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灯野はるなは、鍵をポケットに入れたまま旅に出た(シリーズ2)  作者: 皆月 優
005_第五章「逃避・孤独・許されなかった記憶」
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#077 「町の孤立」

 昼過ぎ、町の通りは相変わらず静かだった。雪は止んでいたが、空気は張りつめたまま、周囲の音を吸い込んでいる。曇った空は低く、陽射しは薄い。建物の屋根に積もった雪だけが、ぼんやりと白く光っていた。

 要といちかは、並んで通りを歩いていた。他の四人は、それぞれ別の場所を見て回っている。この時間、町の生活へ直接触れる役目を担っているのは二人だけだった。

 通りを歩く人は少ない。それでも、窓越しの気配や、わずかに開いた扉の隙間から、誰かの視線だけは感じる。町は静かだった。だが、無人ではない。むしろ、人がいるからこそ静かなのだと、いちかは感じ始めていた。

 最初に入ったのは、小さな雑貨店だった。扉を開けると、小さな鈴が控えめに鳴る。店内には薪ストーブの匂いが漂っていた。乾いた木材の香り。少し焦げた灰の匂い。暖気に混ざる古い布と紙の匂い。外の冷気で強張っていた身体が、ほんの少しだけ緩む。

 壁際には生活用品が整然と並んでいる。洗剤、保存食、工具、厚手の手袋。どれも必要最低限で、余分なものはほとんど置かれていなかった。店主の女性は、来客に気づくと小さく会釈だけを返す。だが、それ以上話しかけてくることはない。


「ここ、よく使われてるんですか」

 いちかが棚を見回しながら尋ねる。


「ええ、まあ……必要な分だけね」

 女性は曖昧に笑った。その笑みには愛想もある。けれど、どこか一定以上踏み込ませない距離も感じられた。


 要が話題を変える。

「配送は、どのくらいの頻度で?」


 女性は少し考えてから、肩をすくめた。

「週に一度か二度。雪がひどいと、もっと遅れるわ」

 ストーブの薪が、ぱち、と小さく鳴る。それ以上、言葉は続かなかった。必要以上に語らない。というより、語ることそのものに慣れていない様子だった。二人は礼を言い、店を出る。外へ戻った瞬間、冷たい空気が頬を刺した。


 次に立ち寄ったのは、野菜が少しだけ並ぶ八百屋だった。段ボールへ入った根菜類が、通りの寒さにさらされている。

 白菜。大根。土のついた芋。鮮やかさはない。だが、どれも静かに“生活”を支えている色だった。


「通信の状況は?」


 要が尋ねると、店主の老人は苦笑した。

「端末なんて飾りだよ。通じる日もあれば、まったく繋がらん日もある」


「それでも、暮らしてるんですね」

 いちかがぽつりと呟く。


 老人は一瞬だけ言葉に詰まり、それから笑った。

「まあな。慣れれば何とかなる」


 そのあと、少しだけ間を置いて付け加える。

「便利さを知ると、手放せなくなるからな」

 その目は笑っていた。けれど視線は、どこか遠くを見ている。過去を見ているのか。それとも、今でも失ったものを思い出しているのか。いちかには分からなかった。

 通りを歩く間、二人は何度も似たようなやり取りを繰り返した。笑顔はある。敵意もない。だが、会話はどれも短い。深まる前に終わる。踏み込む前に距離が戻る。

 町の人々は、外の世界と距離を取ることに慣れていた。それは拒絶ではない。期待しないことで、保たれてきた日常だった。誰かへ頼りすぎない。繋がりすぎない。失った時に壊れないよう、最初から距離を置いて生きている。そんな空気が、この町全体へ静かに染み込んでいる。

 宿へ戻ると、要はロビー脇の机で地図を広げた。歩いた場所へ、小さく印を付けていく。紙へペン先が走る音だけが、静かな空間へ響いていた。


「物も、情報も、遅れて届く」

 ペン先が止まる。要は静かに言った。

「それでも、この町はここで生きることを選んでる」


 いちかは窓の外へ視線を向けた。白い雪が、建物の輪郭を柔らかく包み込んでいる。通りを歩く人影は小さく、足音もほとんど聞こえない。

「孤立……じゃないのかもね」

 小さな声で、そう言った。

「外と繋がらないんじゃなくて、繋がり方を、減らしただけ」

 要は答えない。地図を静かに畳む。否定も、肯定もしない沈黙だった。

 窓の外では、町が静かに息をしている。閉ざされているようで、それでも確かに、ここには生活があった。

 薪を割る音。雪を払う音。誰かが扉を閉める音。小さな営みだけが、この町を繋いでいる。

 この町は、孤立しているのではない。孤立を選び続けてきた結果として、今がある。その重みが、二人の間へ静かに落ちていた。

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