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九、あの満月はいつも胸を高鳴らせる

満月の夜、銀白色の月光が窓の隙間からそっと部屋に忍び込む。


暗闇の中、月光が乙女の体に口づけを落とすと、彼女は思わず小さな吐息を漏らした。


心臓はまるで小鹿が跳ねるように高鳴り、呼吸も乱れ、息が詰まりそうになる。


冷たいはずの月光は微かな熱を帯び、それは次第に広がっていく。ふくらはぎ、太もも、腕、それぞれの場所で沸き起こる波動が繋がり、共鳴し合う――まるで身体の奥底にある小さな火種に火を灯したかのように。


頬に朱が差し、ドクンドクンという鼓動が部屋中に響き渡る。乙女はもう心の中の妄想を止められず、顔を真っ赤に染めながらも、その羞恥と期待に満ちた表情を隠すように両手で顔を覆った。


固く閉じられた太ももが微かに揺れ、肩は自制を失って震え、激しくなる呼吸に合わせて胸元が大きく上下する。


臨界点……もう、抑えきれない。


「ああああ……っ」


「はぁ……はぁ……はぁ……ああ……っ」


「えっ、ええっ!?」


「きゃ、きゃあ───っ」


「そ、そうなっちゃうの!?」


「だ、だめだめだめ! 恥ずかしすぎるわ!」


私は顔を覆ったまま、ベッドの端まで転がった。


「えええええ! いけないわ!!! キャラ崩壊よ! 清純派で可愛い系のはずなのに!!! やだぁ! どうしてそんな強引なことするのよ!」


「えっ?」


「ここで寸止め? お預け? 意地悪すぎるわ! いじめて楽しんでるの? どうして最後までやらないのよぉ!」


「あ……でも、やらないのが正解よね。初めてなのにこんなに激しいなんてあり得ないし」


「うん……もっと優しく……そう……。そうよ、いいわ、すごくいい。愛を感じる」


「うわぁぁ!!! な、なんてこと! 女の子にこんな、こんな恥ずかしい声を出させるなんて! それに……ほ、欲しがっちゃうなんて! いけないんだから!」


「ああああ……っ! か、可愛すぎる! このセリフ、神がかってるわ!」


私はベッドの上をごろごろとのたうち回り、『あの本』の展開を堪能していた。


尊すぎる!


今日の休日は、本当はこの本をじっくり読み終えるつもりだったのに、予想外の事故が起きてしまった──二人の神官の先輩が訪ねてきたせいで。義理も人情もある私は、結局半日かけて彼女たちを街に案内し、宿屋へ送るついでに観光まで付き合う羽目になったのだ。


ニーラさんだけなら大歓迎だったけれど、あの年増女まで付いてくるとなると、気分は半分冷めてしまう。


だから、寝る前に少しだけ……と思っていたのだけれど、どうやら少しでは済まなかったみたい。もう何ページ読んだのかしら? いけない、まだ寝る時間じゃないけれど、このまま読み続けたら一冊全部読み終えてしまいそう。あと一章だけ、あと一章だけ……。ええと、明日は初めての新人指導の仕事もあるし……。うう……。


やっぱり、この章を読み終えたら寝ることにしよう。


「ふふ、ふふふ……」


……あれ??? 満月の光? 満月?


私は勢いよくベッドから飛び起き、窓の外を見た!


丸くて大きな満月が、夜空に傲慢に居座っている。


しまった! 今日は……満月! 当日じゃない! すっかり忘れていた!


私はすぐに部屋を飛び出した……。いえ、まずは手元の本をしっかり隠して……よし! 安全。それから枕を抱えて部屋を出て、廊下を走った。


コン、コンコン。


「ルミィ? 入っていいわよ」


アリネーの寝室のドアを開けると、ちょうど彼女がベッドの縁に腰掛けていた。


「お邪魔します。アリネー、まだ起きていましたか?」


「ふふ、今日は魔道具の開発に夢中になって少し遅くなっちゃったの。ちょうど今から寝ようと思っていたところよ。ルミィ、どうしたの?」


「いえ、今日は満月ですから。一緒に寝ようと思って来ました」


「あら、本当。ルミィ、やっぱりあたしのことを心配してくれているのね?」


「何言ってるんですか。毎月来るって前にも言ったじゃないですか。口先だけじゃありませんよ」


「ふふっ、分かっているわ。おいで、大歓迎よ」


ドアを閉め、アリネーのベッドに滑り込む。


満月の夜。アリネーの話では、体内の魔力が静かに沸き立ち、身体が微かに熱を持って、気分が高揚するらしい。それは彼女の『アレイシアの純血後裔』の血統に起因している。彼女たちの異常なまでに高い魔力量が満月の放つ魔力と共鳴することで起こる現象なのだという。


