42話 庶子になった異母妹と、その頃の辺境伯令息
家に帰って来た。
「お帰りなさいませ、奥様、ディーナお嬢様」
「ただいま、メアリーさん。皆っ」
オルフェ伯爵家の屋敷に部屋を与えられても、レオディーナはこの旧貴族街の離れの方が『家』という感覚が強かった。
出迎えるメアリー達に、自然と笑顔がこぼれる。
「皆、紹介しよう」
そこにアルベルトが声をかけると、メアリー達は一転して緊張した様子で姿勢を正す。
「私の娘、レオディーナの姉のルナリア・オルフェだ」
「皆さん、よろしくお願いします」
そして、アルベルトの手を取って馬車から降りて来たルナリアはそれ以上に緊張で固くなった笑みで、初めて会う人々に挨拶するのだった。
王都に戻った翌日、アルベルトはナタリーと役所に書類を提出し、二人の婚姻を申請した。
手続き自体は公爵でも騎士爵でも変わらない。必要書類を提出し、個人を特定するために魔道具で魔力紋を登録するだけだ。
「魔道士ギルドの登録みたいね」
「そうなんですよ、奥様。魔道士ギルドの技術提供のお陰で、今年から様々な手続きが簡略化できるようになったんですよ」
ナタリーの何気なく口にした感想に、担当職員が朗らかに答える。
以前はある程度の魔力量が無ければ……小の中以上でなければ魔力紋は検出できなかった。だが、技術の発展によって魔力無しとされる、小の下未満の魔力量でも魔力紋を検出可能な魔道具が開発された。
ギルドはそれを政府や公的機関に提供。この世界では指紋や網膜の代わりに、魔力紋で個人を特定する仕組みが急速に広まりつつある。
そして、二人の書類は何事もなく受理された。アルベルトの予想通り、王国政府は二人の結婚に関心を払わなかったのだ。
次の日に取り掛かったのが、アルベルトとレオディーナの親子関係を確定するための手続きと書類の作成。これは魔道士ギルドで行う。
「魔力紋で血縁が鑑定できるなんて、思わなかった」
この世界にDNA検査はない。そう思っていたレオディーナは、それに代わるマジカルな技術が存在したことに驚いていた。
「ディーナも知らなかったの?」
「ギルドの機関紙にも掲載されていなかったからな。私も、知ったのはつい最近だ」
魔道士ギルドには、師匠のバンクレットだけでなく彼の弟子として登録するためにルナリアも同行していた。
「北東の島国で開発された魔道技術で、王国政府と魔道士ギルドの上層部が秘密裏に実証実験を重ねていたそうだ。
そして、今年になって公開とほぼ同時に開始したそうだ」
去年まで血縁を証明する検査方法は、存在しなかった。毛髪や瞳の色を始めとした身体的特徴から、「血の繋がりがある」と推測するぐらいだった。
だが、魔力紋でそれが可能になった。しかも、王家政府のお墨付き。
この子は自分の子ではないと思い込み妻子を冷遇していた夫は家庭での立場を失い、裕福な男性が急死すると現れていた「この子は彼の子です!」と主張する詐欺師は激減したという。また、突然修道院に入る人々が何人も出たそうだ。
(まあ、基本的にはいいことよね)
冷遇されていた妻子の立場が回復し、犯罪が減って、過ちが正された。歓迎すべきことである。
(あたしとママにとっても都合が良いし)
魔力紋による血縁関係の証明は、現在の技術では親子もしくは兄弟姉妹。二親等までしか証明できない。
祖父母や従兄弟との血縁を証明するには、その間を繋ぐ血縁者の魔力紋を取って検査するしかないのだ。
ナタリーとレオディーナがベルナデス侯爵家やパルティエナの血縁であるのを確かめるには、貧民街で生まれ貧民街で亡くなった祖母の魔力紋が必要。つまり、不可能なのだ。
「これが私の魔力紋か……」
魔法の才に恵まれなかったアルベルトが、初めて見る自身の魔力紋を不思議そうに眺める。
「これでどうやって血縁関係が証明できるのか、分からないな。ディーナだったら分かるのかい?」
「ううん、全然」
そう父娘が話している間に、別室で担当の魔道士が二人の魔力紋を検査。レオディーナが彼の娘であるという結果を記した証明書が発行された。
(……よかった。これで安心できるわ)
