37話 やらかしていたことに気が付く異母妹
レオディーナとナタリーの前から下がったトーラスは、真面目な顔つきでサイラスに尋ねた。
「ルナリアお嬢様はどんな子だ?」
トーラスやサイラスの親や祖父母、ビルギットの愛人達が生んだ庶子はクラハドール・オルフェ伯爵を恨んでいた。自分達を僅かな手切れ金で排除したのだから、当然だ。
家督を継いだ子が父の愛人やその子に手切れ金を渡して追い出す。よくある話だ。だが、クラハドールは嫡子ではなく彼らと同じ庶子で、第一子でもない。しかも、ビルギットから「跡取り」として指名されてもいない。
庶子他の内、一人だけ特別に高等教育を受けていたからという理由で王国政府に選ばれただけ。
ビルギットの愛人や庶子達からすれば、納得できるはずがない。
「サイラス、お前の率直な意見を聞きたい」
しかし、トーラス達が持つオルフェ伯爵家への感情は、恨みという程強くはない。彼らは追い出された張本人たちの子や孫世代であり、各地を転戦してきた腕利きの傭兵。つまり、差はあるが人生経験を積んだ大人だ。親世代の恨み言を妄信してはいない。
それよりもアルベルト、トーラス達にとって恩人から聞いた彼が受けてきた仕打ちの方がオルフェ伯爵家への悪印象を強くしている。
「素直で優しい純粋な箱入り娘、という印象でした」
「そうか。頭がいいと聞いたが?」
「その通りですが、狡さって意味じゃなりません。勉強が出来るって感じです」
さらに述べるなら、その悪印象もクラハドールとカタリナ止まりだ。娘のルナリアに対する感情はフラット、特に思うところはない。
「なら問題ないな。雇い主とお嬢の意向に従おう」
なので、アルベルトとレオディーナの望み通りにすることに抵抗はなかった。
「しかし、隊長達がオルフェ伯爵家の騎士なんてご先祖様はどう思いますかね?」
「アルベルト様が伯爵の間だけだからな。きっと、オルフェ伯爵家からたんまり給料を搾り取っておけと、笑っているだろうよ」
その頃、レオディーナはバンクレットに呼ばれてルナリアの部屋にいた。
「早速だが、ルナリア嬢に君の魔力を流してくれ」
「それなら、前に一度やりましたけど?」
「うむ、それは聞いている。しかし、君も知っての通りルナリア嬢の魔力の封じ込めがかなり強固なのだ」
オルフェ伯爵家に到着したバンクレットは、アルベルトから正式に依頼されたルナリアの魔法の授業にさっそく取り掛かった。
しかし、彼の見立てでもルナリアの魔力は彼女の奥不覚に押し固められていてどうしようもなかったのだ。
「す、すみません」
ルナリアもレオディーナの魔力を流された後も努力を続けていたが、成果に結びついてはいない。
「今の段階では、ルナリア嬢の魔力量や適性属性を計ることも出来ない。これでは時間をかけて感覚を掴むか、荒療治かの二択になる」
ルナリアはまだ十歳の伯爵令嬢で、今は平時。婚約も決まっている。急いで魔力量を増やさなければならない事情も、魔法の習得を急ぐ切迫した理由もない。逆に、時間はある。
本来なら一年でも二年でも時間をかけて魔力を解き解し、安心安全に魔法を習うべきだろう。
「しかし、私が監督すれば荒療治を安心安全に行うことが出来る。なら、時間がかからない方法を取るべきだろう」
「流石バンクレット先生」
期待していた通りだと、頷くレオディーナ。しかし、疑問があった。
「でも、ならあたしを挟まず先生が直接お義姉さまに魔力を流した方がいいんじゃないですか? ママの時みたいに」
「ああ、あの時はアルベルト殿から事前に許可を得ていたからだ。しかし、ウェンディア伯爵令息に許可を取るには彼が来るのを待たねばならないだろう」
「なんで先生だとお義姉さまの婚約者さんの許可が必要で、あたしだと大丈夫なんですか?」
レオディーナ差がさらにそう尋ねると、ルナリアも言われてみると疑問に思ったのか、不思議そうな顔をする。そんな二人にバンクレットは苦笑いを浮かべて答えた。
「それは魔力を他者に流す際に覚える感覚と、そこから発生した慣習のせいだ。レオディーナ嬢がルナリア嬢に魔力を流した時、強い一体感を覚えただろう?」
「うん、お義姉さまの魔力を感じられたわ」
「はい、手を繋いでいただけなのにまるで抱きしめ合っているような……初めての体験でした」
実は他人に魔力を流すのは三度目であるレオディーナは落ち着いて答えた。対して、先日が初めての体験だったルナリアは頬を染めていつになく熱っぽく語る。
「んん? ……ともかく、魔力を流し合うとそうした感覚を覚える。そのせいで『男女が魔力を流し合うのは交際に等しい』と見なされる風潮があるのだよ」
「えっ!?」
「まあっ」
驚いて目を見張るレオディーナと、ますます頬を赤くするルナリア。二人の少女に、バンクレットは過去の生徒達にしてきたのと同じ説明を続ける。
「過去に生徒の令嬢や令息と魔法の家庭教師や魔導大学の教授が関係を持つスキャンダルが、実際に起きてしまってね。とはいえ、私が学生の頃にはもう落ち着いているが、今でも『よろしくない』とされ『控えるべき』と言われている。
異性が行うのに配偶者か婚約者、どちらもいなければ保護者の許可が求められるぐらいにはね」
「そうだったんですね」と頷くルナリアの横で、レオディーナは内心焦っていた。何故なら、彼女は保護者の許可なく異性と魔力を流しあった経験が、二回もあったからだ。
(どどどどうしようっ、ギル坊ちゃんにやっちゃった!)
