39話 伯爵令息と婚約者の異母妹
伝統的な、しかし現代でも通じるようアレンジされた清楚な白いドレス。その胸元を飾る雪をモチーフにしたブローチ。
(綺麗だ。……まるで冬の妖精のように凛として、美しい)
着飾った婚約者の姿に、カルナスは故郷の昔話に出てくる妖精の姿を連想した。
「カルナス様、どうでしょう? おかしくはありませんか?」
「す、凄く綺麗だよ。冬の妖精のようだ」
ルナリアに声をかけられても、カルナスは半ば彼女に見惚れたままだった。いつもの着古したワンピース姿と比べて今の彼女はあまりに新鮮だった。
「妖精なんてそんな……嬉しいです、カルナス様」
頬を染め、花が咲いたように微笑むルナリア。その銀糸のような髪を彩る青い蝶の髪飾りに気が付いたカルナスの鼓動が、一際大きく跳ねる。
「それは、僕が初めて君に贈った髪飾り」
ルナリア本人からはお礼を言われたが、彼女が身に着けているのを今この時まで見たことがなかった。そして、後日オルフェ伯爵家からは「家風に会わない品」と抗議されたプレゼントだった。
「てっきり、気に入ってもらえなかったのかと思った」
「そんなことありませんっ! 大切に……特別な時以外は仕舞っておくようにと」
子供同士とはいえ、伯爵令息が伯爵令嬢に贈るのに相応しい品質の装飾品は、節約狂のカタリナにとって目に余る贅沢品だった。彼女は着飾る娘を見たくなかったし、見せたくなかったのでそのように言いつけていたのだ。
「でも、カルナス様と会える日が特別な時でなくて何なのかと気づかされて。今まで、申し訳ありませんでした」
「いいんだよ。大切にしてくれていたことが分かっただけで、僕は嬉しいから」
そう言い終える前に、カルナスの胸の内に溜まっていた鬱屈とした思いは消えていた。
「本当に嬉しいよ。それに、驚いた。君のドレス姿を初めて見たから」
「実は、お母様が『カルナス様を大切にしなさい』と」
「カタリナ夫人が?」
自分を嫌っていると思っていた、義母になる前に亡くなった夫人が残した思いを知り、カルナスは意外そうに聞き返した。
「そうだったんだ、夫人が……」
そして、ルナリアが答える前にカルナスは思った。実はカタリナは、自分を嫌っていた訳ではなかったのだと。自分が愛娘の婿として相応しいか試すため、あえて厳しい態度で接していたのだと。
「ルナリア、後でカタリナ夫人のお墓に案内してくれないかな?」
「もちろんです、お母様も喜びます!」
それから二人は以前のように……いや、以前とは違い会話を交わした。
近々王都でデビュタントすることを話すカルナス。自分もダンスやマナーの勉強を始めたことを打ち明け、練習に付き合ってほしいと彼にお願いするルナリア。
そしてルナリアは屋敷の敷地内にある霊廟へとカルナスを案内した。そのカタリナの墓前で、彼は誓った。
(ルナリアの婚約者として、彼女を守り幸せにすることを誓います)
カタリナの冥福を祈り、誓いを新たにするカルナス少年。まさかそのカタリナが自分を貶め娘との婚約を解消させようと企んでいたとは、夢にも思わなかった。
その後、夕食の席でアルベルトからナタリーとレオディーナを紹介された。近い将来義父になる人物が愛人を囲い、ルナリアと同い年の隠し子がいたと知ったカルナスは驚いた。
(まあ、そう言うこともあるのかな)
驚いたが、彼と亡き夫人の夫婦仲が冷え切っていたのはカルナスも察していたので、そこまで動揺はしなかった。
社交界では、定期的に聞くゴシップだ。若干失望したが。
「初めまして、カルナス様」
それより目についたのは、紹介された二人の褐色の肌だった。
(そう言えば、僕が生まれる少し前の戦争で戦った南の大陸の国に多い肌の色だったかな?)