そして、この『気分が高揚する』というのは、想像以上に厄介なものだ。二ヶ月前の満月の夜、アリネーは『求婚の脅迫』のストレスと無力感から、数年ぶりに『夢遊病』を発症し、一人でお兄ちゃんのベッドへ潜り込んでしまった……。幸い、お兄ちゃんのあの臆病な性格のおかげで──結果的に──何事も起きなかったけれど。


先月……つまり私たちが告白し合った後の満月は、私がアリネーと一緒に寝て監視していたおかげで、無事に乗り切ることができた。


けれど、今日は事情が違う。お兄ちゃんは私たちを置いて『魔境』への遠征に行ってしまったのだ。アリネーのあの冷静で淡々とした仮面の下に、一体どれほどの激しい感情が抑え込まれているのか、私には分からない。


「ふふ、また二人で女子トークの時間ですね」


「うふふ、何かしら? あたしたち、何でも話し合う仲でしょう? 満月の夜に限定しなくてもいいのに。」


「それは違いますよ。満月の夜はアリネーの自己抑制が緩んで、感情表現がもっとダイレクトになるんですから」


「それは……まあ、否定はできないけれど! うぅ……」


「これはアリネーの弱点ですからね。私はよく知っていますよ~」


「弱、弱点だなんて大げさよ! ちょ、ちょっとだけ素直になるだけなんだから」


「ほら、言葉に詰まって。図星ですね」


「……分かったわよ。ルミィは私のことを一番よく分かっているものね。それで、その……今日は中央聖教会から人が来たんでしょう? どうだったの?」


「大丈夫です。ちゃんと上手く誤魔化しておきましたから。」


「はっきりと『誤魔化す』なんて言うなんて。あなたらしくないわね?」


「あはは、私も満月の影響を受けてるのかも。私のことは心配しないでください。聖教会のことは自分で対処できますから。アリネーは自分の仕事に集中して、私を信じていてくださいね。」


「ええ、そうね。それじゃあ、あなた自身はどうなの? 寂しくないかしら?」


寂しい? ほう……。それはアリネーの共感心エンパシーから来る問いかけ。だとしたら……。


「寂しい? ええ、寂しいですよ。お兄ちゃんが行ってしまって、時々ふと思い出すんです。ものすごく会いたいなって」


「ええ、そう……。会いたくないはずがないわよね……」


「もう想いすぎて死にそうなくらいですよぉ──。でもまあ、私、あの方を八年以上もずっと待ち続けていたんですから。あと少し待つくらい、どうってことありません。死んじゃうほどじゃないですよ」


「あ、そうよね……八年以上……。ねぇ、ルミィ、一つ聞いてもいいかしら?」


「いいですよ、アリネー。私たちの仲じゃないですか。知りたいことがあれば何でも聞いてください」


「ええ……ただの好奇心なのだけれど、あなたの信仰の本質についてよ」


「信仰の本質?」


「そう。あたし、最近ずっと改革の方向性について考えているでしょう? その中で、信仰にまつわる社会問題についても思考を巡らせていたの」


「ふむふむ?」


「信仰……そもそもあたしは聖教会の一員ではないし、特別な宗教儀礼を行っているわけでもないわ。だからよく分からないの。信仰というものが、一体どういうものなのかが。」


「信仰、ですか?」


「ええ……。そうね、関連する書籍はたくさん読んできたから、人々がなぜ信仰を求めるのか、理屈としては理解しているつもりよ。でも、ルミィ、あなたは他とは違う。だから少し気になったの」


