40話 異母姉妹、王都へ
「今までの数々の無礼をお詫びします。そのうえで……どうか、ここで働かせてください」
「お願いします。私達親子には、他に行く場所が無いんです」
「心を入れ替えてくれるのなら私も嬉しいけれど……どんな心境の変化があったの?」
料理長トンラッドとその息子で見習いの二人に懇願されたナタリーは、二人の変わりように困惑を隠せなかった。
カルナス・ウェンディアとルナリアの交流は、初日以降も上手くいった。
二日目のキノコ栽培場の視察では、ピッタリア商会の魔道士としてレオディーナはパウルやバンクレットと一行を出迎えた。
レオディーナにとっては、「自分は魔道士として独立できます」というアピールする格好の機会だ。
(オルフェ伯爵家でお家騒動を起こすような事や、将来にわたって脛をかじり続けるような真似はしないって、ちゃんと伝えなきゃ!)
そう気合を入れてドレスに杖という、知っていれば地球の魔法少女が連想される格好でついて行った。
「ディーナの魔法のお陰で出来たこの栽培場のお陰で、領内の景気がよくなったんですよ」
「凄いね。昨日の果物も美味しかったよ。魔法で育てると、普通の物より美味しくなるのかな?」
「そこは品種や育て方、魔力の使い方や量でかわります」
「花も咲かせられる?」
「栽培できる条件を揃えられて、種があればいくらでも咲かせられますわ」
カルナスはレオディーナの魔法に関して質問を幾つかしたが、彼の主な関心はルナリアにあるようだ。ルナリアが話を振ると、暫くレオディーナに質問をして会話。その後、ルナリアとの話に戻るという様子だった。
カルナスにとっては、次期伯爵としての視察というより婚約者とのデートコースの一つなのだろう。
「レオディーナ嬢、この栽培場ですがオルフェ伯爵領独自の物でしょうか? 具体的に述べると、他の土地にも同様の施設を建設、運営することは可能ですか?」
「はい、建設用地が確保できれば。砂漠や湿地帯のような極端な気候や土壌の土地だと、施術や工事に工夫が必要ですけど」
「ふむ。ではキノコ以外の栽培は可能ですか? 穀物や野菜、果樹などは?」
「日光を魔法で再現するためのコストがかかって構わないのなら、可能は可能です。果樹の場合は、地上に温室を作った方がいいと思いますけど」
代わりに積極的に質問を重ねてきたのが、カルナス付きの執事ワイアットだった。
「でも低木なら……あ、背の高い木でも幹を伸ばすときにバネみたいに曲げればどうにかなるかも」
「ふむ。では、麦や芋だとコストは変わりますか?」
「芋の方が建設工事的にも、魔法的にも高コストです。根菜なので土を厚くしないといけないし、魔法で調整する範囲も広くなるので。麦の方もまとまった量を収穫したいのなら広く造る必要があります」
「そうなるとやはりキノコか。しかし、キノコでは主食に……いや、短期間なら穀物を限られた面積で……」
そう唸りながら考え込むワイアット。レオディーナは、彼はただの執事ではなく実務関連について考え、カルナスの父である現ウェンディア伯爵に報告する役割を負っているのだろうと思った。
考えてみれば伯爵令息でもカルナスはまだ十二歳の少年だ。お目付け役兼実務の補佐役がつけられていて当然だろう。
(じゃあ、あたしはカルナス様よりワイアットさんにアピールすればいいのか。と言っても、もうほとんど成功したようなものだけど)
ワイアットの様子を見れば、自身の魔道士としての有用さが十分伝わったのは明らかだ。
「ワイアット殿、事業についてご質問があれば私がお答えしましょう。何なりとどうぞ」
「これは失礼しました、商会長。では――」
話題が魔法から事業運営に移りそうな気配を察したパウルが、後の会話を引き継いでくれた。
その後は新しい村になりつつある従業員の寮をざっと見学し、植物を成長させる魔法を実演して視察は終了。
昼食を挟んで、午後はルナリアのダンスの授業。カルナスが彼女と踊るビックイベントだ。レオディーナその間、夕食の準備をするナタリーの手伝いを担当した。
そして三日目。朝食を取ってカルナス伯爵一行は王都へと出発した。王都でもダンスの練習をする約束をルナリアと交わして。
レオディーナとナタリーは肩の荷が下りたとホッとしていたら、料理長トンラッドとその息子の謝罪と懇願である。
やってやったぜ! という爽快感より、驚きの方が大きかった。
「まず謝罪は受けとるけれど――」
料理長親子にそう告げるナタリーを、バンクレットが思わずと言った様子で振り返った。
(う、受け入れるのかね!? こいつの謝罪を!?)
