44話 『幻獣』と商人の企み
「新分類『幻獣』が認められる。それに伴って、魔力の偏在地は以後『魔境』と呼称。ヒルゼン宮廷魔道士が提唱……か」
この世界には魔物が実在する。世界にあまねく宿っている魔力が大きく偏った土地、魔力の偏在地が主な生息地だ。その正体は、過剰な魔力によって精神と肉体に不可逆の変化が起きた元生物やその子孫。
かつてラング子爵が討伐したスタンプラビットも、レオディーナがオルフェ伯爵家の森の奥地で見たウォーキングツリーやプレートバグも、元はただのウサギやダンゴムシ、樹木だった。許容量を超える魔力が宿ってしまった。
そうして変化した魔物は本能的に、そして種によっては意識的に魔法を扱うことが可能になる。魔物の身体能力の高さや、毛皮や殻の硬さも彼らが常に発動している強化魔法に寄るものだ。
そして、その魔物とは別にドラゴンやグリフォン、ワイバーン等の生物が存在する。
レオディーナの前世、『地球』には存在しえなかったファンタジーな姿形と生態の生物たち。彼らは、魔力の偏在地以外に生息しているが、全ての個体が他の動植物より多くの魔力を持ち操ることが出来る。
呪文の詠唱の代わりに、翼の羽ばたきや咆哮によって魔法式を発動。それによって空を飛び、炎の吐息を発し、肉体を強化しているのだ。
さらに生息地が魔力の偏在地に飲み込まれ、もしくは自ら望んで移り住み、魔物と化す個体も存在する。凶暴になるとともに大型化し、様々な能力を獲得する。
ラドグリン王国で最も有名な個体例が、魔龍大禍を引き起こした魔龍ブラックデスロアーだ。
そのため、彼らの分類について今まで多くの議論が交わされてきた。
進化して魔力の偏在地外へ適応した、元魔物説。人間と同様に、魔力を扱う術を持つ生物説。そして、実は周囲を魔力で汚染し偏在地を広げようとしている魔物説。
「ヒルゼン宮廷魔道士とルーセント辺境伯家のお抱え魔道士たちとの共同研究の結果、生物説が真実であるという論文を発表。それで、魔道士ギルドは今後、ワイバーン等を『幻獣』と呼称し哺乳類や鳥類等に加えて『幻獣類』を定めると。
ヒルゼン宮廷魔道士って、先生の同級生だった人よね?」
レオディーナは魔道士ギルドの広報誌から視線をあげると、向かいの席で同じ広報誌を読んでいるバンクレットに話しかけた。
記憶には、去年初めて魔道士ギルドを訪れた際に師を呼び止めた人物の顔が朧げに浮かんでいる。
「ああ、王立学園で私の同級生だったレスタト・ヒルゼン宮廷魔道士。元々ギルバート君の魔法を教えていた男で、私が彼に螺旋訓練法を教えることになったのも彼の紹介だ。
辺境伯も、共同研究をしていた伝手からレスタトに養子の指導を依頼したのかもしれないな」
順当に功績をあげているかつての級友に対する劣等感と、その級友に頼られた優越感。それらが入り混じった複雑な顔つきで、弟子の質問に頷くバンクレット。
(それに加えて、ルーセント辺境伯家の内情を不安視した王家からの要請もあったのかもしれん。宮廷魔道士の中でも腕利きのレスタトに養子のギルバートを教えさせることで、箔をつけさせたかったに違いない。
あいつなら、魔法で単身空を飛んで辺境伯領と王都を一週間ほどで往復することも可能だろうし)
そう裏にあったかもしれない王家の思惑を夢想して、劣等感を覚えている自分から思考を逸らす。
「じゃあ、ギル坊ちゃんが先生から螺旋訓練法を教われたのは、あたしのお陰ってこと?」
「ディーナ、今は授業中だからギルバート様と――」
「ルナリア嬢、魔力の流れが止まっている」
「あ、はいっ!」
彼女達が今行っているのは穏やかなティータイムではなく、バンクレットによる魔法の授業だった。どんな状態でも螺旋訓練法を維持できるようになるために、持ち寄った雑誌を読みながら雑談に興じていたのだ。
「ルナリア嬢は仕事や裁縫等の作業中は完璧だが、世間話ではまだまだだな」
「……すみません」
「謝ることはない。訓練法における君の習熟は、レオディーナ嬢よりも早い。この調子で続けていこう」
「はいっ、先生!」
俯いた顔を上げ、顔を輝かせて頷くルナリア。
(この異母姉妹は、外見は全く似ていないが内面には共通点があるな。生徒として、素直に学び努力を惜しもうとしない)