「違う?」


ん? 一体何の話だろう。信仰の本質? 本質、ねぇ……。


「そう……。ねぇ、ルミィ、あなたはどうしてオリシウスを信じているの?」


「だってオリシウスは創造神様ですよ? 信じるも信じないもないじゃないですか」


オリシウス――(O'Rishius) 共通語では『万物の根源』を意味する、即ち創造神のことだ。


「オリシウス……ええ、知っているわ。あたしたち『神の民』の膨大な歴史書にも、その事実はしっかりと刻まれている。あたしたちの体に宿る『血統スキル』や『血統魔法』こそがその証拠だもの。でも……そうね、あたしはそれを史実として捉えているけれど、あなた……あるいは信仰を持つ人々は、それを信仰として捉えている。だから、人々の信仰はオリシウスの存在をどう解釈するかと密接に関係してくるのよ。」


「どう解釈するか?」


「そう。例えば、あなたはよく『オリシウスの奇跡』と言うけれど、それはどうして?」


「だって『オリシウスの奇跡』だからですよ。何かおかしいですか?」


「それは……じゃあ、何をもって『オリシウスの奇跡』だと言うのかしら? 何か例を挙げてみて。」


例? たくさんあるけれど……。


「例えば、私が外勤神官としてここに派遣されて、アリネーに出会って、さらにお兄ちゃんと再会できたこと。これ全部、『フローラ』に着いてからたった三日間の出来事ですよ? この広い世界でこんなに素敵なことが起きるなんて、これを『オリシウスの奇跡』と言わずして何と言うんですか?」


「なるほど……。あなたはそれをオリシウスの計らいだと考えているのね?」


「そうです。」


「ふむ……。では、神様はどうやってそれを計らったのかしら?」


「計らい? 別に特別なことはしていませんよ」


「していない?」


「ふふっ、アリネーは本当に分かっていないんですね。オリシウスは何もしなくていいんです。だって、なすべきことはもう終わっているんですから。」


「も、もう終わっている?」


「ええ。神様はこの世界の創造をすでに完了させて、私たち『神の民』の繁栄の道筋も整えてくださいました。あとのことは、私たちの自由意志次第なんです」


「ええ、それはもちろん理解できるわ。でも、だとしたら『オリシウスの奇跡』をどう定義すればいいの?」


「善きこと、美しいこと。それこそがすべて『オリシウスの奇跡』だと言えるんじゃないでしょうか。」


「……なるほど。すべてはオリシウスの設計から派生したものだから、ということかしら。『神の残光』……理論としては通るわね。じゃあ……不幸な出来事は? 神魔戦争は? それもオリシウスの奇跡……計らいだと言うの?」


「まさか。邪悪なことは、人々の制御できない欲望や私心が招いた結果ですよ。それは自由意志の代償であって、オリシウスが望んだことではありません。神魔戦争だって、神様が自由意志を尊重したからこそ起きてしまった。それは神様が『カシン』と『ドアッミン』を平等に扱った結果なんです」


「……それらはすべて中央聖教会で教わったことなの?」


「うーん……あはは……まあ、そんなところかな? ほとんどは私の自分勝手な解釈ですけど」


「ふふっ、ルミィが他の信徒とどこが違うのか、少し分かってきた気がするわ。……さて、一番気になっていた質問よ。ルミィ、あなたはオリシウスがあたしたちの祈りを聞き届けてくれると思う?」


「もちろんです。オリシウスの大いなる御力に不可能はありませんから。」


「分かったわ。では、できるかできないかの問題ではなく、神様があたしたちの祈りに耳を傾け、願いを叶える手助けをしてくれるかどうか……。あなたはどう思う?」


「それは……あはは、すみません。アリネーは信徒じゃないから、はっきり言っちゃいますね……」


ふふっ、アリネーにも知らないことがあるんだ。


「……オリシウスは、何もしません!」


「えっ!?」


「そうです!オリシウスは何もしないんです! だって、公平で公正なオリシウスが、お祈りした人だけを特別扱いするなんて、そんなの不公平じゃないですか。」


「そ、それはあたしも大賛成よ! でも、あなた……あなたまでもがそう思っているの? 神官なのに! じゃあ、人々は何のためにお祈りしているのよ! 聖教会はどうして人々に祈れなんて言っているのよ!」


「アリネー、そこが分かっていないんですよ! 聖教会は四六時中、祈りなさい、オリシウスは聞き届けてくださる、苦しむ人を助け、敬虔な者の願いを叶えてくださるって言い続けています。でも、私、あれが嘘だって知ってるんです! ただの耳当たりのいい方便ですよ! 実際は、ただ人々に祈る習慣をつけさせたいだけ。だって、祈って得をするのは祈っている本人なんですから。祈りは精神と心の拠り所なんです。祈る習慣がある人は、心がとっても健やかになれるんですよ!」