料理長がした所業は、紹介状無しで解雇したとしても「鞭で打たなかった分穏当」と評されるものだ。
ただ当主の意向に逆らっただけでなく、次期当主になる一人娘の婚約者一行という大事なお客様のおもてなしを拒否。職場放棄した挙句、まだ書類上は愛人だが伯爵の後妻とその娘を厨房に立たせている。
アルベルトに古参の使用人を解雇しがたい事情が無ければ、即刻解雇するべき行いだ。どんなに温厚で寛大でも、貴族なら簡単に許してはならない。
ナタリーがそんな料理長の謝罪を受け入れたのは、マナーを知っているだけで貴婦人としての意識が薄いからだろう。異論がない様子のレオディーナも同様である。
「でも、解雇しないようアルベルトに取りなすかは、あなたの話を聞いてから決めます」
しかし、ナタリーとしても料理長の態度は腹に据えかねていた。謝罪は受け取るけど、後は別の話だ。
「……私は、思い上がっていました」
彼女の怒りは、料理長に十分伝わっていた。彼、トンラッドは淡々とした口調で言葉を紡いだ。
トンラッドは先代伯爵クラハドールに、見習いから料理長に抜擢されて以来ずっと厨房を守ってきた。先々代が好んだ高価な香辛料や蜂蜜を多用したメニューを排して、以前の伝統的な伯爵家のレシピを復活。そして栄養を維持したまま、より少ない予算で作れるよう工夫して。
それが彼の誇りであり、守るべき規範だった。信仰と言い換えてもいいほど、その思いは強固だった。
だからカタリナが亡くなっても頑なになり、アルベルトにも逆らった。伯爵家の厨房を守れるのは、自分達親子しか存在しないという自負があったからだ。
「ですが、この三日ナタリー様とレオディーナ様、そして街の女衆が厨房に立ち調理を行うのを見て……私は思い違いをしていたのだと気づいたのです」
入り婿の愛人とその間に出来た私生児、そして彼女達が連れ込んだ平民の主婦達に真面な調理が出来るはずがない。粗末な出来損ないを出して、客を怒らせるのが関の山だろう。
そうたかを括っていたら、客人一行は出された料理に大満足。トンラッドの目から見ても、彼女達の料理は普段の伯爵家の予算の倍ほどかかっていること以外は、栄養も量も十分。何より、味は普段彼が出している料理より上だった。
「一方、厨房から出た私達親子は何もすることがなく……強いて言えば道具の手入れや食堂の掃除をしたぐらい。
つくづく、身の程を思い知らされました」
トンラッドの頑固なプライドと心は、粉々に打ち砕かれていた。顔を上げた彼は、毒気だけでなく生気まで抜けているように見える。
「でも調理道具の手入れはしてくれていたのね」
「いったい何時の間に……」
「皆様が寝静まった後や、起き出す前に。
私が料理長の役職に相応しくないことは、承知しております。ですが、どうか息子を……そして私がオルフェ伯爵家伝統のレシピを息子に伝えるまでの間、お屋敷にいさせていただけないでしょうか。
私の分の給与はいりません。どうかお願いいたします」
「そ、そうねぇ」
そこまでやるつもりのなかった……自身の行動の結果トンラッドがどうなるかまで考える気がなかったナタリーは、別人のようになった彼に動揺していた。
「トンラッド料理長、あなたがその反省と誠意をアトリ……アルベルトにも見せられるのなら、あなたに言う事はもう何もありません。
今日からまた、よろしくお願いね」
「ありがとう……ございます!」
床に額を突けんばかりに深く頭を下げるトンラッド料理長親子。この後、彼らはアルベルトにも謝罪をし、雇用の継続を許されることになった。
(とりあえずは良かったかな)
