↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯野はるなは、鍵をポケットに入れたまま旅に出た(シリーズ2)  作者: 皆月 優
005_第五章「逃避・孤独・許されなかった記憶」
PR
80/103

#080 「記録の再生 その1」

 宿へ戻る道すがら、空は薄い灰色に沈み、雪は細かな粉のように舞っていた。通りは静かだった。遠くで雪を払う音が聞こえる以外、人の気配は薄い。六人の足音だけが、町の静けさの上へ等間隔で刻まれていく。

 はるなの胸元には、布で包んだ鍵がある。軽いはずだった。けれど今は、不思議なほど重く感じられる。


「……あれ、まずいよな」

 隼人が歩きながら低く言った。


「まずいって?」

 美弥が即座に返す。目だけが鋭い。


 隼人は前を見たまま続けた。

「許可が下りてない。裏から回って拾った。しかも光った。この町の人間が見たら、“盗んだ”って言われてもおかしくない」


「拾っただけだよ」

 いちかが反射的に言い返す。だが次の瞬間には、少しだけ声を弱めた。

「でも……誤解されるのは、確かに怖い」


 要は一歩遅れて歩きながら、短く息を吐く。

「だから、先にこちらから説明する」

 視線は真っ直ぐ前を向いたままだった。

「“見つけた”じゃなく、“反応した”が先に立つと、話がこじれる」


 想太が、はるなの横を見る。

「……はるな、どうする? 持ってるのは君だよ」


 はるなは小さく頷いた。

「隠すのは違う」

 雪が静かに肩へ積もる。

「でも、見せ方は選ばないといけない。……ここは、怖がる町だから」


 その一言で、全員が黙った。怖がる町。それは、この二日で彼らが肌へ刻み込まれた現実だった。誰も憎んでいない。けれど、誰も安心していない。だから町全体が、静かに身を縮めながら生きている。