しかも、相手はルーセント辺境伯家の後継者、ギル坊ちゃんことギルバートである。
(そう言えば、一回目に魔力を流すときにテッドが言ってた! 『同性なら問題ない』って! そんな意味があったのか!)
しかも、ややこしいことにレオディーナはその時男装しており、ギルバート達は彼女のことを『レオ』少年だと思っている。
(いや、でも二回目はタニアさんもいたし。いや、保護者の許可があったって言い張れるかは微妙過ぎるかな。でもガラリア様を助けるためには必要だったし。それに繋がったと考えれば一度目も弁解の余地が――)
「レオディーナ嬢?」
「っ!?」
バンクレットに声をかけられ、レオディーナはハッと我に返った。
「まさかとは思うが――」
「も、もう先生ったら! そういう大事なことはもっと早く教えてくれたらよかったのに!」
「ああ、君の環境だと私以外の魔導士や魔力量の多い子供と触れ合う機会はないから話すまでもない思ったのだが、その通りだな。これからは注意しよう」
不思議そうに眉をしかめるバンクレットに、レオディーナは早口でまくし立てた。
「じゃあ、さっそくお義姉さまに魔力を流しましょうっ。さ、お義姉様っ」
「はい、よろしくお願いします、ディーナ」
「ちょっと待ちたまえ。今回はレオディーナ嬢が魔力を流している状態で、ルナリア嬢に魔道具を使ってもらう。なので態勢は――」
簡素な魔道具で魔法を使う感覚を掴むのに、簡素な魔道具を使うことがある。それを採用したバンクレットは、ルナリアにペンライトのような魔道具を両手で握らせる。
そして、レオディーナはそのルナリアの背中に抱き着いていた。
「大丈夫、お義姉さま?」
「え、ええ、少しくすぐったい……」
「では、始めなさい。最初はゆっくりとだ」
「はい、先生」
魔力を流し始めると、布越しに伝わってくるお互いの体温をより直接感じるようになり、体が繋がったような一体感を覚える。その感覚の中で、ルナリアの魔力は彼女の奥深くで固く縮こまっていた。
「ルナリア嬢、魔道具は使えるかね? 遠慮はいらないから、思い切り力を込めて光らせてみなさい」
「ん、んんーっ」
「魔力がルナリア嬢の手まで届いていないな。レオディーナ嬢、流す魔力の勢いを少しずつ強めなさい」
「うん、これくらい?」
「もう少し強く。蛇口をゆっくり捻るイメージだ」
言われた通り、流す魔力の量と勢いを増やすのに比例して、二人の一体感は強まっていった。
(蛇口?)
(そっか。家と違ってここって下水はあっても浄水は無いもんね)
呼吸や鼓動が重なり、言葉どころか視線すら交わさずにお互いの感情が……何を考えているのかが分かる気がする。
すると、突然ルナリアとの一体感がさらに深まった。まるで心臓が繋がったような、一つになったよう感覚。
「よし、レオディーナ嬢の魔力にルナリア嬢の魔力が混じり始めた! その状態をキープしたまま、魔道具を!」
「「はいっ!」」
ルナリアが握った魔道具の先端に、初めて光が灯る。それは蛍のように微かな光だったが――。
「ぐわっ!?」
「「っ!?」」
次の瞬間、まるで真夏の太陽のような強い光を放ち、「パンっ!」という乾いた音を響かせた。バンクレット拝命をあげて目を抑え、ルナリアとレオディーナは抱き合ったまま倒れ込んだ。
「くっ、レオディーナ嬢。魔力をまだ流しているのなら、ゆっくり止めなさい。それと、二人とも怪我は……痛いところはないか?」
「あい~」
「大丈夫……だと思います……」
「なら、目が見えるようになるまでそのままでいなさい。動くと危険だ」
目が眩んで視界が効かない三人は、そのまま暫くそのままの姿勢でいた。
(すごかったな。あんな感覚になるんだったら、男女でやってはいけないって風潮も納得かな)
流す魔力の量を絞り、止めてレオディーナはそう思っていた。あれほどの、それも心地良い一体感を覚えたら、立場や歳の差を忘れて恋愛感情が芽生えてしまっても無理はないと。
(坊ちゃん大丈夫かな?)