レオディーナは事態にそう安堵していた。
(あの料理長、あたし達への態度は悪かったけどお義姉さまの味方だし)
もしアルベルトが翻意しなかったら、トンラッド料理長はあの頑固さでルナリアを影ながら支え続けただろう。
それこそ、よくある悪役令嬢モノのようにルナリアに与える食事を制限するようアルベルトに命じられても、彼なら隠れて食料を渡すぐらいのことはしてくれたはずだ。
少なくとも、元執事で元庭師のノーマンより頼りになる。
ルナリアがそうなる可能性はもうないだろう。それに、将来彼女と結婚する次期伯爵家当主のカルナスを敬えないのでは、味方どころか足を引っ張りかねない。
しかし、あの様子ならもう心配いらないだろう。
トンラッド料理長が心を入れ替えてから、十日後。本格的に夏を迎えた頃にレオディーナ達は王都に向かって、オルフェ伯爵領を旅立った。
目的は複数ある。まず、ルナリアのデビュタントの下準備。
「実際には、我がオルフェ伯爵家の社交界デビューの準備という事になるだろうな」
ルナリアのデビュタントは、来年の社交シーズンを予定している。しかし、オルフェ伯爵家には足りない物が多すぎる。
「まず王都での屋敷、タウンハウスが必要だ。泊まるだけなら旧貴族街の家があるが……」
「良いお家だけど、伯爵家の別宅としては狭すぎるんでしょ?」
馬車に揺られながら話すアルベルトに、向かいに座るレオディーナが相槌を打つ。
「その通りだ、ディーナ。あの家では、客を招いてお茶会や夜会を開けない」
上位貴族である伯爵は、社交において招かれるだけでなく招く側でもある。そう頻繁にお茶会や夜会を催す必要はないが、社交シーズン中一度や二度は付き合いのある貴族や商人を招く必要がある。そうでなければ、社交界では軽く見られ認められない。
社交担当だったアルベルトが、オルフェ伯爵家の貴族としての体面を最低限保つことしかできなかったのも、そのためだ。
「とはいえ、屋敷の目星はもう付いている。ディーナ達が暮らしていた家の隣の屋敷だ。あれを改築して庭を繋げ、あの家は屋敷の離れとしてそのまま使おう」
「ありがとう、パパ!」
おかげで裏庭の畑や地下の実験場をそのまま使えると、手を叩いて喜ぶディーナ。
「でも屋敷の表の庭はお茶会を開くのに必要だから、畑にしてはいけないよ。裏庭も、手を付けていいのは半分までだ。
そういう訳だからルナリア、自分のためにと気にする必要はない。王都に慣れる練習がてら、ディーナ達の家に遊びに行くのだと楽に考えなさい」
「はい、お父様」
一行には、当然ルナリアの姿があった。生まれて初めて伯爵領から出る彼女は期待と興奮、緊張と不安が混じった様子でディーナの隣に座っている。
「今日昼食の招待に預かったラング子爵夫人も、明るく優しい方だ。肩の力を抜いて、楽しみなさい」
「……そ、そうね。ルクレツィア様はとてもやさしい人よ」
「とてもお話が好きな方だから、ルナリア様も仲良くなれるわ。頑張って」
「は、はい。頑張ります」
ルクレツィアと初めて会った時のことを思い出し、ルナリアを励ますレオディーナとナタリー。二人の様子から察したルナリアの緊張は高まった。
なお、社交界に十年以上出入りしているアルベルトから見ると、ルクレツィア・ラング夫人は本当に優しく穏やかな人物である。……本当に怖い人物は、パーティーの間は人畜無害な顔をしているものだ。
なので、ルナリアが初めて会う貴婦人として彼女を頼ったのだ。
もちろん、オルフェ伯爵家がこれまで迷惑をかけて来た謝罪の下準備とルナリアの顔合わせという理由もある。……特に、後者の方は放置するとルナリア・オルフェ死亡説や実は存在しない人物説が流れかねないので、早急に行わなければならなかった。