証明書を確認し、胸をなでおろすレオディーナ。ナタリーとアルベルトは彼女が二人の娘であることを全く疑っていない。彼女もそう信じているが、どうしても不安があったのだ。
「ルナリア・オルフェ様、どうぞこちらへ」
一方、ルナリアは魔道士ギルドへの会員登録とバンクレットへの弟子入りの申請手続きに臨んでいた。
「ここに手を触れ、魔力を流して下さい」
「はい」
恭しく応対する職員の指示通りに、水晶に手を触れ魔力を流すルナリア。
「魔力紋の検出を確認いたしました。適性属性と魔力量の計測も行えますが、いかがいたしますか?」
「いえ、先生に検査していただいたので遠慮いたします」
「畏まりました。こちらが会員証と当ギルドからの記念品になります。お納めください」
「ありがとうございます」
レオディーナが登録した時とは対応が違うが、当時はただの平民だった彼女と伯爵令嬢のルナリア。権威主義が強い魔道士ギルドでの扱いが違うのは当然だった。
そして全ての予定を終え馬車で旧貴族街の家に戻る途中、バンクレットはため息とともに零した。
「しかし、レオディーナがギルバート君と面識があったとは驚いた。ガラテア様の快気祝いのお茶会に、私は君を弟子としてギルバート君に紹介するつもりだったのだよ」
レオディーナから事情を聞いたバンクレットは、驚きと納得という感情を同時に味わった。
ギルバートは苦戦していたはずの螺旋訓練法を、次の授業で実践して見せた。当時は「この少年はレオディーナに匹敵する才能の持ち主だ!」と驚いていた。だが、種を明かせばその彼女が彼に手解きしていたのだと聞いて腑に落ちた。
「そうなっていたら、バンクレット先生に白状して共犯にしていたと思います」
辺境伯家のタウンハウスで行われるお茶会に、バンクレットが不意打ちで連れ出すわけがない。事前に説明してくれるだろうから、自分ならその時に明かしていただろうとレオディーナは思った。
「そうなっていたら肝が潰れただろうな。どうせガラテア様の回復だけでなく、お茶会が中止になった件にも君が関わっているのだろう? 共犯にされなくて本当に良かった」
「あははは、ご想像にお任せします」
「ディーナ、危ないことは本当にしていないのだろうね?」
「詳しくは言えないけど、結果的にごめんなさい」
「はぁ……今後は私かナタリーに、そうでなくても信用できる大人に相談しなさい」
本格的に危ないことは避けていたつもりだったが、結果的に犯人のカロスに突き飛ばされかけていた。それを打ち明けることは出来ないが、「していない」と嘘をついてもばれるだろうと観念して謝るレオディーナ。
そんな娘の意図を察して、そう言うに留めるアルベルト。
本当は厳しく叱りたいが、彼女をそんな複雑な立場に置いたのは外ならぬ彼の責任である。そのため、強く言うことは出来なかった。
「そう言えばディーナ、魔法で変装していたというけど、具体的にはどんな姿をしていたの?」
話題を変えようと思ったのか、それとも以前から気になっていたのか、ルナリアがそう尋ねる。
「じゃあ、やってみるわね。服は無いけど、色だけなら変えられるし」
リクエストに応えて、素早く『変色』の魔法を唱えるレオディーナ。赤毛が銀髪に、瞳が紫からアイスブルーに、そして褐色の肌が透き通った白に変わるのを見て、ルナリアは息を飲んだ。
「凄い……瞳の色まで変わるのね」
「こうしてみるとルナリア嬢と姉妹に見えるな」
自分と同じ色になったレオディーナに目を見張るルナリアに、二人を見比べて感想を述べるバンクレット。
「いや、色が同じだけでやはり似ていないな」
「そりゃあ、あたしとお義姉さまじゃ顔つきが違うもの」
しかし、すぐに前言を翻した。二人の異母姉妹はそれぞれの母親似であるようだ。
「男装しているときは、服以外にも髪を帽子で纏めて短いふりをしていたの。口調も変えてね」
「まるでお芝居みたいね。私も同じ魔法を使えるようになるかしら?」
「色を変えるだけの魔法だから、お義姉さまならきっと使えるわ。何なら、どんな色になるのか今試してみる?」
その後、『変色』を試したルナリアが茶髪に紫色の瞳になったのを見たアルベルトは静かに動揺した。