「う、嘘……? あなたの、あの中央聖教会がそんなふうに教えているの?」


「まさか! あの方たちは朝から晩までお祈りお祈りって言ってます。でも私は気づいちゃったんです、それがあの方たちの親心なんだって。だから、あえて口には出しませんけどね」


「そ、そうだったの……!?」


「でも!」


「でも?」


「『オリシウスは何もしない』と言いきっちゃうのも、実は正しくないんです」


「どういうこと?」


「神様は……きっと、喜んでくださると思うんです。」


「よ、喜ぶ……!?」


「ええ。褒められて嫌な気持ちになる人はいません。私たちはみんな『神の民』、神様に創られた存在です。その子供たちが感謝を知り、神様を頼りにしている姿を見れば、喜ばないはずがないじゃないですか。」


「……。な、なるほどね、納得したわ! 良い答えよ! それで……あ、だから ルミィはいつも熱心にお祈りしていたのね。そういう理由だったの。」


「もちろんです! 最近の私は幸せすぎて、毎日オリシウス様に報告しないと、嬉しくて爆発しちゃいそうなんです。」


「ふふっ。……あ、それじゃあ、もしかしてあなたの『奇跡』に祈りの言葉がいらない理由も、そこにあるのかしら?」


「理由、ですか?」


「普通の神官が奇跡を使う時は、祈祷が必要でしょう? でも、あなたは必要ない。いつも奇跡の名前を叫ぶだけ。……自分でも、どうしてか考えたことはないの?」


「それは……アリネー、こっそり教えてあげますね。」


「ええ。」


「実は……気づいてしまったんです。『地下城』の迷宮の王を倒した後に気づいたんですけど、今はもう、奇跡の名前を叫ぶ必要さえなくなりました。」


「何ですって? 気づいた? それは実際、いつ頃から始まったことなの?」


「たぶん、『聖殿』の奇跡で『精密防御』を覚えた時です。思い返してみると、『精密防御』を出す位置に意識を集中した瞬間、言葉にするより一歩早く『聖殿』が発動していたんです。それで、そのことに気づいてからテストしてみたんですけど、結果は……ただ念じるだけで、奇跡が発動しました。」


「ルミィ!? どうして? あなたの意志……いえ、信仰がそこまでの境地に達したというの?」


「自分でもどうしてか分からなくて……これって、信仰とか、そういうものに関係があるんですか?」


「ええ……分析してあげるわ。まず、あなたが祈祷を必要としない理由……それは、あなたたちが使う奇跡がオリシウスに何かを請い願うものではなく、自分たちの体に宿る『奇跡回路』から引き出されるものだと知っているからよ。確かにオリシウスの奇跡に違いはないけれど、それは信仰心をトリガーとして発動する、あなた自身の力なの。だから、祈祷とは信仰心を呼び起こすための媒介であり、信仰の自己肯定に過ぎないわ。」


「ふむふむ、同意します」


「そして、ルミィ、あなたの信仰心はもともと異常なほど高い。自己肯定なんてステップを踏む必要がないから、祈祷がいらないのよ。」


「なるほどぉ……」


「それなら……同じ理屈で、奇跡の名前を叫ぶのも単なる形式に過ぎないわ。祈祷と同じで、信仰心さえ十分なら……。どうやら、あなたの信仰心はさらに別の境地へと昇華されたみたいね。だから今は、奇跡を思いのままに操れるようになったのよ。」


「おお! そういうことだったんですね!?」


「だからね、ルミィ。今の話を聞いて、あたしの推測が正しかったと確信したわ」


「んん? どんな推測ですか?」


「覚えているかしら? 以前、神官の修行はとても過酷だと言っていたわよね。あたしが『どうやって耐え抜いたの?』と聞いた時、あなたは何て答えた?」


「もちろんです。もうダメだ、心が折れそうだって思うたびに、お兄ちゃんの言葉を思い出したんです。『必死に生きろ』って言ってくれた、あの言葉を。」


「そう。その時、あたしは少し奇妙に思ったのよ。普通なら『オリシウスの恩寵を支えにしました』とか言うべきでしょう?」


「ええ~? そうかなぁ……。心が折れそうな時にオリシウスの恩寵を思い出す……。うーん、ダメです。なんだか適当すぎるというか、そもそもオリシウスの恩寵って何ですか?」


