事象の彼岸。万象幽界
「グアアア!」
喉元を突かれ、血が口から溢れだして来る。
「――何故だ!? 確かに弱点を撃ち抜いたはず!」
「幻だったんだよ、お前の見た急所は」
「バ――カ、な」
あの瞬間、左胸の装甲が壊れ、丁度、心臓の位置あたりに、大穴が開いた鎧のイメージを、肉体に付与した。
「お前は、壊れた鎧のイメージと重なった俺を見て、心臓の位置が弱点だと思い込んだんだ」
これ見よがしに穴の開いた一見すると、防御機能を失った鎧。それを肉体に重ねる事で、表皮の防御の働かない急所があると錯覚させた。これまでに、全ての攻撃が通じなかったからこそ、その誘いに、乗って来た。
「絶対的な防御なんて、ある訳ないよな? 俺だってそう思うさ。だからこそ、攻めあぐねていた時に、弱点を見つけたなら、興奮が止まらなくなるだろ? それを、利用させてもらった」
流れた血が、口元を伝い、衣服にしみこむ。
「ク、ソが」
「おっと、今度のは致命傷だ。もう、抵抗しない方が身のためだぞ」
信じられない事に、首に刺さっていた右手が、右の筒の攻撃で、跳ね上げられた。
「正気か!? 今ので、更に傷が広がって!」
傷口が裂け、飛び散った血の軌跡を追うように、そのままお互いの身体が、地面に叩きつけられ、遅れて、飛んでいた銃弾が雨の様に降った。
「負けられねえ……」
こっちは、今くらいの高さなら、まだ平気だが。あっちは……。
「負けてたまるかよ……」
もぞもぞと、地面の上で藻掻き、うわ言のように何かを呟く。
出血も酷いが、明らかに重度の骨折を負っている、もはや動く事すらままならないだろう。
「こんな事で、諦めるものか、血の、最後の一滴まで、火にくべ、彼岸への扉を開く」
流れ落ちた血が、高熱に晒されたように音を立てて蒸発していく。
「――何を企んでいる!?」
こちらを睨んだ両目は、まだ戦意に満ちていた。
「俺の血を燃やし、全てマナに変える」
「どういう事だ? その傷で、そんな事をして、無事で済むのか?」
「まァだ、敵の心配なんてやってる余裕があんのかよ? だが――その余裕ぶっこいた面を、絶望に塗り替えてやるぜ」
驚いた事に、先ほどの落下で骨折も見られた身体が、立ち上がり、周囲の空間が歪んでいく。
「知っているか? 俺たちには、生まれながらに与えられた異能がある。そして、そいつの力を極限まで磨き上げた時、新たな扉が開かれる――」
周りの空間に、透明なレイヤーがひとつ増え、それが景色を歪め、徐々に狭まって行く。
「これは――見えない壁?」
「てめえは既に俺の力で包囲されている! 見せてやるよ。事象の彼岸。万物に新たな意味を与える。向こう側の景色を――」
凶獣将の両手の銃が、周囲の空間に呼応するように光輝いた。
「万象幽界・断頭台への十三弾ッ!!」
ばらまかれていた銃弾が、意志を持ったのか、凶獣将の周囲に集まって行く。
「おい! クソチビ、何かやばくねえか!」
背後から聞こえた世界樹の声音にも焦りの色が見える。
「お、おい! オレの枝でも、オマエラを包む空間を潰せねえぞ!」
そのまま枝を伸ばしたのか、空間の切れ目に弾かれた世界樹の驚愕が響き渡る。
こいつが、こんなに焦るなんて、本当に不味いかもな……。
「ああ。何となく分かるよ。こいつは、魔力を凝集させて、現実に、別世界を呼び出してるんだ」
「ああ!? 何でそんな事分かんだ。クソチビ」
そういえば、何故だろう? 自分でも分からないが、何処か――何処かから、知識が流れ込んできたような……。
「おい! 大丈夫なのか!?」
「それは……今から分かるよ」
凶獣将の両手の銃は、ひとりでに動き出し、周囲を飛び回っていた弾とやらが、勝手に飛びこんでいく。
「行くぜ。この幽界の名。その意味を、てめえは身をもって知る事になる」
右の銃が真っすぐ前を向いた。
「――ッ! 軌道を予測しろ――」
「無駄だ。僅か数ミリの違いでも、弾道は大きく変わるんだぜ? 初めて見たド素人に、見切れるかよ」
銃口の光と、煙、激しい音に、跳ね上げる反動が、実弾を撃った事を遅れて理解させる。
だが――。
「何だ? 一体、何処を狙って……?」
背後の何もない空間を狙った!?