従軍し直接敵兵と相対したカルナスの父や騎士達なら、思うところがあったかもしれない。しかし、彼が覚えたのは今まで見たことのない肌の色をした夫人と令嬢に対する興味だった。
そして、その興味もルナリアの存在に勝るものではない。カルナスは既に彼女からアルベルトの後妻になるだろう夫人と異母妹の存在、彼女達との関係が良好であることは聞いていた。
何よりナタリーとレオディーナは楚々とした振る舞いで控えめに立ち回り、出しゃばることがなかったからだ。
「デザートの果物は、ディーナが今朝魔法で種から育ててくれたのですよ」
「魔法で果物を!? 凄いな、うちのお抱え魔道士でもそんなこと出来ないよ」
「お義姉さまからカルナス様の好物だと教えていただいたので。喜んでいただけて、光栄ですわ」
彼女についてカルナスに残った印象は、ルナリアが愛称で呼ぶくらい異母妹と仲が良いこと。そして凄い魔法が使えることだった。
「楽しそうでしたね、坊ちゃん」
通された客室で、カルナスは執事のワイアット・ウェンバートと話していた。
「ああ、とても楽しかったよ。呼ばれなかったら夕食を取るのも忘れて話し込んでいたかも」
馬車の中で憂鬱な表情をしていた少年とは別人のように笑う主に、「それは良かったですね」と笑顔を返した。
「そうだ、ワイアット。寝る前にダンスの練習に付き合って欲しいんだ」
「おや、急ですね」
「明日、ルナリアの練習に付き合う約束をしたんだ。念のために復習しておきたい」
カルナスは体を動かすのが得意で、ダンスも家庭教師から合格点を貰っていた。だが、最近は苦手な勉学や好きな剣や馬術の授業にかかりきりであまり踊っていなかった。
以前と同じようにステップを踏めるか、不安がある。
「彼女に踏まれることはあっても、僕が彼女の足を踏むなんて嫌だ。格好悪い」
「分かりました。ですが、もう遅いので一曲だけですよ」
そして一曲分のステップを確認し、落ち着いたカルナスにワイアットは尋ねた。
「そう言えば坊ちゃん、ルナリア様の継母殿と妹殿はどう思われますか?」
「うん? 僕より年下なのに凄い魔法が使えるんだなと驚いたよ。ルナリアとはあまり似ていないけど……あ、そう言うワイアットはどうなんだ? 前の戦争に父上と従軍したんだろう?」
自分付きの執事兼護衛のワイアットが、以前は騎士だったことを思い出したカルナスが聞き返す。思うところがあるのだろうかと気になったのだ。
「彼女達の肌ですか。いいえ、特には」
しかし、ワイアットは言われて初めて気が付いたとばかりにそう答えた。
「魔物だろうと人だろうと、主君と母国に仇為すならば敵。敵の色など気にしている暇は、戦場には在りません」
「そうか。物騒な意見だけど、気にならないのなら良かったよ」
そう安堵したカルナスに、ワイアットは「お休みなさいませ」と部屋から下がる。
「……私も良かったです、坊ちゃん」
そしてほっと安堵した。彼は内心ずっと案じていた。幼い主人と婚約者が上手くいくかどうかを。
しかし、あの様子なら大丈夫だ。これからも色々あるだろうが、それは「婚約者同士」の関係の範疇に収まるはず。オルフェ伯爵家に婿入りした後も、ルナリア嬢と支え合って乗り越えられるだろう。
すくなくとも、巷で流行っている歌劇のように「真実の愛を見つけた」と言って浮気をしたり、「婚約破棄だ!」と取り返しがつかない騒動を引き起こすことはないはず。
(旦那様達も安堵なさるだろう。……いや、新しい心配の種が出来てしまったが)
それはついさっきワイアットがカルナスに印象を尋ねた少女、ルナリアの異母妹レオディーナについてだ。