 宿へ着く頃には、雪はさらに細かくなっていた。六人はロビーの隅へ集まる。暖房は入っている。だが館内の空気には、まだ冬の冷たさが残っていた。

 女将は帳場で何かを書き付けている。その視線が、何度もこちらへ滑ってくる。宿そのものが、「余計なことをするな」と言っているようだった。


 要が小声で言う。

「まず代表に連絡する。勝手に解析なんてできない。町の中で“手続き”に乗せる」


「連絡、通じるの?」

 美弥が眉を上げる。


 要は一度窓の外を見た。灰色の空。雪に沈む通り。それから淡々と言う。

「通じる場所が限られてる。役場の一室なら、まだ回線が生きてるはずだ」

 少しだけ間を置く。

「……それに、こういう時は“通じるようにする”のが行政の仕事だ」

 六人は、鍵の包みを囲むように短い合議を行った。


 ・まず代表へ正式に報告する

 ・“拾った”ではなく、“偶然発見した異物が反応した”として扱う

 ・危険性と価値を同時に伝え、勝手に持ち帰らない姿勢を示す

 ・解析は町の同席のもとで、第三者である研究者へ任せる


 結論は一つだった。この町の恐れを刺激しないこと。そのために、順番を間違えない。

 午後。要と隼人が役場へ向かい、代表との面会を取り付けた。


「急ぎの報告がある」

 それだけを伝える。代表は短い沈黙のあと、「来てくれ」と答えた。

 会議室へ案内された時には、代表の横へ既に二人の役員が同席していた。昨日より、表情が硬い。言葉を交わす前から、警戒だけが先に立っている。


「……何があった」

 代表は率直に言った。礼儀より先に、確認が来る。


 要が一歩前へ出て頭を下げた。

「許可を待つべきでした。だが、報告すべき事象が起きました」

 その言い方で、まず“隠していない”ことを示す。


 はるなが胸元から布包みを取り出し、机へ置いた。まだ布は開かない。見せるのは、代表が許可してからだった。

「記録館の裏手で、金属製の部品を発見した」

 要は言葉を整えながら続ける。

「形状は鍵に似ているが、刻印と部品がある。そして――はるなが触れた瞬間に、光った」


 役員の一人が椅子を軋ませた。

「光った? ふざけているのか」


「ふざけてません」

 美弥が即座に返す。声は鋭い。だが言葉は短い。


 要が言葉を整えながらその後に続いた。

「錯覚じゃない。青白い光が出た。反応は一度きりじゃない可能性がある」


 代表は布包みを見つめたまま、しばらく黙っていた。机の上の“布”が、既にこの町の禁忌みたいに扱われている。

「……それを、どこから持ち出した」

 代表の声は低い。


 隼人が言い切った。

「建物の中には入っていない。裏道の雪の下に埋もれていた。拾得物として扱う。勝手に持ち帰るつもりはない」


 その瞬間、代表の目がわずかに揺れた。“持ち帰るつもりはない”。この町にとって、その一言は大きかった。


 だが別の役員が口を開く。

「そんなものを掘り起こすから、余計なことが起きる。この町は、もう――」


「もう、終わった話だと言いたいのか」

 代表が、その言葉を遮った。それだけで、会議室の空気が少し変わる。代表は布包みの前で手を止めた。


「……開けて見せてくれ」

 慎重な声だった。だが、逃げない声でもあった。

 はるなが布をほどく。鍵型の金属が、鈍い光を宿しながら机の上へ現れた。刻印の細かさは、“古さ”より“意図”を感じさせる。


 役員の一人が小さく息を呑む。

「……こんなものが、まだ」


 代表は机の縁へ指先を置いたまま言った。

「これは、町にとって危険だ」

 短い沈黙。

「だが……このまま放置するのも危険だ」


 要が頷く。

「だから解析が必要です。ただし、町の管理下で。透明性を持ってやるべきだ」


「解析を誰がする」

 代表の問いは鋭い。この町は、“外の専門家”という言葉に反射的な拒否を示す。代表自身、それを理解していた。


 要は間を置き、答える。

「久遠野の中央に、対話端末と周辺デバイスの解析を専門にしている研究者がいる」

 その声は静かだった。

「彼なら、“ともり”に繋がる可能性のある機器を扱える。そして――この町の同意なしに勝手に動かない」


 役員が反発しかける。

「久遠野の人間だろう。信用できるのか」


 要は視線を逸らさない。

「信用の話にするなら、条件を付ければいい」

 一つずつ、言葉を置いていく。

「町役場の立会い。記録の保存。解析ログの共有。必要なら、解析の中断権も町が持つ」


 代表はそこで、ようやく少しだけ呼吸を戻した。“条件で縛れる”。そう分かった瞬間、人は恐怖から一歩だけ離れられる。


「……呼ぶのか」

 代表が呟く。


「呼びます」

 要は短く答えた。

「この町が“最後になった理由”がここにあるなら。俺たちは、順番を間違えたくない」


 代表は一度だけ目を閉じる。それから、決断の声で言った。

「分かった。役場の会議室でやれ……町の人間も数名、立ち会わせる」


 問題は、連絡手段だった。この町は回線が不安定で、端末も“飾り”に近い。

 役場の古い通信室へ入る。棚の上には、年代物の中継器が鎮座していた。ランプは弱々しく点滅し、まるで辛うじて息をしているみたいだった。要が手順を確認しながら操作する。


「久遠野の回線に一瞬でも乗れば繋がる……頼むぞ」

 隼人が窓の外を見張る。役員の一人が「そんなことに」と小さく言いかけ、飲み込んだ。数十秒の沈黙。やがて端末が短く鳴る。接続成立の合図だった。

 画面の向こうへ、一人の研究者が映る。白衣ではない。無駄のない服装。けれど、その目だけが鋭かった。


「……要さん?」

 研究者が名を呼ぶ。


 要はすぐ要点だけを伝えた。

「鍵型デバイスを発見。反応あり。ともり関連の可能性。町の立会いのもとで解析してほしい」


 研究者は一度だけ画面越しに息を吐いた。

「写真と寸法、刻印の有無。……送れますか」


「今は回線が細い」

 要が言う。

「直接見てもらう方が早い。来られるか」


 研究者は画面の端へ視線を走らせ、短く答えた。

「行きます。解析ツール一式を持つ。ただし、町の同意が前提なら、責任者の署名が要ります」


 代表が一歩前へ出る。

「……私が責任者だ」

 声は低い。

「条件は、町の立会いと記録の保全。そして勝手な持ち出しはしない」


 研究者は代表を見て、わずかに頭を下げた。

「承知しました。こちらも勝手なことはしません。解析は“見える形”でやります」


 通話が切れる。会議室の空気が、少しだけ変わった。恐れが消えたわけではない。だが、“恐れを扱う手順”ができた。

 夕方。

 宿へ戻った六人へ、代表からの呼び出しが届く。再び会議室へ入ると、町役場の数名と、久遠野から到着した研究者の姿があった。机の上には、布へ包まれた鍵型デバイス。


 研究者はそれを見て、短く告げる。

「これを解析する」

 工具や小型端末が並べられる。淡い光が、静かな部屋を照らしていた。鍵は思った以上に精密だった。刻印の隙間には、細かな回路のような模様が刻まれている。


「古いけれど……これは通信端末だ」

 研究者の声は淡々としていた。


「ともりと直接繋がるための」

 その断定だけが、重く部屋へ落ちる。


 代表が息を呑んだ。

「そんなものが、まだ残っていたとは……」

 解析が進むにつれ、デバイス中央部が淡く光を帯び始める。


「接続信号を拾った。映像データだ」

 研究者が操作する。簡易スクリーンへ、雪のようなノイズが映る。やがて画面が開いた。

 そこへ映し出されたのは――今より、ずっと賑やかなこの町だった。広場には屋台が並び、人だかりができている。

 笑い声。音楽。白い息。人々の表情には、今の町にはない柔らかさがあった。

 そして画面中央。祠の前へ立つ存在。

 ──ともり。


「……ともり様だ」

 役場の一人が小さく呟く。映像の中のともりは、市民一人ひとりと目線を合わせ、静かに言葉を交わしていた。子どもたちが駆け寄る。祠の周囲を笑いながら走り回る。その光景だけで、この町が本当に“ともりと共に生きていた”ことが分かる。


 はるなは、その声へ耳を澄ませた。

『──元気でしたか。今日は祭りですね』

 柔らかい声。温かい声。今と変わらない。けれど、どこか違う。もっと近い。もっと、人の暮らしの中心に居る声だった。


 美弥が隣で息を詰める。

「こんな時代が……あったんだ」


 映像はやがて、町全体を映す引きの構図へ変わる。雪の中で灯りが揺れる。人々が、ともりと笑い合っている。

 だが次の瞬間。映像は突然ノイズへ呑み込まれた。画面が暗転する。


「……ここで途切れている」

 研究者が苦い表情をする。


「原因は?」

 要が尋ねる。


「データ破損か、意図的な削除か……現段階では分からない」

 部屋の空気が重くなる。その中で、代表が低く言った。


「続きが……あるはずだ」

 声は小さい。だが、確信だけはあった。

「この町が、何を失ったのかを知るために」


 はるなは鍵を見つめた。掌へ残る温もりが、まだ微かに脈打っている気がする。

 まるで。“続きは、まだここにある”。そう告げているように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。