彼がルナリアを普通の父として愛せなかった理由の一つが、彼女がカタリナに似ていて自分の血が感じられなかったからだった。それがこんなにも簡単に揺らいだことで、「つまり、私が親として狭量だったのか……」と思い知るに至ったからだ。
その日の夜、レオディーナはギルバートへ出す手紙の文面を早速考えていた。
「まずは謝罪……いや、季節の挨拶が先? オルフェ伯爵家の庶子として手紙を出すんだし」
ギルバート・ルーセント辺境伯令息への手紙は、『レオ』ではなく『レオディーナ・オルフェ』として出す予定だからだ。
「こんなことになるなら、手紙を出すときに目印になる符丁を決めておけばよかった」
ギルバートと別れた時は、彼が辺境伯家の跡取りとしての立場を固めて王都に戻るまで再会する予定はなかった。
辺境伯家の跡取りが王都に来るというニュースを聞きつけた『レオ』を、ギルバートが贈ったブローチを目印にして見つける予定だった。
しかし、それだと二人が会えるのは数年後……レオディーナが第二次成長期の真っ最中か、終えた後になる。
その頃には、彼女の男装はもう通じないだろう。それこそ『男装』の魔法でも開発しない限り。なので、その前に真実を告白する手紙を出したかったのだ。
その際、ただの『レオ』では辺境伯家が取り合わずギルバートまで手紙が届かない恐れがある。そのため、オルフェ伯爵家の名前を使うのだ。
「本来なら庶子のあたしが使えない伯爵家の姓で出させてもらうんだから、せめて失礼のないようにしないと」
「ギルバート様への手紙なら、そんなに硬くならずディーナらしく書けばいいのではないの?」
「ううん、最初に確認するのは辺境伯家の使用人か家臣の誰かだから丁寧にしないと。テッドなら大目に見てくれそうだけど」
「そうなのね。もしかして、私が今までカルナス様に宛てた手紙も、カルナス様の前に誰かに確認されていたのかしら?」
そして、便箋に向かうレオディーナの部屋にはルナリアもいた。旧貴族街の家は部屋数が少ないのと、彼女たち自身がルームシェアに同意したためだ。
なお、サイラスとライオットは最寄りの宿からの通いである。隣の屋敷が使えるようになったら、一足先にそこを使う予定だ。
「お義姉さまは、カルナス様の婚約者じゃない。多分、直接カルナス様が読んでいると思うけど、あたしとギル坊ちゃんの事を知っているのは、何人かだけだし」
以前なら、執事長のアドニスが上手く取り計らってくれたと思う。しかし、今はそのアドニスも王国北部の辺境伯家の本領だ。
「お義姉さま、手伝ってくれない? ママや先生に頼むのはちょっと照れくさくて……」
「もちろん喜んで協力するわ、ディーナ」
珍しく妹から頼られたルナリアは、嬉しそうに頷いたのだった。
その頃、王都の遥か北方に位置するルーセント辺境伯家の屋敷では、ギルバートが自室の書き物机に突っ伏していた。
「疲れた……気のせいか、昨日もこうしていた気がする」
「坊ちゃん、気のせいではありません。ここ一か月ほど、毎夜そうしておられます」
後ろに控えている執事のカニングスに指摘され、ギルバートは億劫そうに姿勢を正す。
「そうか、一か月前は違ったのか」
「はい、一か月前は突っ伏して黙ったままでした」
「……話せる元気がある分、マシになったみたいだな」
春、ギルバート達はルーセント辺境伯家が用意した飛竜船――船体をワイバーンに吊らせて飛行する乗り物――で、辺境伯家の本領へ向かった。
陸路で二か月から三か月かかる長旅は、僅か三日に短縮された。その際見ることが出来た光景は、ギルバートの視野を大きく広げた。
雄大な山々、深い森、豊かな河川。そしてどこまでも広がる空や北方の海。世界はこんなにも広かったのだと、感動に震えた。
迎えてくれたルーセント辺境伯家と領地の人々も、思っていたよりは歓迎してくれた。
現辺境伯夫妻……養父と養母は一連の事件についてギルバートとガラテアに謝罪した。自分達が親族の暴走を止めるどころか、察知することもできなかったせいで辛い目に合わせてしまったと。そして、同じような事が二度と起きないよう全力を尽くすと約束してくれた。
義兄、ゲオルグ・ルーセントとの対面も穏やかで不穏な空気は一切感じなかった。
