#074 「最初の対話」
広場を離れ、六人は町役場へ向かった。通りは相変わらず静かだった。雪は薄く踏み固められ、建物の軒先には白い氷柱が並んでいる。道端では、年配の男性が黙々と雪かきをしていたが、六人の姿を見ると動きを止め、そのまま無言で視線だけを向けてきた。
誰も話しかけてこない。だが、見られていることだけは、はっきりと分かる。町全体が、外から来た彼らを測っている。そんな空気が、冷えた空の下に薄く張りついていた。
やがて、古い木造の庁舎が見えてくる。
外壁の塗装は長い風雪で剥がれ落ち、窓枠の金具もところどころ赤錆を浮かべていた。玄関脇には「関係者以外立入禁止」の札が掲げられている。その文字すら、長い年月で色を失いかけていた。
階段を上がるたび、古い木材が鈍く軋む。
扉を開けた瞬間、冷えた空気と、古い紙の匂いが一気に押し寄せた。暖房は入っているはずだった。だが、建物そのものが長い冬を抱え込んでいるように、空気はどこか冷たい。廊下には古びた掲示板が並び、貼られた書類は端から丸まって黄ばんでいる。天井の照明は薄暗く、白い光が静かに床へ落ちていた。
案内された会議室には、すでに数人の人影があった。中央に座る年配の男性。その左右に並ぶ役員らしき人物たち。全員が席を立つことなく、六人を静かに見つめている。中央の男性が、この町の市民代表だった。
背筋を伸ばし、深く腰掛けたまま、六人を一人ずつ確かめるように視線を向けてくる。その目には敵意というより、強い警戒があった。
「遠方からご足労いただき、感謝します」
礼儀正しい口調だった。だが、その声の奥には張り詰めた緊張がある。
代表は短く息を整え、それから続けた。
「この町は……AIを拒んでいます」
短い一言だった。それだけで、室内の空気が重く沈む。時計の秒針だけが、小さく時を刻んでいた。誰もすぐには言葉を返さない。
要が、間を置いて静かに問い返す。
「理由を、聞いても?」
代表はすぐには答えなかった。一度、役員たちの顔を見回す。確認するように。あるいは、自分自身に言い聞かせるように。そして低く語り始めた。
「昔、この町にはAIがありました」
窓の外では、風が雪を巻き上げている。
「多くの人が便利さを享受しましたが……やがて、混乱が訪れたのです」
「混乱?」
想太が思わず眉をひそめる。
「通信障害、誤作動、制御不能。市民は翻弄され、生活は乱れました」
代表の声は淡々としていた。しかし、その指先は机の上で強く組まれている。
「その末に、私たちはAIを排し、人の手だけで暮らす道を選んだのです」
会議室の空気が、さらに重くなる。人の手だけで暮らす。その言葉は、この町に積み重なった時間そのものだった。
「記録は残っていないんですか?」
はるなが静かに問いかけた。
代表は小さく首を振る。
「ほとんど失われました。意図的に消されたのか、自然に失われたのか……今となっては、分かりません」
その瞬間、室内の沈黙が少しだけ深くなる。美弥が何か言いかけ、わずかに口を開いた。だが、代表の視線がそれを制し、言葉は飲み込まれる。
「この町の住民は、再びAIを受け入れることを恐れています」
代表は、はっきりと言った。
「あなた方が何者であれ、その事実は変わりません」
窓ガラスが、風に小さく鳴る。隼人は背もたれに軽く体重を預け、視線を外した。いちかは膝の上で指を組み、何も言わずに代表を見つめている。要は口を閉ざしたまま、代表の言葉の裏を測るように沈黙を守っていた。
誰も反論しなかった。反論してはいけない空気だと、全員が理解していたからだ。
沈黙が落ちる。それは拒絶ではない。互いに距離を測るための、静かな時間だった。外から、雪を踏みしめる足音がかすかに聞こえる。遠くでは、誰かが木箱を運ぶ鈍い音もした。
町は変わらず動いている。それなのに、この会議室だけが、別の時間へ切り離されたようだった。
はるなは、代表の表情を静かに見つめていた。この人たちは、AIを憎んでいるわけではない。怖れている。
失うことを。壊れることを。もう一度、自分たちの暮らしが誰かに奪われることを。
だから、この町は閉じた。長い時間をかけて。この対話は、まだ始まったばかりだった。だが同時に、この町がどれほど長い時間、同じ問いを避け続けてきたのかも、六人には十分に伝わっていた。




