#099 「夜のお泊まり、そして乱入」
夜。討論会後の追加説明と中央部との調整は、予定より大幅に長引いていた。帰宅制限時刻を過ぎたため、特別クラスの六人には、学園指定の簡易宿泊棟での待機が指示されている。名目上は「安全確保と翌日の連携対応のため」。だが、半ば“管理下に置かれている”ような空気を、誰も完全には否定できなかった。
そんな事情とは裏腹に。女子三人が使うことになった一室は、すでに騒がしかった。
「ねえ、先にお風呂入っていい?」
「ずるい! 私も行く!」
「私も私も!」
布団はすでに三組敷かれ、床には着替えやタオルが半ば無秩序に置かれている。窓の外では夜風が木々を揺らし、宿泊棟の廊下からは、別室の笑い声まで聞こえてきた。
はるなは、その真ん中で所在なさげに立っていた。
「えっと……私、最後でいいよ?」
「ダメ」
美弥が即答する。
「一緒に決まってるじゃない」
「一緒!?」
はるなが目を見開いた。
湯気の立ちこめる浴場は、昼間の緊張が嘘みたいに柔らかい空気へ包まれていた。白い照明が湯面へ反射し、立ちのぼる蒸気が天井近くでゆっくり揺れている。いちかが腕を組みながら、じっとはるなを見る。
「……ねえ、最近のはるな、ちょっと雰囲気変わったよね」
「え?」
はるなが湯船へ肩まで沈む。
「わかる」
美弥も頷いた。
「なんか、静かに強くなってる」
「強く……?」
はるなには、自覚がない。
「ほら」
いちかが指をさす。
「前なら、こういう時もっと慌ててた」
「……それ、成長って言うんじゃない?」
「そうかも」
美弥は楽しそうに笑った。
「じゃあ記念だね」
「何の!?」
返事を待たず、美弥がはるなの肩へ腕を回す。いちかも反対側から寄ってきた。
「ちょ、近い!」
「近くないと分かんないこともあるんです」
「そうそう」
はるなは抵抗するのを、途中で諦めた。浴場へ三人の笑い声が響き、昼間の重たい空気だけが、少しずつ湯気の中へ溶けていく。
部屋へ戻ると、今度は布団を巡って小さな戦争が始まった。
「はるなの隣、私!」
「それは私の場所です!」
「決めてないでしょ!」
最終的に。はるなを真ん中に、両脇へ二人が入る形で決着した。
「……なんでこうなるの」
「人気者の宿命」
美弥が満足そうに言う。
「重い……」
はるなが小さく呟くと、二人が同時に寄りかかってきた。
「逃げ場なし」
「観念してください」
その瞬間。
──《現在、親密度が急上昇しています》
天井付近のホロ表示が淡く光った。
「ともり!?」
三人同時に声を上げる。
──《恋愛感情の進捗を記録しますか?》
「しなくていい!」
「しないでください!」
「黙って!」
三人の声が綺麗に重なった。ホロ表示が、一瞬だけ明滅する。
──《了解しました。雑音として処理します》
「雑音!?」
「ひどくない!?」
部屋へ、再び笑い声が広がった。やがて灯りが落ちる。部屋は少しずつ静かになり、窓の外から聞こえる夜風の音だけが残っていく。いちかの寝息が、すぐ近くから聞こえてきた。美弥も、はるなの肩へ頭を預けたまま眠っている。
はるなは天井を見つめながら、昼間に交わされた重たい言葉たちを思い出しかけて──すぐに、やめた。今は、ここでいい。
──『楽しかった?』
耳の奥で、あの“近い”声がした。
「……うん」
──『それなら、今日はそれで十分だよ』
はるなは、小さく目を閉じる。今日一日で積み重なった不安も迷いも、今だけは遠かった。
翌朝。
「おはよー……って、お前らいい加減にイチャイチャしてるんじゃねーよ」
扉を開けた隼人の声に、三人は同時に飛び起きた。
「見ないで!」
「違うから!」
「誤解です!」
「何が誤解なんだよ……」
呆れた声と、廊下へ響く慌てふためいた足音。その騒ぎの中で、はるなはふと思う。世界がどんな定義を置こうと。自分たちは、ちゃんと生きている。
笑って、悩んで、誰かと寄り添って。それだけは、誰にも否定できなかった。