一回目の螺旋訓練法の感覚を伝えるために行った時は、そこまで強く魔力を流さなかったと思う。しかし、二回目。ガラテアにかけられた呪いを解呪するために行った時は、時間は短かったが今回ルナリアに流したのと同じかそれ以上の勢いだった気がする。
(まあ、大丈夫かな。あの後もいつもと同じだったし。うん、多分)
そう思いを巡らせている間に、徐々にレオディーナの視界が戻って来た。
「う……あ、お義姉さま。魔道具が壊れちゃってます」
その目に映ったのは、ルナリアが握る魔道具が半ばで折れているのと、床に転がるその破片だった。
「え? ど、どうしましょう? ごめんなさい、先生」
「いや、謝る必要はない。指を切るかもしれないから、破片に触れないように」
身を起こしたバンクレットは、ルナリアから魔道具を受け取ると懐から取り出したハンカチでそれを包んだ。
「先生、もう見えるようになったの?」
「『魔力感知』の魔法で魔道具の位置を探っただけだ。しかし、蝋燭以下にしか光れないあれほど輝くとは、凄まじい」
「やっぱり、私のせいなんですね」
「おそらく、幼い頃から押し込められていたルナリア嬢の魔力がレオディーナ嬢の魔力に解され、一気に決壊したのだろう。
だからこれは事故だ。そして、授業中の事故は監督者である私の責任だ。君が気にすることはない。寧ろ喜びなさい。まだ適性は分からないが、君の魔力量はかなりのものだぞ」
バンクレットは肩を落とすルナリアをそう元気づける。
「しかし、魔力量や適性の計測は後日にしよう。正確を期すためにも、落ち着いてからの方がいい」
そして、ハンカチと請われた魔道具をしまってそう続けた。……魔力量や適性の計測に使う魔道具は、壊れたそれとは違い高価なのだ。
オルフェ伯爵領の主な代官や文官達を集めて行われたアルベルト主催の会議では、事前に書面で知らせていた通りの内容が発表された。
伯爵領の統治方針の転換と、行われる政策についてだ。
騎士団や警備兵だけでなく文官等の各種人員の増員。各種ギルドの支部の誘致、神殿との交流の再開、街道の整備などの公共事業の拡大、それに伴う予算の大増額。
同時に、来年からの長期的な減税を行う。
支出を増やして収入を減らす政策の発表に、当然オルフェ伯爵領の町を治める代官や、その側近である文官達は反発した。
「栄えあるオルフェ伯爵家騎士団に。どこの馬の骨とも知れぬ傭兵を入れるなど瘴気とは思えません!」
「落ち着いて話してくれないか? 前もって書類で通知しておいただろう」
トーラス達に叙勲させ騎士団に登用することを改めて告げた途端、怒鳴りだす代官にアルベルトは面食らった。(現実の会議では、歌劇のそれと違ってもっと冷静に話し合うものだと思っていたが……私が文官見習いだった頃と変わったのか?)
