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復唱せよ! 新年明けましておめでとう

 躱す方法がなくとも、威力を下げる方法ならある。


「ああ~。簡単にァ、死なねえから、そう来るだろうと思ったぜ」


 撃ちだされた弾の軌道なんて読めやしない。しかし、十三にまつわる数を刻む前に、こちらから当たれば、威力は通常と同じはずだ。


「うぐ!」


 散らばっていた弾の幾つかが当たるが、これは集中していなければ、先までよりも、威力では劣る。


「ハ! そうやって、自分から当たりに行ったとして、この状況をどう変えられる!?」


「くう……!」


 一発の弾が、脇腹に鋭く刺さる中、雨の様に他の弾も降り注ぐ。


「威力が落ちてても、一応効いちゃいるんだろ?」


 油断しているな!? まだ、この方法で弾を受けた事はない!


「何だと!?」


 鉄に弾かれた様な高音と共に、辺りに銃弾が飛び散り、驚いた隙を狙い、二本分の長さを足した剣を首目がけて振り抜いた。


「――消え、た?」


 すぐさま背後から嘲る声が響く。


「なァに驚いてんだ。さっきから嫌と言うほど見ただろうが。……この中じゃ使えねえとは、一言も言ってねえよ」


 魔力弾での移動……!


「そんな……。躱せない弾を撃たれる上に、瞬間移動も健在だとは」


「いいねえ。絶望が最大限高まった所で、そろそろ終わりにするかァ」


 振り向くと、左右の銃から空間に向けて、何度も発砲が繰り返された。


「一発ずつは、小手調べだ。同時に何発も撃てねえと誰が言ったァ!?」


 くそ! 何とかして、同時に喰らわない位置を――。


「おっと。悪いが無駄な足掻きだ。連射には間があるが、そいつを見越して、一発目は遠くを撃って、跳弾が重なるタイミングを調節した」


 そんな事が……!?


「つまりよォ。てめえは、この散弾の嵐と空間をぶち抜くライフル弾で、同時に貫かれ、無惨にはらわた晒すんだよッ!」


「ヒイッヤッハアッー!!」


 目の前では、無数の弾丸の軌跡が、まるで渦巻くつむじ風のように飛び交う中、脳裏には、ある文字が過った。


「死――」


(やれやれ、全く情けない。不甲斐ないにも程があろう。主導権を明け渡してやったというに)


「おい! クソチビ! オマエの干し首の口が動いてんぞ!?」


「ああ? 干し首ィ? なんのこった」


(良いか。此度のみ助け船を出してやる。我に続いて唱えよ。速やかに復唱せよ!)


 頭の中で、声が――。


 時間が止まったような静寂の中、その声だけが響いていた。


(万象幽界・ハッピーニューイヤーウィークと――)


 考えるまでもなく、口が動き出していた。


「万象幽界――ハッピーニューイヤァァァー、ウィィィークッ!!」


「あ? んだよ。そのふざけた名は……」


(この幽界は、貴様自身を起点とし、その周囲全てを新年の呪縛に縫い付ける。ゆめ忘れるなかれ、貴様こそが、呪われた新年だ)