「そして、私とナタリーとの婚姻とレオディーナの認知の手続き行う予定だ」
今のナタリーは当主が個人的に囲っている愛妾で、彼女が身籠っている子とレオディーナはその間に出来た私生児。手続きをして、やっと後妻と庶子になる。
「アトリ、やっぱり平民の私があなたの正式な妻になるのは難しくないの?」
「大丈夫だよ、ナタリー。私達の場合、身分差はあまり障害にはならないんだ」
隣に座るナタリーに、アルベルトは以前にもした説明を再び口にした。
「普通なら貴族と平民との結婚は、推奨されていない。止められるのが普通だ。当主ならなおさらだ。
だが、私は伯爵家当主と言ってもルナリアがカルナス君と結婚するまでの中継ぎに過ぎない。つまり、遠くない将来私も平民になる」
そのうえ、伯爵家の跡継ぎになれるのは亡きカタリナとの間に生まれたルナリアだけ。アルベルトがいくら他の女性と子供を作っても、法律上は伯爵家の相続に関わらない。
また、財産の分与や後々のトラブルを気にして止める『親戚』も伯爵家には存在しない。
なので、アルベルトがナタリーを後妻に迎えるハードルはかなり低かった。
それでもカタリナと離婚が成立していた場合よりはずっと高い。しかし、レオディーナとこれから生まれてくる彼女の妹か弟の為にもナタリーと正式に結婚するべきだと彼は結論を出していた。
「そして、レオディーナの仕事にルナリアの魔道士ギルドの登録と、ウェンディア伯爵家のタウンハウスへの訪問だな。屋敷とは別の種類の忙しさがあるから、疲れたら私達に気兼ねなく言いなさい」
「お気遣いありがとうございます。お父様」
以前から伯爵家の事務仕事をしていたルナリアにとって、今回の旅は初めての経験ばかり。本人が気づかぬうちに疲れが溜まることも考えられる。そのため、余裕をもって日程を組んであった。
ここまでは旅立つ前にもざっと話しており、レオディーナも覚えていた。
「それと……これは昼食が終わった後にだが、重要な話がある。三人とも心に留めておくように」
しかし、その『重要な話』については事前に聞かされていなかった。父の隣のナタリーに目配せをするが、彼女も知らない様子だった。
このタイミングで話すということは、オルフェ伯爵家の家臣達……別の馬車に乗っているライオットには聞かせたくない話なのだろう。
「あ、重要な話ならあたしもあるわ。パパの話の後で、あたしの話も聞いてね」
すると、レオディーナもそう言いだして今度はアルベルトとルナリアがナタリーに視線を走らせることになった。
彼女が話したいのは、今まで黙っていたギル坊ちゃん……ギルバート・ルーセントとの事である。
(王都に戻ってから打ち明けるつもりだったけど、これからも色々ありそうだし……また後回しにしちゃいそうだから、宣言しておこう。
坊ちゃん達と別れて半年たつからそろそろ手紙ぐらい出したいし、そのための相談にも乗ってほしい)
カタリナの急死で、アルベルトが離婚して平民になる可能性はなくなった。それに、レオディーナは『オルフェ伯爵家の庶子』になるのだから、何かあったらルナリアにまで迷惑が掛かってしまう。
状況は変わっており、レオディーナも黙って時が来るのを待っていられなくなっていた。
もし面白いなと思っていただけたら、ブクマや評価、いいねで応援していただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。
誤字報告ありがとうございます。