「世界の創造、万物の営み、豊穣、そして富……とかかしら?」


「そんなの私には関係ないですよ。そんなこと考えても元気は出ません。」


「じゃあ、アシランくん のことを考えたら?」


「元気が出ます!アリネーは?」


「あたしも元気が出るわ。……ええ、分かったわ。あなたが子供の頃にアシランくんから受けた慈愛……。あなたにとって、それこそがオリシウスの恩寵の具現化だったのね。」


「あ! そうです! まさにその通りです!」


「だとしたら……ルミィの信仰の源はアシランくんそのものじゃない。だから……彼と再会して、あなたの信仰心はさらに強くなったのね?」


「いいですね、それ! つまりお兄ちゃんこそが私の信仰だったんだ!」


「ふふっ、言い方は少し乱暴だけれど、あなたが納得しているならいいわ。どのみち、すべては……」


「オリシウスの計らいですね! ははは……」


アリネーが神官のことにまでこんなに興味を持ってくれるなんて、流石は古今東西の知識に通じた学者様だわ。さて……この話はこれで終わりかな? それじゃあ、今度は私の番だ。


「アリネー、大好きですよ。」


「知っているわ。あたしもルミィのことが大好きよ。」


私がこうして告白するたび、アリネーはいつもこう返してくれる。


「でも、私は本当にアリネーが大好きなんです。」


「あたしも本当にルミィのことが大好きよ。」


「じゃあ、アリネー。抱きしめてもいいですか?」


「構わないわよ。でも、急にどうしたの?」


私は体をずらしてアリネーに密着し、ベッドを沈ませながら彼女の腰に手を回した。


「えっ? ん……っ……」


彼女の顔が赤くなるのが分かった。そう、満月のブーストがかかっているのだ!


「どうしたんですか?」


「な、何でもないわ」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


私は体を完全に密着させ、その細い腰を両手で抱きしめ、顔をうずめた。――わわわ……柔らかすぎるし、いい匂いがする。反則だわ。


「ど、どうしたの? ルミィ? あなた……少し近すぎないかしら?」


「そうですか? 無意識に……。アリネー、なんだかいい匂いがしすぎですよ。いつもと違う気がします」


「に、匂い……? そんなはずないわ。寝る時に香水なんてつけないし……石鹸だって、あなたと同じものを使っているでしょう?」


「そうですよ! だったら体香ですね! どうしていつもより香りが濃密なんですか。これも満月の効果ですか?」


「ええっ!? そ、そんなはず……。でも、あまり深く追求しないで。恥ずかしいから」


「ねぇ、アリネー」


「何? 急に改まって……」


「あなたも、寂しいんですよね?」


アリネーの体が、無意識にビクンと震えたのが分かった。やっぱり……。


「ええ……そうね。確かに、少しだけ……」


「よく分かりますよ。お兄ちゃんが行ってしまって寂しくて、それで私まで寂しがっているんじゃないかって心配して、わざわざ聞いてくれたんですよね?」


「……その通りよ」


「でも、アリネーは私と違って、何年も待ち続けた経験なんてないでしょう? 辛くないですか?」


「それは……」


「素直になっていいんですよ。満月なんですから。リラックスして、全部この満月のせいにしちゃえばいいんです」


「ええ……あたし……っ!?」


私はそっと左手を離し、彼女の頬を撫でた。


「本当は、お兄ちゃんとの時間を心ゆくまで楽しみたかった……。私の言っていること、間違っていますか?」


「ええ……ええ……」


「告白して以来、二人はずっと計画の準備ばかりしていましたよね。一人は改革、一人は遠征。時間が全然足りなかった」


「それは……それだけじゃないわ。一緒の時間もあったもの。三人一緒の時も、あなたが譲ってくれた二人きりの時間も……あたしはそれだけで、十分に幸せだったのよ」


「嘘だ。本当に、それで満足なんですか?」


「もちろん…満足なんてしてないわ。恥ずかしくて言えないけれど……。でも、人として、あまり多くを望みすぎるのも…」


「満月じゃないですか。はっきり言っちゃいましょうよ。それとも一歩譲って、私が代わりに言ってあげましょうか?アリネーは『はい』か『いいえ』で答えるだけでいいですよ」