ちなみに、トーラス達が『どこの馬の骨とも知らない』者達ではなく、先代伯爵の腹違いの兄弟の子や孫であることは当人達の希望で伏せてあった。
(この分ではそれで正解だったな)
明かしていれば、伯爵家に恨みを持つ者を集めて何かを企んでいると邪推されていただろう。
「傭兵ギルドに属している傭兵を騎士に登用するのは、王国において珍しいことではない。前例はいくらでもある」
それはラドグリン王国では、百年程前からそう珍しいことではなくなっている。
昔は、傭兵と言えば戦時では戦力だが平時はただのならず者。賊となって村々や行商人を襲う傭兵団も珍しくなかった。それが変わったきっかけが、傭兵ギルドの設立だ。
当時、隣国との戦争のない平和な時代が続いていた王国は傭兵達を持て余していた。そこで、王国から支援する形でギルドを組織させ、組合員には様々な優遇を与えるのと引き換えに綱紀粛正を行った。
これが上手くいき、賊と大差ない連中は排除され真っ当な傭兵達が残った。
貴族や商人が、そんな彼らを騎士や専属の護衛として求めるようになるのに時間はかからなかった。
「しかし、人件費はどうするのですか!? 装備や馬の購入に維持費も!」
「それ以外の事業にかかる予算もある! まさか我々に無休で働けと!? それとも再び王国に借金するつもりですか!?」
傭兵達の登用を止めるのが無理だと分かったのか、攻める切り口を変える代官達。
「当座の予算は伯爵家がため込んでいた財貨で賄う。無論、全て使い切るような真似はしない。災害や戦費の徴収に備えるために必要な蓄えは残す」
しかし、オルフェ伯爵家には先代のクラハドールの代から貯め込んできた莫大な金が死蔵されている。それを予算に活用するとアルベルトは言った。
「ですがっ! 蓄えは使えば減る一方! 最初の数年は賄えるとしても、それ以降はどうするおつもりですか!?」
「アルベルト様、これではビルギット様の二の舞です。再び伯爵領の財政が傾きかねません!」
「ルナリア様と婿殿が家督を継いだ後のことも、お考え下さい!」
自身が伯爵の間だけ財政が保てれば、その後破綻しても構わない。代官達は、入り婿の中継ぎ伯爵であるアルベルトが、そう考えているのではないかと危ぶんでいるようだ。
そんな彼らにアルベルトは深いため息を吐いたから、答えた。
「誤解しているようだから言っておくが、これは先々代伯爵が行っていたような過剰な投資や散財ではない。全て常識的な、領主ならやって当然、出来て当たり前のことばかりだ。」
ビルギットが行った伯爵の格にそぐわない大規模な神殿の建築や、高性能で希少な魔道具や豪華なタウンハウスの購入。過剰な騎士や魔道士の雇用とは違う。
アルベルトが発表したのは、ラング子爵達他の領主も行っている常識的な公共事業や福祉政策だ。
「過不足ない人員を雇い、領主の務めとして必要な公共事業を行い、各種ギルドや神殿と円滑な関係を保ち領地を維持する。それに必要なだけの予算を使うだけだ」
「で、では減税はどうなのです!?」
「それは単に、今のオルフェ伯爵領の税が高すぎるから近隣の領地と同じ程度に下げるだけのことだ」
アルベルトが発表した政策は、今までオルフェ伯爵領が使わなさ過ぎた金を使い、取り過ぎていた税金を下げる。言ってしまえばそれだけで、何も特別なことではない。
元々、オルフェ伯爵領は立地も広さも恵まれている。肥沃な平原が多く、農業でも酪農でも可能。森林資源も豊富で、水資源も十分にある。王都にも比較的近く、街道を整備し高額な通行税を取らなければ商人や旅人の行き来も盛んになるはずだ。無いのは鉱物資源と海ぐらい。
オルフェ伯爵領は、まさにラドグリン王国建国当時の王が忠臣に与えた褒章。それを傾けたのがビルギットの散財と、クラハドールの過度な節約だったのだ。
「とはいえ、私一人で適切な予算を作り配分することは難しい。君達の協力が必要だ。今後もよろしく頼む」
そう言いながら、アルベルトは会議に出席している者達の様子を伺う。
(この方針に協力できない者、カタリナの方針に固執する者は今後雇用する者と順次入れ替える)
イエスマンばかりで回りを固めるつもりはないが、ノーしか言わない反対勢力を飼う余裕はない。性急に排除すれば支障をきたすが、徐々に力を削いて遠ざける予定だ。
今のところ、代官達は皆動揺しているがノーマンのように面と向かっては向かってくる者はいなかった。やはり、前もって会議の内容を書類で通知していたからだろう。ならもっと冷静に受け止めてもいいはずだが……。
(カタリナが健在だったころは、こうした会議も行われなかったのだろうな)
彼らは、カタリナのイエスマンだったということだろう。急激な変化についていけていないのだ。
「それと、これは私事だがピッタリア商会を当家の御用商人に加えることをここで述べておく」
そんな動揺している代官達に、アルベルトは付け加えるようにそう言っておいた。代官達にとっては完全に無関係とまではいかないが、確かに私事なので彼等の多くは聞き流した。しかし、一人だけ目に見えて動揺が激しくなったものがいた。
(とりあえずは一人か)
長い間一つの商会に取引を独占させていたのだから、癒着している者もいるだろう。そう予想していたアルベルトは、目についたその一人について調べることにした。
「アルベルト様、ルナリア嬢にはレオディーナ嬢に匹敵する魔法の才能があるようだ」
「っ!?」
屋敷に戻るって齎された衝撃的な報告のせいで、それを忘れそうになったが。
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誤字報告ありがとうございます。