その上、二人とも才能に恵まれているのだから教えるのが楽しくて仕方がない。バンクレットは無意識に緩みそうになる頬を引き締めるのに苦労した。
「ディーナ、授業中はギルバート様と呼ぶようにすると約束したでしょう?」
「うん、普通に話しているときはつい、ね。気を付けるわ」
「ところで、夫人は何を読んでいるのかね?」
「商業ギルドの機関紙の広告よ。来月開演のこの歌劇、魔龍大禍を題材にしているのよ。ルナリア様、カルナス様を誘ったら喜ぶんじゃないかしら?」
「曾お爺様役を演じられる俳優の方もいるのですね。ありがとうございます、ナタリーさん。あっ、また魔力が……」
「諦めずに続ければ、来年には歌劇に夢中でも続けられるようになる。さ、めげずに続けなさい」
「ピーラーですか……私は聞いたことがありませんね」
その日の午後、家に様子を見に来たパウルにレオディーナが昨日思いついた事を話すが、彼に心当たりは無いようだった。
ピーラーについて『想起』の魔法で調べたレオディーナだったが、前世の彼女はピーラーについての詳しい情報を見聞きしていなかった。元々知らなければ、思い出すも何もない。
「ウロコ取り器の方はありますよ。家の商会でも扱っています。王都ではあまり売れませんが」
「そうなんだ。言われてみると、家ではあまり鮮魚を調理しなかったわね」
「この家の近くの市場で扱っているのは、だいたい干物ですからね」
そして鱗取り器は、存在自体はしていた。必要だから使われるようになった日用品の一種で、誰が発明してどこか販売の権利を持っている、という類の物ではないらしい。
「では、そのピーラーが具体的にどのような物なのか、絵か何かで見せていただけますか?」
「うん、こんな感じなんだけど」
聞かれるままに、ピーラーを『転写』した物をパウルに見せるレオディーナ。彼には、記憶ではなく思い描いた想像図を『転写』したと説明してある。
「これは……もっと別の角度で出せますか?」
「ええっと、じゃあ『投影』」
以前開発した、光を操ってイメージや記憶から投影する魔法を使ってピーラーを映し出す。
「ほほうっ! なるほど、なるほど……ふむ……これで野菜や果物の皮を剥くわけですか。その時はどのような感じで?」
「ちょっと待ってね。う~ん、こんな感じになると思うんだけど」
ピーラーで皮を剥く様子を思い浮かべて、再度『投影』を唱える。すると、立体映像のピーラーがジャガイモの皮を剥き始めた。
「ふ~む、ふむふむ……」
素の人の良さそうな笑顔ではなく、目を見開いて口の両端を大きく釣り上げるパウル。立体映像を嘗め回すように見つめ、繰り返し頷く。そして、不意にレオディーナの背後に控えるロミリアに視線を向けた。
「ロミリアさん、これは暫く口外禁止でお願いします」
「心得ております」
「え、何? 何が起きてるの?」
「商売の話です。今後、このピーラーを我が商会で開発するという事でよろしいですね?」
「うん? なんだか大きな話になってるね?」
見るからに悪巧みをしていそうな顔つきのままのパウルと、すまし顔で頷くロミリア。二人に挟まれたレオディーナは視線を彷徨わせる。
「落ち着いてパウルさん。あたしが出せるのは想像図だけで、実物は出せないの」
レオディーナは魔法で植物を急成長させ、大人より大きな岩を動かすことが出来る。だが、思い描いた物を無から創造することは今のところできない。素材を細かく加工するのも、現時点では不可能だ。
しかしパウルは本人やナタリー、そして専門家のバンクレットの次にレオディーナの魔法について詳しい人物だ。そんなことは言われるまでもない。
「それは承知しております。しかし、ここまで精密な想像図が用意されているのです。商品化するのに問題ありません」
「いやいや、作れるかより売れるかの方が問題じゃない? 包丁が使えれば必要ない『皮剥き』の魔法の代用品だよ?」
この世界には加工しやすく安価なプラスチックはまだ開発されていない。樹脂は存在するが、可燃性が高く大量生産もされていない。そもそも工業的な大量生産を行う技術力もない。そして、魔法ではその代替は難しい。
レオディーナの記憶にある物と同じ性能で低価格な製品を実現するのは不可能だ。
そもそも、ピーラー自体の用途が狭い。あれば間違いなく便利だ。しかし、不可欠じゃない。そんな商品がヒットするだろうか?