「それは…」


「決まりですね。彼に抱きしめてほしいんでしょう?」


「うん…」


「あのキスの感触が恋しい?」


「うん…彼…アシランくん、あの日以来、一度もキスしてくれないの…いえ…そもそもあの三回だってあたしからだったし…彼から積極的にしてくれたことなんて、一度も…」


「なんですって!?」


「うう…」


「それはあんまりだわ…。じゃあ…本当は彼の方からリードしてほしいと思ってる?」


「うん…」


「情熱的に…キスして、抱きしめて、あなたに触れて……それから、もっと『いけないこと』をしてほしい?」


「うん…」


えええっ!? 今、どさくさに紛れて『いけないこと』って言いましたよね!? なんでそのまま「うん」って答えちゃうんですか!? 驚いたり恥ずかしがったりするところじゃないの!? 肯定しちゃうんだ! エッチだわ!


私はもう一度手を回し、彼女の腰を抱きしめて、さらにその腕に力を込めた。


「あの……ルミィ…?」


「こうして抱きしめてるのが気持ちよすぎるんです。アリネー、あまり気にしないでくださいね」


「き、きき、気にしないなんて無理よ!」


「何を気にするんですか? 私たち、女の子同士じゃないですか。まさか……? へへー、アリネー、変な想像しちゃいましたね!」


「言わないで! わ、わかったわよ、もう気にしないわ!」


「あれ? この音は何かしら? 誰かの心臓がドクドクいってますよ? 怪しいなぁ」


「心臓は動くものでしょう! それに、ルミィだってドキドキしてるじゃない!」


「ふふっ。それって、私たち同じことを考えてるってことですよね? 相思相愛?」


「も、もう言わないで! あたしは…」


「前にも言ったでしょう?お兄ちゃんが足りない分は私が埋めるって。ね? 私の方から積極的に抱きしめてあげますから」


「そ…そう言っていたわね。あたしも、ルミィの足りないところを埋めるって言ったわ。……じゃあ、あたしもあなたを抱きしめるわね」


彼女も私の背中に手を回し、抱きしめてくれた。


「そうですよ、いい感じです。さあ、たっぷり抱き合いましょう」


こうして私たちは強く抱き合い、あの日の感覚を確かめ合った。





「それでね、今はお兄ちゃんがいないから、私たちが恋人同士っていうことで」


「恋人…」


「ええ、一時的な…」


そう言って、私は唇を少し開き、顔を近づけていった──アリネーの顔……反則的に可愛い、その横顔へ。


彼女の深紅の瞳を見つめる。銀色の月光の中でも、頬の赤らみははっきりとわかった……全身が微かに震えている……ダメ、私まで我慢できなくなっちゃいそう…


「ちゅー、しちゃう?」


「んん…」


『んん』って言った! 『んん』って! か、かか、可愛すぎる! つまり、いいってことよね!? いいのよね!? 本当にいいのね! そうよ! これはお兄ちゃんの代わりのキス! これなら、アリだわ!


「じゃあ、目を閉じて…」


「んん…」



本当に目を閉じた! でも! これはいたずら、ただのいたずらなんだから!アリネー、純粋すぎるわ…


ちゅっ。


私は彼女の頬に、軽く口づけをした。


「んん……ありがとう……❤……じゃあ、次はあたしの番ね~♪ あたしもあなたにキスしたいわ~♪」


「も、もちろ……えっ?」


アリネーの声???


わ…私は目の前の顔を見た……。とろんと半分閉じられた深紅の瞳……まるで深淵のような吸い込まれる魅力……頬は真っ赤なまま……そして、薄く笑みを浮かべている……うっとりとした微笑み??? なんだか様子がおかしい気がする。まさか……これがお兄ちゃんの言っていた『夢遊病……


「んん…いいわよぉ~♪」


左の頬を押さえ込まれたかと思うと、次の瞬間──


ちゅ──────────っ!


えっ!? えええええ!!!???


だ、だめええええええ!!! キャラ崩壊よ!!! なんで、なんで離してくれないの!? えっ!? なんで急に肩のあたりがスースーするの!? な、何をするつもりなの!?


「ふふっ…」


えっ!? ええ────────!!!??? だめえええええええ!!! これ、これは……んんんんんっ!?!? こ、これ、もう『ちゅー』の範疇を超えてるわよぉ──!?!?


「んぅ……○□●○……」




挿絵(By みてみん)



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