カルナスが彼女に心を奪われる、という心配ではない。ルナリア嬢とは異なる魅力を持つ少女だが、彼の心はルナリアでいっぱいで彼女が入る余地はない。それは先ほどの会話で明らかだ。
(冷え切っていた夫婦仲。正妻の急死。その葬儀が終わった途端、入り婿の当主が突然連れ込んだ愛人とその間に出来た娘……どう考えてもお家騒動の予感しかしない)
ウェンディア伯爵家の新たな心配の種は、レオディーナ達の存在がオルフェ伯爵家に今後トラブルを引き起こすのではないか、というものだった。
王侯貴族の相続については、王国法に定められている。しかし、己を律してルールを守る人間ばかりではないし、どんな人間にも魔は差すものだ。アルベルトも例外ではない。そもそも不倫して隠し子を作っている時点で、律していない。
(その辺りの説明は、アルベルト様から受けはした)
カルナスがルナリアと話している間、ワイアットはアルベルトから説明を受けていた。
そこでアルベルトは、「ナタリーとレオディーナには、オルフェ伯爵家の相続に関わらせるつもりはない。また、本人たちにもその意志はない」と明言した。
それは今後ナタリーとの間に新たに子供が出来ても同様であるから、その旨を改めてウェンディア伯爵に伝えてほしいと。
(受けたが、文字通り自分が蒔いた種。アルベルト様には、信頼回復に継続して勤めていただきたいものだ。
とはいえ、今の段階ではそれほど心配無いように見えたが)
夕食の席で、ワイアットはカルナスの背後に控えながらナタリーとレオディーナを観察していた。そこで二人は明確にカルナスとの間に線を引いており、控えめに振舞いルナリアを立てようとしていた。
それに、レオディーナは細かい所作はルナリア以上に令嬢らしかった。隠し子だったとはいえ、しっかりと教育を受けている証だろう。
ワイアットがそれを報告すれば、ウェンディア伯爵の心配も小さくなるだろう。伯爵夫人の方は、アルベルトの愛人と娘よりも、実権を握った彼の領地経営の方を気になるかもしれない。
亡きカタリナの経営方針の方が優れているとは、決して思わない。しかし、急激な変化はそれが良いものでも歪が生じるものだ。それに、やはり他家から見ると不安は覚える。
明日は領内に去年できたキノコ栽培場を見学する予定があるが――
(後は明日の私に任せるか。今日は、良い一日だった。それでいいだろう)
そう纏めると、ワイアットは自身も休むため部屋に向かった。
「お義姉さま、そろそろ休まないと……」
「お願いディーナ、もう少し。もう少しだけ付き合って」
その頃レオディーナは、ルナリアの部屋で彼女のダンスの練習に付き合っていた。
レオディーナの目から見ても、カルナスは美少年だった。癖の強いオレンジ色の髪にルビーのような赤い瞳で、整っていて愛嬌のある顔立ち。背は高いけど、笑顔が朗らかで威圧感より温かみや爽やかさを感じさせる。
恋愛ゲームのキャラに例えるなら、快活な運動部のエースと言ったところか。ギルバートとはタイプの違う魅力の持ち主だ。
「明日、カルナス様の足を踏んでしまったらと思うと不安なの」
「大丈夫よ、お義姉さま。カルナス様は朗らかでお優しい方なんでしょ?」
カルナスがルナリアから聞いていた通りの少年であることに、レオディーナは安堵していた。使用人や騎士団長も信用しきれないのだから、義姉の婚約者は彼女の味方であってほしかったのだ。
(あたしやママも頑張った甲斐があったってもんよ)
そんなカルナスと顔を合わせるのを、実はレオディーナとナタリーは内心緊張していた。彼は生まれついての貴族令息。そんな彼から見て、自分達は義父になる男が突然連れ込んだ愛人と婚約者の異母妹。警戒されないはずがない。だから、警戒されるのは構わないが……強い悪印象を持たれて嫌われないようにはしたい。