「君達には僕が頼りないせいで、多大な苦労をかけてしまった。本当にすまない」
優しげな顔立ちだが、病弱だと聞いていた通り白い肌に痩せ型の少年はそう頭を下げた。
「謝らないでください、ゲオルグ……義兄上。あの件は一部の愚か者がしでかした事。義父上達のせいではありません」
辺境伯家の養子となったことで変わった環境や、それによって起きた自分を巡る騒動。何より、母が狙われたことにギルバートも思うところがあった。
あったが、既に養父母がその件では頭を下げている。これ以上謝罪を求めるなら、相手は自分達を狙った犯人達でなければならない。そうでなければ、我儘が過ぎる。
王国の法や辺境伯領の倫理観ではなく、自身の価値観からギルバートはそう思った。
(少なくとも、嘘をついていない。心から謝り、約束してくれた。それで十分だ)
「こんな僕を兄と呼んでくれるのか……ありがとう。ギルバート、改めてよろしく」
「もちろんです、義兄上」
ギルバートの中の蟠りは、残っていた僅かなものさえもなくなっていた。
そして始まったルーセント辺境伯領での生活は、ギルバートにとって何もかも新鮮だった。
王都や生まれ故郷の南とは気候が大きく異なる故の、生活様式の違い。
ダルナス王国を始めとした異大陸の国々との交流によって培われた、独自の文化。
まるで異国に来たようだったが、生まれ故郷から王都に来た時とは違い変化を前向きに受け止めることが出来た。
しかし、ルーセント辺境伯家の跡取りとして認められるための訓練や勉強の大変さは変わらなかった。
元々ルーセント辺境伯家は、かつて北に存在した国との戦争で武功をあげた騎士が起こした家だ。
征服した国の北端を与えられた初代ルーセント当主は、そのまま更に北へ北へと開拓を進めた。森を抜け、山を越え、海に至り、町と港を築く。そして、世代を超えて今では港湾都市へと発展した。
その過程で数えきれないほどの魔物を討伐し、魔力の偏在地を浄化し、当時は蛮族と呼ばれていた人々を併合平定してきた。そのため辺境伯領を始めとした王国北部には、「領主たるもの強くあるべし」という気風が強く残っている。いざという時剣を取るだけでなく、自ら兵の先頭に立って敵を討つ力を持ってこそ領主として認められるのだ。
流石に程度の差はあるし、常に領主自ら最前線で剣を振るう訳でもない。前線で指揮はとっても、敵と直接刃を交えるのは家臣の騎士という家も少なくない。
現在のルーセント辺境伯家の場合は、抱えている騎士や魔道士の数も質も十分。伯爵自身が出なければならない程の脅威は、滅多に現れない。
だが、ギルバートは初代ルーセント家当主と同様に魔眼を持っているというだけの養子だ。彼が辺境伯家の家臣達に認められるには、知だけでは足りない。武威と、それによって積み上げた実績がいる。
最低でも、成人するまでに養父以上の力を示す。それが己に課したギルバートの目標である。
その高すぎる目標達成に向けて、ギルバートは辺境伯家騎士団と魔導士団合同で扱かれていた。
「最終的には、貴族学院入学前にワイバーンを乗り熟して、ヒルゼン先生のように上級攻撃魔法を唱えられるようになるのが目標だ」
「ギルバート坊ちゃん、前も言いましたがヒポグリフあたりで満足しませんか?」
「その時も言ったが、しない。本当ならグリフォンを狙いたいぐらいだ」
鷲の頭と前足、そして獅子の身体を持つグリフォンはワイバーン以上の体躯と気性の荒さで知られる生物だ。頭も良く、あらゆる面でワイバーンを上回る。
「だが、グリフォンを見つけるのは難しいそうだから。ワイバーンで我慢することにしたんだ」
例外は個体数と、御し易さだ。グリフォンは希少で、生息地域も雲を見下ろすような高山とされている。そのため見つけるのはワイバーンよりもずっと難しい。そして、飼い慣らすのは至難の業。知能が高いので容易に個人を識別し、餌で懐柔されず、恨みを忘れない。
歴史上、騎乗に成功したと伝わっているのは神話や伝説の登場人物ぐらいだ。もちろん、ルーセント辺境伯家の歴代当主の中にもいない。
「いや、ワイバーンでも十分過ぎる名誉だと思いますが」
