#090 「学園での再会」
学園の坂道を登り切ると、正門の両脇でAIホロが淡い光を結び始めた。空中に浮かび上がったのは、制服姿の女性型ホログラム。夕陽を透かす半透明の身体が滑らかに一礼する。
『特別クラスの皆さま──お帰りなさいませ』
柔らかな声が春の空気へ溶け込み、背後の生徒たちのざわめきと静かに混ざり合った。夕方の学園は、部活動帰りの生徒たちで賑わっている。グラウンドから吹奏楽の音が微かに届き、風に乗って運ばれてきた桜の花びらが、石畳の上を転がっていった。
「出迎えまであるのか」
隼人が苦笑しながら視線を逸らす。
「さすが“鍵”の扱いってわけだな」
要が肩をすくめた。その口調は軽かったが、周囲へ向ける視線だけは油断なく動いている。
門をくぐった瞬間、周囲の空気がわずかに変わった。
「……帰ってきた」
「特別クラスの人たちだよな」
「新聞に出てた人たちだ」
「え、思ったより普通……」
「バカ、聞こえるって」
小声のはずの囁きが、AI補助の集音機能に拾われたのか、妙に鮮明に耳へ届く。視線が集まる感覚は、肌に触れる風よりもはっきりしていた。
校庭を横切ると、頭上にAIホロの案内表示が浮かび上がる。
『特別クラス教室までの最短ルートを表示します』
青白い光の矢印が進行方向を示すたび、立ち止まる生徒が増えていった。スマホを向ける者。友人同士で肩を寄せ合いながら囁く者。遠巻きに眺めるだけの者。
好奇心、憧れ、不安。いくつもの感情が入り混じった視線が、六人へ注がれている。
「……視線、相変わらずだな」
隼人が低く言った。
「でも、嫌な感じばっかりじゃないよ」
美弥が周囲を見渡しながら、小さくフォローする。
「ちょっと……芸能人みたいですね」
いちかが困ったように笑った。けれど、その頬には少しだけ照れも浮かんでいる。
「気を抜くな、ってことだ」
要は歩調を崩さず、静かに周囲を確認していた。
「まあ、ここに来たら普通の生徒だけどね」
想太がそう言って、昇降口の方を指さす。
昇降口へ入ると、外のざわめきが少し遠のいた。木の香りと、微かな洗剤の匂いが混じる廊下。磨かれた床に夕陽が反射し、窓際には帰り支度をする生徒たちの影が長く伸びている。曲がり角を曲がるたび、別のクラスから顔がのぞいた。
「ほら、やっぱりあの人たちだ」
「昨日のニュースに映ってたよね?」
「ねえ、思ったより普通じゃない?」
「でも、なんか雰囲気ある……」
「“ともり”と話したって、本当なのかな」
「いいなぁ……ちょっと羨ましいかも」
断片的な言葉が、波のように流れていく。誰も敵意を向けているわけではなかった。そこにあるのは、憧れと好奇心。そして、自分たちとは少し違う場所へ立ってしまった同級生を見る、遠慮混じりの視線だった。
特別クラスの教室は、学園棟の最奥にあった。廊下の喧騒から少し離れた静かな場所。扉には、小さく「S-2」と記されている。
進級したばかりの二年目。けれど、この部屋に席を持つのは六人だけだ。
美弥が、小声で言った。
「扉、開けたらもっとすごそうだね」
「……でも、中はきっと静かだよ」
はるなが短く答える。ゆっくりと扉を引く。予想どおり、室内はひっそりとしていた。教壇では担任教師が一人、端末を確認しているだけ。窓から差し込む夕陽が教室を柔らかく照らし、整然と並んだ机の列の中に、六人分の席だけが変わらず残されている。
扉が閉まると同時に、外のざわめきが遠くなった。まるで、別の世界へ戻ってきたようだった。
──『人気者だね』
耳の奥で、ともりの声が穏やかに笑う。
「……なんか、落ち着かないけど」
はるなが小さく息を吐く。
──『それも含めて、君たちの場所だよ』
六人は、それぞれ自分の席へ向かった。椅子を引く音が静かに重なり、誰かが鞄を机へ置く。その何気ない音だけで、教室は少しずつ“日常”の顔を取り戻していった。
外ではまだ、誰かが噂をしている。きっとこれからもしばらく続くだろう。けれど、この部屋の中では。少なくとも今は、六人でいることだけが、確かだった。