夕食の席では格好に気を使い、無作法がないように注意を払った。図々しく話しかけたりせず、かといって不愛想にならないようにし、丁度いい距離感を保つよう努めた。
(正直、ルクレツィア様とのお茶の数倍疲れた)
気疲れした甲斐あって、レオディーナ達はカルナスに悪い印象は持たれなかったようだった。……そもそも、彼はルナリアに夢中で二人にそれほど関心を払っていない気がしたが。
「今日はディーナや皆のお陰でカルナス様にたくさんお話しできたし、楽しんでもらえたの」
一方、ルナリアはレオディーナ達に心から感謝していた。カルナスの前にドレスを着ていったのは、アルベルトがそう言ってくれたから。そしてそのドレスはレオディーナとナタリーが繕ってくれた。ダンスの練習相手を頼むよう助言してくれたのもナタリーだ。
「夕食も、カルナス様に楽しんでもらえたのはディーナ達のお陰よ」
「あれは、料理長があまりに頑固だったからつい……」
カルナス一行が滞在している間は、普段より豪勢な料理を出すように。そうアルベルトに指示されたオルフェ伯爵家の料理長は、真正面から逆らった。
予算が足りないなら補填すると言ったし、食材はパウル達が運んできていた物資に十分あった。そしてアルベルトが指示したのは、カルナスの手紙が届いた当日で時間だって不足はしていない。
だが、料理長は「亡きカタリナ様の言いつけに反する」と言って聞かなかったのだ。
贅沢は、建国記念日の祝祭とルナリアの誕生日のみ。どうしても贅沢な料理を出したければ、勝手にやれ。長い付き合いのライオットやケイティが説得しても、料理長はそう主張して頑として譲らなかった。アルベルトも彼の解雇に踏み切る寸前だった。
だが、料理長の頑迷な物言いはナタリーとレオディーナの逆鱗に触れた。「分かったわ、勝手にします! やるわよ、ディーナ!」、「うん、任せてママ!」と驚く料理長とアルベルトを置き去りにして、二人は動き出した。
食材はピッタリア商会から購入。そして調理はナタリーとレオディーナに加えて、なんとキノコ栽培場の建設工事の折にナタリーと一緒に炊き出しをした主婦を臨時雇いした。
『身重で大人数の料理を作るのは体に障るんじゃ――』
『安心して、重い物は持たないから。大人数と言っても十人もいないし』
『ルナリアのドレスの手入れも――』
『パパ。そっちはパウルさんが連れてきてくれた職人さんが引き継いでくれたから大丈夫』
『奥様お嬢様、私達の田舎料理はとても貴族のお坊ちゃまに出せるものでは――』
『問題ないわ! 料理長に任せたら田舎料理未満の物しか出せないもの!』
最後は思い切り料理長を罵倒して、段取りをつけるナタリー。
その一連のやり取りを見ていてルナリアが、自分も何か出来ないかと言い出す。しかし、彼女は当日カルナスとの交流があるので調理にはほとんど参加できない。彼の好物を教えてもらったのと、お茶の時間に出す菓子を少し手伝ってもらった程度だ。
幸い、以前パウルが持ち込んだ種の中にカルナスが好む果物の物が含まれていたので、事前に魔法で収穫することが出来た。
後は皆で協力して、ルナリアとカルナスが話している間に調理を済ませて無事初日を乗り切ることに成功した。
「ありがとう。料理長も悪い人ではないの。でも、彼にとってお爺様やお母様の存在が大きすぎて……」
「うん、それは分かるんだけど……」
あの頑固さを改められないなら、料理長は解雇するしかない。レオディーナとしても、出来ればそうなってほしくないのだが。
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誤字報告ありがとうございます。