 それを最後に、謎の声は聞こえなくなった。


「クソチビ! 干し首が動かなくなったぞ!? オマエは大丈夫なのか!?」


 目の前ではイラつきを隠そうともしない、険のある声が発せられ、無遠慮にこちらを打つ。


「何だ!? なんも! 起きてねえじゃねえか!? ブラフか――」


「いや、既に新年は、始まっている」


 周囲を飛び交っていた弾丸が、全て音もなく地面に落ちた。糸を切られた操り人形のように。


「あ……? な、にが、起きて……?」


 落ちた弾丸は、転がりもせず、貼り付けられたようにびくともしない。


「ふざッけんなァァァッ!」


 また両手同時の発砲、しかし、弾は――。


「んだよ。どうなってんだ。なん、で、全部、真っすぐに地面に落ちて行く!?」


 何故だか分からないが、その答えの全てが頭の中に既に記されていた。


「俺の周囲にある大地は、俺に憑いている。そして、ハッピーニューイヤーウィークを発動した時! 大地の受けた新年の呪縛を、その周囲の物体すべてに及ぼすのだ!」


「ハァッ!? 意味分かんねえよッ!?」


「大地に付与された新年からは、何者も逃れられない。そう、例え神であっても!」


「分からないか? 大地こそが新年であり、逃れられない永遠の呪縛に囚われたものは、成す術も無く縫い留められる!」


 絶望的な震える声が絞り出される。


「そんな、そんな、訳の分かんねえ理屈で、弾が、全部落ちたってのかよ……」


「そうだ!」


 再び発砲しようとするのを無意識に妨害する。


「お前、まだ新年の挨拶が済んでいないぞ! 何事も礼から始まり、礼に終わるッ!」


「それに、目上の者に対する態度がなっていなぁいッ! 平伏せよ。地べたに額擦りつけて、土下座しろ」


 空間の外からは、世界樹の困惑した声が聞こえた。


「お、おい。クソチビ、オマエ、なんかキャラ変わってねえか?」


 凶獣将の膝と腰が、自然と折れて行き、地面に膝をついた。


「あ、アアッ!? 逆らえねえ。なんでだ!? なんで――うぶッ!」


 唇から地面に激突し、情けない悲鳴を上げる。


「おっと。お前の新年最初のキスの相手は、地面だったみたいだなぁ! 良かったな! そこに犬のフンがなくて!」


「考え方を変えてみろ。大地とのキス、つまりは、大いなる地母神との接吻であるッ! この上ない誉れではないかッ!?」


「いや、だからキャラ――」


 そのまま額が地面につけられ、本人の意志に関わらず、擦りつけられる。


「嫌だ! 嫌だァァァ! どうしてこんな事を!? そ、そもそも、目上だと? 俺は、百九十二歳だぞ!?」


 こちらを見上げようとするが、それは幽界が許さない。


「てめえの方が、年上だとでも……」


「質問を許した覚えはない」


「うごォ」


 何度も擦りつけられ、重度の擦過傷を負った額が、血を地面に広げていく。


「クソがァ……、クソがァァァ! 誇り高きダークエルフに、こんな事をして、タダで済むと――」


「只より高い物はなぁい!」


「は?」


 気付けば身体が勝手に浮き上がっていた。


「お、おい。クソチビ、なんで浮いてるんだ?」


 またしても、答えが頭の中に流れ込んでくる。


「お前も、覚えているだろ? 俺は、丁度新年の祝祭が始まる頃に、この世から旅立とうとしていた……」


「はあ? それで?」


「分からないか? つまりは、新年を迎えた時、俺の魂は肉体を抜け出して、あの世とランデブーの真っ最中だったのさ!」


「お、おう……」


「その蜜月を、誰かさんが邪魔したんだよ!」


 屈辱的な呻きが地面からせり上がる。


「て、てめえらァァァ。俺を無視して、意味分かんねえ話してんじゃねえ……」


「そうだよ! お前の仲間のあのトカゲ野郎だッ!」


「ふごッ!」


 もはや、何百回と、地面で擦っただろう額が、真っ赤に染まり、こちらへ憎しみのこもった視線を向けながら、立ち上がる。


「ほう? やっと挨拶が済んだというのに、随分と反抗的な態度だな。これは、教育的指導が必要だな」


「お、おい。だから、何で浮いてんだ?」


 世界樹の困惑をよそに、激昂する。


「あ、挨拶だと。何で、敵であるてめえに向けて」


「親しき中にも礼儀あり!」


「敵だって言ってんだろうが!」


「知らんのか? 強敵と書いて友と読む! その中でもライバルってのは、大体、親友枠だぜ?」


「ざけんなよ!? てめえが親友だァ? 願い下げだ!」


「ああ、そんな答えは想定済みであり、実に残念だが、お前はもう死ぬ」


 挨拶を強制する力に必死で抵抗した凶獣将が、唐突に寝転がった。


「三が日は寝正月に限るな! お前も惰眠を貪れ! なに、気に病む必要はない! 今日だけは俺が許す!」


「な、んだ。身体が、地面に磔られたみてえに――」


「まあ、今日が永遠に続くんだがなッ!」


 時間が加速するような奇妙な感覚が、全身を包む。


「あ……何故だ? 急に腹が減って、喉も、渇く……」


「そりゃ、一日何も飲み食いしてないからな」


「ん、だと? 景色はさっきと何も変わってねえ! 何時の間にそんなに時間が」


 自然と言葉が出て来る。


「一月二日。今日も寝ていていいぞ。俺が許す!」


「ク、クソ……。激しい戦闘の後に、空腹だと? 血が、足りねえ」


 真っ赤に染まった額を、日光に晒しながら、身動きも出来ずに呻く情けない姿には、哀愁が漂う。


「ま、待ってくれ。どんどん飢餓感が酷く」


 時は更に加速していた。


「ほれ。一月三日も、もうすぐ日付が変わる。深夜だ。起きろ」


「こんな日中に言ってんじゃねえぞ!?」


 飢餓で力を失った身体に鞭打つ様に、ゆっくりと立ち上がり、こちらへ両手の銃を向けた。


「ほう? まだ、抵抗の意志があったか」


「当然だ……、俺の一族は、誇り高き」


「残念だったな。一月三日だ」


「あ? なにを、言って? 俺の幽界も、まだ消失しちゃいねえ!」


 そこで、何かに気付いたかのように、両目が大きく開かれた。


「あ? ま、まさか」


「気づいたようだな。そうだ、一月三日、数字に直して並べてみろ」


「十三だ」


 その瞬間に、周囲を覆っていた凶獣将の万象幽界が、瓦解した。


「な、何故……」


「簡単な事。お前の死を刻む十三が、俺の新年を祝う十三に、負けた」


「ふざけるな。てめえのは、イカサマだろうが……」


「呪いは、祝福には勝てないんだよ。それが、残酷な現実ってやつだ」


 戦闘態勢を取ったままの身体の至る所から、出血が間欠泉のように起きる。


「ふ、ふざけるな。我が一族の、千年に及ぶ、受け継がれた力が、こんな低俗な、冗談みてえな力に、敗れただと……?」


「ふざけ――」


 「今すぐ取り消せ」もはや、息絶えたその身から、続く言葉はなかった。


「お、おい。そいつ、まだ立ってやがるぞ?」


「いや――もう、死んでるよ」


 両手を掲げ、仁王立ちのままの死体を見つめる。


「敵ながら、見事な最後だった」


 その白目を剥き、立ち尽くす雄姿を、水晶玉から覗く何者かが、慄き、爪を噛む姿が見えた――。

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