「おい、クソチビ! 気をつけろ! その空間の外には出てねえぞ!?」
「何だと!?」
「――がッ」
突然、左胸に感じた、信じ難い衝撃に息が詰まり、体重を無視するような、異常な力で背後へ吹き飛び、見えない壁に激突する。
「ぐあああ!」
まるで実体を持つような、不可視の壁に背を預け、のろのろと身を起こす。
「何だ……? 今のは? 一体どこから飛んできた? それに、この威力は……」
「ハハ! やァッぱ、まだ生きてやがるな! だがよ、何処まで耐えられるか、見物だぜ」
まただ!
「クソ! また、右から撃たれた!」
どういう事だ!? 直接こっちを狙ってはいない! なのに、周囲の空間を……何かが横切っているのが分かる!
「ぐあああ!」
思考を終える暇もなく、今度は腹部に突き刺さった弾丸の異常な威力に、九の字に折れ曲がり、力の逃げ場のなくなった背後の壁を、滑る様に飛び上がり、天井らしき三メートルほどの高さで頭を打ち、間をおいて落下する。
「……頑丈だな。テストになら、このくれえ丈夫な方が使えるが、こいつァ、実戦だ。試験なら間に合ってんだ」
また、右から――!
「ほう。流石に、三発目は、ぼんやり受けやしねえか」
弾ける様に右に走り出すが、区切られた空間の横幅は、五メートル程度しかなく、すぐに壁にぶつかる。
「く! 壁に阻まれて……!」
「逃げ回られても、厄介だよなァ。だとすりゃ、これで回避不能に近づくだろ?」
今度は左の銃から火が吹いた。
「……? 何処を狙ってるんだ?」
「まあ、見てなって」
ニタリと笑った口元が、邪悪な三日月を象る
「――ッ!? 天井に当たって……跳ねた!?」
斜め上を向いた弾丸の雨が、天井から跳ね返り、すぐさま付近の地面を抉って、また別の角度に跳んだようだ。それが、何度もそこら中を跳ねまわっているのを、音や地形の変化から遅れて感じ取る。
「冗談じゃない! こんな速度で動く物を、躱せる訳がない!」
「跳弾って超高度な技術さ。だが、俺の断頭台への十三弾は、それだけの力じゃねえ」
「俺たちを包んだ空間自体が、魔力の壁を成し、現世と区切り、その不可視の壁は、跳弾を可能とする……!」
「そして――こっからが、真価だ」
周囲を跳び回っていた弾が、こちらの身体を唐突にとらえた。
「ぐあああ!」
なん、だ――この、常軌を逸した威力は……!?
「流石に、無傷とはいかねえんじゃねえか? ん? いや、まだ余裕そうだな」
地面に叩きつけられ、ボールのように跳ね、そこにも散らばっていた弾が次々と当たり、天地も分からないまま回転し、何度となく壁と地面に激突し続け、ようやく止まった時には、骨が折れたかと錯覚するほど、全身を痛みが貫いていた。
「オイオイオイ! 今ので、まだその程度のダメージかよ。普通に撃って殺そうとしてた過去の自分に一喝いれたくなるぜ」
クソ! 直ぐには立ち上がれない! このまま今の威力の攻撃を受け続けたら……!
「もう、勝ち目はねえと悟ったろう? 冥土の土産に、俺の万象幽界の秘密を教えてやるぜ」
「……いいのか? そんな事をしたら、突破口を見つけられるかもよ」
「ハ! そのザマでか!?」
右の銃で肩を叩きながら、面白そうに、話し出す。
「この空間の力は、さっきの四発で嫌でも分かったろう? ライフルの弾は、壁を抜けた瞬間に、反対側から再び現れ、ショットガンの弾は、内側を敵に当たるまで跳弾する」
その悠長な説明を、絶望的な気持ちで聞き続ける。
「……そして、ここからが、本題だ」
「十三。この数字に何を感じたよ?」
「さあな。もう、若くもないからな、馴染みのない数字だ」
「ハハ! 年いがい思いつかねえか!? 弾の威力が、さっきまで外で受けてた時と、全く違っただろうがよ!?」
それは言われなくても分かる。内臓まで潰れるかと思うほどの威力だった。
「十三メートル。百三十メートル。試したことァねえが、千三百メートル。十三に関連する距離を飛んだ時、ライフルの弾は、その飛距離に応じて、威力が跳ね上がる」
「もう言わなくても分かんじゃねえか? こっちのショットガンの弾は、十三回、跳弾した時に、威力が桁違いの上がるのさァ」
そんな力が……。
「そんでよォ。俺が決めた最大値に達した時に、放たれた弾は――」
その奇妙な間の後に、驚愕の事実が語られる。
「必ず相手の身体に当たる!」
「そ、んな。……どうやっても、躱せないじゃないか!?」
こちらの反応に気をよくしたのか、また口角が吊り上がった。
「一切、てめえにァ、勝ち筋がねえのが、分かったろ?」
芝居がかった動作で、両手の銃がこちらを向く。
「じゃあ、死出の旅路の始まりだッ!」
語られた事実には、突破口の秘密などあるはずもなく、ただ絶望を深めるだけだった――。
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