、凶獣将の一族いがいでは、我らの側近ばかりではないか。いわば身内も同然。それを――」
目深なフードの女は、身体の芯まで凍り付きそうな冷たい声をしていた。
「ええ。だからこそ、ですわ。お互い、この地位について、長いでしょう? そろそろ、空気の入れ替えを考えても、良いタイミングではなくて?」
オブラートに包まれた、濁された言葉を、はっきりと言い直す。
「この機に、側近含む、配下の整理をしようと言うのだな?」
その問いに答えは返らない。
「全く、恐ろしい女だ」
その言葉を最後に、密談は終わり、ふたりは目的のために散って行ったが、しばらくして、その場の静寂を破る声が響く。
「あ~あ。まったく、古参連中は、悪だくみが好きだなあ。独断で任命した四天王をむざむざ死なせておいて、保身ばかりを考えるなんて~」
姿の見えない何者かの声は、嘲るように、去って行ったふたりの背を追う。
「まあ、しばらく保留としよう。魔王様へのご報告は、いつでも出来るんだ。もうちょっと、失態を積み重ねてもらってからの方がいいかな」
姿も見えぬ何かの、くぐもった笑いが、暗い廊下にこだました。
※ ※ ※
その場に立ち尽くす凶獣将の死体を尻目に、空腹を覚えている事に気付き、ため息を吐く。
「さっきまで、緊張状態だったからか、空腹に全く気付かなかった」
空腹に気づいたついでに、戦闘中に発動した万象幽界の効果は、既に消えているようだった。そこに気の抜けそうな返事が来る。
「あ~。動物ってのは、大変だな。オレは光合成で事足りる」
その台詞に、少しばかりの嫌味を返し、自分に憑いて来ていた大地を隅々まで見つめる。
「お前だって、水分がなければ枯れるだろ!」
「あ~。ほっときゃ自然に雨が降るんだよ。オマエラ人間は、直ぐに腹壊すからなァ。そこらの泥水なんて水分カウントされねえだろ」
「はあ。分かった分かった」
大地の世界樹の根元あたりに、あるものを見つけ、近づき、手を伸ばす。
「ん? 何やってんだ。クソチビ」
「これって、キノコじゃないか? 食べられるかな?」
「ああ~? キノコだって~? そいつらァ、樹木の敵だぞ? し・か・も! よりによって、オレの根元に生えやがって! 踏み潰すぞ。コラァッ!?」
その言葉は無視して、傘の下に指をかけた。
「おいおい。止めとけって、そんなもん食えても、中身は虫だらけだって! 生で食えやしねえよ」
「ん? そういうものなのか?」
「オマエ~、サバイバル能力が苗木レベルに低いな! どうやって生きて来たんだよ?」
思い出せないな……。
「それにそりゃ、ヒトヨダケだ!」
「知っているのか? 世界樹」
「馴れ馴れしく呼んでんじゃねえぞ。それに、誰が世界樹だと名乗ったよ?」
「いや、そのデカさだからさ」
「まあな! デカいのは事実だがな!」
こいつ、デカさを褒めると簡単におだてられるな……。覚えておくか。
「そんな事よりも、ヒトヨダケって何だよ?」
「ん。ああ。漢字で書けばこうさ。人世茸。これでなにを連想する?」
「さあ?」
「おいおい。苗木でも、もそっとマシな反応するぜ」
いや、そもそも苗木と話せるのか?
「よく聞け~? こいつが生えてるって事ァよ。ただ木があるだけじゃなくて、あるんだよ……」
その奇妙な間に、思わず聞き返す。
「何が?」
「死体だよ。それも、動物の中でも、オマエラ人間の、がな!」
「へえ。そんな所に生えるキノコなんてあるんだな」
「おい。うっすい返しだな。リアクション芸磨いてけや」
「それは遠慮しとく」
そのまま引きちぎった人世茸にかぶりついた。
「ああ~!? オイ! 人の注告には、耳を貸せよ!」
「お前、植物だろ。ムグ……わりとイケるな」
「躊躇なく食ってんじゃねえよ!」
そこで、キノコを引き抜いた地面の変化に気付いた。
「おい。ここの地面……。下から何か出てきてないか……?」
のぞいていた何かを、ゆっくりと引っ張り出すと、人間の骨のようだった。
「おい! これ、人の、指の骨かなんかじゃないか!?」
「だから言ったろ。人間の死体があるって」
勝ち誇った様子の世界樹を無視し、周りの土を払っていく。
「……ん。掘る道具がないと、非効率だな」
「ああ~? んなもん、あのトカゲの剣でも使えよ」
「剣? 剣は、土を掘るのには向かないと思うが……。一応ためしてみるか」
両手の五指の先端に、切っ先の鋭さを付与し、地面を掘り続ける。
「物は使い様だな。まあ、さっきまでよりマシだ。……お。かなり露出して来たぞ」
土を掘り返し、除きながら、白骨の輪郭をはっきりさせて行く。
「完全に骨しか残ってねえじゃねえか。死んでどれだけ経ってるんだ?」
「そんな事、専門家でもないし、分からないさ!」
更に掘り進み、ほぼ人の全身が、綺麗に残っているのが現れた。
それに――。
「この骨と一緒に、朽ちた箱が埋まってた……」
「おいおい。呪われてんじゃねえか? 大丈夫か。そんなもん掘り出してよォ」
地面を掘り返し始めて、直ぐに現れたその白骨死体に、不可思議な好奇心を刺激された――。
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