「あたしがパウルさんに話したのは、思いついたからとりあえず話題にしただけで、そのまま商品化を狙ったわけじゃないんだけど……」
「たしかに、このピーラーでガッポガッポと大儲けは難しいでしょう。ですが、儲けは赤字にならなければそれで十分」
パウルも、ピーラーが大ヒット商品になるとまでは期待していなかった。彼がピーラーに見出し期待するのは、将来的な利益だ。
「今までにない話題性のある新商品を開発し販売することで、我がピッタリア商会の王都での知名度が上がります。それが商会全体の利益につながるのです」
「そこまで上がるの?」
「上がるのです。様々な店がしのぎを削るこの王都では、客に選択肢が多いので」
この世界に生まれてから実は活動範囲が狭かったレオディーナは実感していなかったが、この世界の人口は地球に比べると圧倒的に少ない。アルフラム大陸随一の大国であるラドグリン王国でも、総人口は一億に遠く及ばない。
そして、人々の移動手段や運輸が貧弱。隣の町や村に行くにも数日かかることもある。
それもあって、小さな町では店は専門店が各一店舗ずつしかないところが多い。村規模になると常設の店舗は一軒もなく、不定期にやって来る行商人に頼っている場所も多い。
そうした土地の店は、選択肢がないので黙っていても客が来るので宣伝は不要だ。
しかし、王都のように人口の多い場所では客に豊富な選択肢がある。新規の客に選ばれるには、知名度が必要なのだ。
「広告を載せるにしても、ただ商会名と店の場所を載せるだけでは他の広告に埋没してしまうので」
「なるほど。じゃあ、完成予想図や構造とかを紙に何枚か『転写』すればいい?」
「お願いします。後日、連れてくる職人にこの『投影』を見せてもらうかもしれません。後、書類に魔道士としてサインを」
「それぐらいならお安い御用よ」
過剰な期待を寄せられている訳ではないと理解したレオディーナが、落ち着きを取り戻して頷く。しかし、パウルには新商品で知名度を上げる以外にも狙いがあった。だが、それは口にしないまま次の話題に移った。
「回復魔法の施術ですが、来年のデビュタントまで公にせず今まで通り秘かに行う予定です」
ピッタリア商会の仲介で去年から行っている、ハゲや傷跡の治療。密やかに続けているが、やはり情報は広まってきていた。
カツラを使用しているのが公然の秘密だった元法務大臣の頭が、何とは言わないが変わった。
酷い傷跡が残り修道院に入ると噂が流れた令嬢が、今年も社交界で婚約者のエスコートを受けている。
そうした事例が積み重なり、耳聡い者は何かあるに違いないと調べまわっている。
今のところオルフェ伯爵家と結び付ける者はいないようだが、後一年少々でぼろが出るだろう。
「分かったわ」
「正式に庶子になったのだからと、油断してはいけません。時に法を捻じ曲げるのが権力者なのですから」
「相続権の無い庶子なら構わないだろうと、強引に手に入れようとする輩がいないとも限りません」
パウルだけでなく、ロミリアも真剣に念を押す。
「本当に気をつけてください。お一人で深夜外出するようなことは、絶対にしないでください」
「ご、ごめんなさい」
レオディーナが隠れて家を抜け出し、ギルバートと会っていたのを知って両親よりも警戒心を高めたのはパウル。そして侍女兼護衛に就任したロミリアだった。
「分かっていただけたのならいいでしょう。では、本題に入りますが――」
「まだ本題じゃなかったんだ」
「お嬢様が行っている植物の品種改良についての調査依頼です」
「うん? あたし、そんなことしてたっけ?」
身に覚えのないことを言われ、レオディーナは思わず目を瞬かせた。
「この木のことを言っているなら、幹の伸び方を曲げただけで品種は普通のと同じだけど」