竜騎士や船を引かせる飛竜船の船頭等、ワイバーンを飼い慣らす者は存在するが難しい技術であることに違いない。飛竜一軍馬百……ワイバーンは一頭で軍馬百頭分の戦力になるが、かかる手間と費用も百頭分という意味の言葉もあるぐらいだ。
ラドグリン王国で竜騎士を騎士団単位で抱えているのは、国王を除けばルーセント辺境伯家ぐらいだ。
「だからってヒポグリフはないだろう。愛嬌はあるが」
対して鷲馬とも呼ばれるヒポグリフは、近年飼育下での繁殖に成功している。やはり馬よりは乗り熟すのは難しいが、ワイバーンよりはずっと懐きやすい。餌に関しては雑食性で何でも食べるので、軍馬より楽だ。
しかし、その分得られる権威は弱い。
「では、魔物の討伐を目標にするのはいかがですか? それなら学院に通うため王都に戻った後でも、継続して狙い続けられます」
魔物の討伐は、武功を占めるポピュラーな手段だ。ギルバートもそれは認めている。
「辺境伯家の跡取りに相応しい箔が付くような魔物が、出現したらな」
しかし、ギルバートの目標になりえる程の強大な魔物は滅多に現れない。
「魔物は、竜舎で生まれるワイバーンと違っていつ出現するか分からない」
「それでも坊ちゃん、無理は禁物です。過ぎたる勤勉は心身を蝕みます」
「そう言えば、テッドとクロエはどうしている? 最近顔を見ないんだが」
「それぞれ、坊ちゃん付きの執事や侍女になるための勉強と訓練に勤しんでおります。さぁ、坊ちゃん。話を逸らすのは止めてそろそろお休みください。もちろん、ベッドで」
「分かった。日課を済ませたら休む」
カニングスに促されたギルバートは、『日課』を果たすために引き出しに閉まっていた布を机に広げた。それは大雑把だがラドグリン王国の地図だ。
その上に、駒を一つ置く。そして、短い呪文を唱えた。
「『位置探知』」
カタリと、音を立てて駒が小刻みに動き……止まる。
「……レオの奴、今日は王都から動かなかったようだな」
唱えたのは、名称通り対象の位置を探知する魔法。そして、ギルバートが『対象』としたのは『レオ』に贈った魔石のブローチだった。
「坊ちゃん、ご友人を監視するのはいかがなものかと」
「見守っているだけだ。レオは危なっかしいからな。それに、ブローチが目印になるとあいつにも伝えてある」
ですが、魔法で毎日位置を確認するとは言ってないのでは? そう思ったカニングスだが、口には出さなかった。
王都に残して来た『レオ』の存在がギルバートの支えになっていることは、彼と直接会ったことのないカニングスにも分かったからだ。
「カニングス、明日の訓練以外の予定は?」
「ありません。ですが、午後の訓練はゼドル様の警備隊と合同になります」
「ゼドル大叔父上かぁ……」
養父の実父の大叔父という複雑な関係にあり、専横が過ぎると評判の人物の名前にギルバートはため息を吐いた。
ルーセント辺境伯の親族たちは、今のところ大人しくしている。表面上はギルバート達を歓迎し、彼を応援している。しかし、そのほとんどが本音ではないのは彼の魔眼には明らかだ。
それがゲオルグに当主に成ってほしいと思っているか、ギルバートの資質を疑っているのなら理解も出来る。
だが、中には陰謀を巡らせている者もいるだろう。まだ動きを見せず、大人しくしているのはガラテア暗殺未遂の実行犯であるカロスだけでなく、黒幕まで処分されたからだ。二の舞にはなるまいと、慎重に悪意を抑えているのだ。
ゼドルは、その筆頭と目される人物だった。少なくとも、会って楽しい相手ではない。しかし、粗末に扱っていい相手でもない。
「当人と顔を合わせずに済むといいんだが。いや、そっちの方が面倒か」
「心配しても、どうにもなりません。後は起床後にしてください」
「ああ、そうする。お休み」
「良い夜を、坊ちゃん」
カニングスが扉を閉める音を聞きながら、ギルバートは目を閉じた。魔力を巡らし、『レオ』と合わせた時の感覚を思い出して。
もし面白いなと思っていただけたら、ブクマや評価、いいねで応援していただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。
誤字報告ありがとうございます。




