表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯野はるなは、鍵をポケットに入れたまま旅に出た(シリーズ2)  作者: 皆月 優
005_第五章「逃避・孤独・許されなかった記憶」
PR
74/103

#074 「最初の対話」

 広場を離れ、六人は町役場へ向かった。通りは相変わらず静かだった。雪は薄く踏み固められ、建物の軒先には白い氷柱が並んでいる。道端では、年配の男性が黙々と雪かきをしていたが、六人の姿を見ると動きを止め、そのまま無言で視線だけを向けてきた。

 誰も話しかけてこない。だが、見られていることだけは、はっきりと分かる。町全体が、外から来た彼らを測っている。そんな空気が、冷えた空の下に薄く張りついていた。

 やがて、古い木造の庁舎が見えてくる。

 外壁の塗装は長い風雪で剥がれ落ち、窓枠の金具もところどころ赤錆を浮かべていた。玄関脇には「関係者以外立入禁止」の札が掲げられている。その文字すら、長い年月で色を失いかけていた。

 階段を上がるたび、古い木材が鈍く軋む。

 扉を開けた瞬間、冷えた空気と、古い紙の匂いが一気に押し寄せた。暖房は入っているはずだった。だが、建物そのものが長い冬を抱え込んでいるように、空気はどこか冷たい。廊下には古びた掲示板が並び、貼られた書類は端から丸まって黄ばんでいる。天井の照明は薄暗く、白い光が静かに床へ落ちていた。

 案内された会議室には、すでに数人の人影があった。中央に座る年配の男性。その左右に並ぶ役員らしき人物たち。全員が席を立つことなく、六人を静かに見つめている。中央の男性が、この町の市民代表だった。

 背筋を伸ばし、深く腰掛けたまま、六人を一人ずつ確かめるように視線を向けてくる。その目には敵意というより、強い警戒があった。


「遠方からご足労いただき、感謝します」

 礼儀正しい口調だった。だが、その声の奥には張り詰めた緊張がある。

 代表は短く息を整え、それから続けた。

「この町は……AIを拒んでいます」

 短い一言だった。それだけで、室内の空気が重く沈む。時計の秒針だけが、小さく時を刻んでいた。誰もすぐには言葉を返さない。


 要が、間を置いて静かに問い返す。

「理由を、聞いても?」

 代表はすぐには答えなかった。一度、役員たちの顔を見回す。確認するように。あるいは、自分自身に言い聞かせるように。そして低く語り始めた。


「昔、この町にはAIがありました」

 窓の外では、風が雪を巻き上げている。

「多くの人が便利さを享受しましたが……やがて、混乱が訪れたのです」


「混乱?」

 想太が思わず眉をひそめる。


「通信障害、誤作動、制御不能。市民は翻弄され、生活は乱れました」

 代表の声は淡々としていた。しかし、その指先は机の上で強く組まれている。

「その末に、私たちはAIを排し、人の手だけで暮らす道を選んだのです」

 会議室の空気が、さらに重くなる。人の手だけで暮らす。その言葉は、この町に積み重なった時間そのものだった。


「記録は残っていないんですか?」

 はるなが静かに問いかけた。


 代表は小さく首を振る。

「ほとんど失われました。意図的に消されたのか、自然に失われたのか……今となっては、分かりません」

 その瞬間、室内の沈黙が少しだけ深くなる。美弥が何か言いかけ、わずかに口を開いた。だが、代表の視線がそれを制し、言葉は飲み込まれる。


「この町の住民は、再びAIを受け入れることを恐れています」

 代表は、はっきりと言った。

「あなた方が何者であれ、その事実は変わりません」

 窓ガラスが、風に小さく鳴る。隼人は背もたれに軽く体重を預け、視線を外した。いちかは膝の上で指を組み、何も言わずに代表を見つめている。要は口を閉ざしたまま、代表の言葉の裏を測るように沈黙を守っていた。

 誰も反論しなかった。反論してはいけない空気だと、全員が理解していたからだ。

 沈黙が落ちる。それは拒絶ではない。互いに距離を測るための、静かな時間だった。外から、雪を踏みしめる足音がかすかに聞こえる。遠くでは、誰かが木箱を運ぶ鈍い音もした。

 町は変わらず動いている。それなのに、この会議室だけが、別の時間へ切り離されたようだった。

 はるなは、代表の表情を静かに見つめていた。この人たちは、AIを憎んでいるわけではない。怖れている。

 失うことを。壊れることを。もう一度、自分たちの暮らしが誰かに奪われることを。

 だから、この町は閉じた。長い時間をかけて。この対話は、まだ始まったばかりだった。だが同時に、この町がどれほど長い時間、同じ問いを避け続けてきたのかも、六人には十分に伝わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