「いえ、レオディーナ嬢がこの家で生活し始めた頃から育てている野菜についてです」
以前ロミリアがしていたのと同じ勘違いをしているのかと思って言うが、パウルは違うという。
「野菜も普通に育てているだけだけど? ねえ?」
「お嬢様、私がお仕えするようになったのはつい数日前なので分かりかねます」
「だよねー。育て始めたのはトーラスさんと会う前だし。
この家に越してきた頃から育てていたのって、スラム街で暮らしていた時から使ってるキノコと、元雑草だったと思うけど?」
野イチゴに加えて、ホウレンソウモドキやキャベツモドキ、ダイコンモドキ等だ。元は本当に雑草で、道端に生えている物から魔法で食べられると分かった数種を育てていたにすぎない。名前すら、レオディーナが形状や味から適当に付けたものに過ぎない。
買ってもらった植物図鑑にも載っておらず、結局正式名称が分からなかったのでそのままだ。
「品種改良なんて難しいことはしてないわ」
「いえ、間違いありません。人をやってスラムで同じ種類の草を採取して調べさせましたが、この家で育てている物と比べるとどれも可食部位が小さく、味も劣っていました」
態々調べたの!? そう驚くレオディーナの後ろでロミリアが頷きながら口を開いた。
「たしかに、この前頂いた雑草料理は言われなければ雑草だと気づかない味でした」
ロミリアは父達と一緒に、雑草や木の皮や虫等食べられるものは何でも口にして生き残る訓練を受けていた。
その時口にした雑草は、確かに食べられはしたし腹も下さなかった。しかし、決して美味しいとは思えない味だった。それと比べると、雲泥の差だった。
「ルナリア様も驚いていましたし」
「伯爵令嬢に雑草を食べさせたのですか……」
「だって、お義姉さまが自分も食べたいって言ったんだもん」
「もんって……」
どうやら、初めての外の世界にルナリアの好奇心は刺激されっぱなしのようだ。
「いえ、あの家なら寧ろ推奨しますか。まあ、その家風も早々に変えてもらわないと困りますが。
ともかく、そういう訳でお嬢様の育てている雑草は野生の物とは違う品種になりつつあるようなのです」
「そうかなぁ。『想起』……あっ、言われてみるとそうかも」
魔法で初めて目にしたスラムのダイコンモドキを思い出す。すると、確かに先日この家で収穫した物と比べると二回りほど小さく、味も悪かった。
「でも、単に畑で世話をしたのが良かっただけかも。味も、調理にスラムの頃より手間と調味料をかけられたからかもしれないわ。それに、品種が改良されていたとしても魔法とは関係ない可能性もあると思うの」
野生の個体と、耕した畑で育った個体では生育に差が出て当然。それに、雑草だけあってダイコンモドキ等は発芽から収穫までの期間が短い。
一か月から二か月で収穫可能で、それをさらに魔法で急成長させてきた。そのため、レオディーナが初めて手に入れてから今まで何十、もしかしたら百以上世代を重ねている。
それなら、自然と種が変化していたとしても不思議はない。
「なので、調査を行おうかと。種を分けてもらい、我々の方で魔法を使わず畑や痩せた土で育て、この家で収穫した個体や改めてスラムから採取した個体と、味や大きさが変わるか調べてみます。
お嬢様は、魔法で意識して作物の品種改良が可能かどうか試してください」
「たしかに、あたしなら無意識にやっていた可能性もあるわね。分かったわ、やってみる」
感覚的に魔法式を描く自分の魔法なら、「美味しくなれ」と思いながら唱えた魔法が作物に影響を与えていたかもしれない。
それを検証し、意識して『品種改良』の魔法が使えるようになれば――。
(前世ではスーパーで買えた野菜や果物、そして美味しいお米が食べられるようになるかも!)
生で美味しく食べられるトマトに、瑞々しいナス。ねっとりとして美味しいサツマイモ、甘味料を加えなくても甘いカボチャやトウモロコシ。そして白桃に和梨に柿。
麦が主食のラドグリン王国にも米は存在するし、王都の市場でも売っている。しかし、主にパエリアやピラフなど炒め物に向いた物で、レオディーナが前世で口にしていた米とは品種が違うのだ。
野菜や果物の数も多いが、現代日本で品種改良された種とはやはり異なる。
(夢が広がるわ。前世ではそこまで好きだと思ったことはなかったはずだけど、食べられなくなると恋しくなるものね)
それが自分の手で再現できるかもしれない。レオディーナの胸は高鳴った。
(調査結果次第では、瘦せた土地が多い領を治める貴族に売り込めますね。さらに救荒作物としても活用可能……商売のとっかかりとしては十分。
さらに、魔法による品種改良が可能なら……野望が広がりますな)
胸を高鳴らせていたのは、パウルもだった。実は、レオディーナの魔法が植物を変化させている可能性に、彼は以前から気がついていた。しかし、それが公になれば回復魔法に匹敵する注目を集めてしまう。そのため、彼女の立場の弱さから事業化はもちろん、口にすることも躊躇っていたのだ。
しかし、隠し子から庶子になり来年デビュタントする予定の今なら動くことが出来る。
「よろしくお願いします。
そう言えば、ルーセント辺境伯家令息へ宛てた手紙はどうなりましたか?」
それは将来レオディーナがピッタリア商会の専属魔道士でなく、彼女が宮廷魔道士やルーセント辺境伯やオルフェ伯爵家のお抱え魔道士になっても変わらない。
「うん、ちょっと苦戦してて……」
「封筒や便箋に錬金術を施そうとするので、止めるのが大変です」
「苦戦の方向が想定外ですな」
ルーセント辺境伯家のお抱えか宮廷魔道士かはともかく、将来レオディーナがピッタリア商会の専属から外れる。それをパウルは当然だと考えていた。
(そもそも聖人であるレオディーナ嬢は、一介の商会に収まる器ではありません。我々では分不相応です)
パウルはレオディーナが時折零す前世由来の知識を、女神の神託によるものと解釈している。それもあって、彼はレオディーナを世界の誰よりも高く評価していた。
(だからこそ、積むべきは実績。レオディーナ嬢から新たな共同事業のきっかけを作ってくれたのは好都合!)
口にしなかったピーラーを開発する狙いは、レオディーナとの共同事業を増やすことでピッタリア商会とのしがらみを――繋がりを積み重ねることだった。
既にレオディーナとパウル率いるピッタリア商会との間には、強力な繋がりがある。それを維持することが出来れば、将来彼女がどこに行っても商売を広げるチャンスになる。
……流石に伝手が全くない国外に逃亡されてはどうしようもないので、アルベルトのやらかしには本当に肝が冷えたが。
それにピーラーがヒットしなくても、商業ギルドで特許が認められれば開発技術はピッタリア商会が独占できる。後々、経費を回収することも出来るだろう。
開発費の調整をしくじらなければ、最終的に損の無い事業になるはずだ。
「しかし、そろそろ急いだほうがいいかもしれません。社交シーズンが始まりますから」
そうした企みや心酔、計算を表に出さず助言するパウルにレオディーナは不思議そうに聞き返した。
「なんで? ギル坊ちゃんはまだ王都に戻ってこないと思うけど」
跡取りとして辺境伯家の家臣達に認められるために、暫く辺境伯領から離れられない。そうレオディーナは聞かされていたので油断していた。
「いえ、本人が王都に来なくてもルーセント辺境伯家の跡取りにギルバート様が決まったことは公にされるでしょうから、手紙が殺到するはずです」
「え? あっ!」
王国の北方を司る大貴族の跡取りだ。ただの挨拶や社交辞令も含めて、様々な相手からの手紙がギルバート宛に出されるだろう。……彼の『魔眼』の事を知っているなら、なおさら「まず手紙で様子を探ろう」と考えるかもしれない。
このまま出すのが遅れていると、その無数の手紙の中にレオディーナの手紙は埋もれてしまう。
「……頑張って書きあげます」
もう手遅れな気がするけど。レオディーナはため息を吐いて肩を落とした。
社交シーズンはもう目前に迫っていた。
もし面白いなと思っていただけたら、ブクマや評価、いいねで応援していただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。
誤字報告ありがとうございます。




