36話 伯爵家の新たな騎士たち
バンクレットとトーラス達傭兵達に必要な人員を加えたピッタリア商会の一行は、オルフェ伯爵領へ向かった。その規模はキャラバンのようだった。
「必要な人員と品がずいぶん多くなったな、パウル殿」
「伯爵領の支店では備えていない物が多いので」
周囲と比べて重税が課され不景気が続くオルフェ伯爵領のピッタリア商会の支店は、かなり小規模だった。
アルベルトと現地商会員が、連絡を取り合うための事務所として開いた支店だ。キノコ栽培事業を始めてからはやや拡大したが、それでも足りない。
人員に限れば、キノコ栽培場にある事務所の方が揃っているぐらいだ。なら、まずはそっちから人や物を運ぶ手もあったが――。
(アルベルト様が事前に私に根回ししてくれていれば、そうしたのですがね)
アルベルトが拙速に動き過ぎたため、連絡が間に合っていなかった。
「レオディーナ嬢やナタリー様も不自由しているでしょう。……身は安全でしょうが」
「パウル殿、私もその点はあまり心配していない」
アルベルトが連れて行った三名の傭兵は、一番若いサイラスも含めて腕利き揃い。そして何より、レオディーナ本人がいる。攻撃魔法は使えず、護身術の心得すらない少女だがその魔力量は凄まじい。
一人の魔道士も抱えておらず、騎士の数が少なく練度も低い(と思われる)オルフェ伯爵家では彼女達に手出しできないだろう。
「不快な思いはしていると思うが」
「そうだろうな」
しかし、暴言や無礼な態度は、防御結界でも防げない。特にナタリーは身重である。
「しかし、私が何より心配なのはアルベルト様が何かやらかしてしまうことです」
復讐の対象が急死し、目標だった離婚も出来なくなったアルベルトが極端な行動をとってしまうことは、十分考えられる。それをパウルは危惧していた。
例えば、カタリナとの間に生まれた嫡子ではなく、レオディーナを次期伯爵夫人に据えようと企むとか。
(その場合アルベルト様は多分、九割九分上手くいくと思っているのでしょう。たしかに、揃っている条件だけで考えればその通り。私も同意見です)
法律で定められた正当な嫡子ではなく、継承権のない庶子に家を継がせる。その企みはオルフェ伯爵家の場合、かなり容易い。
まず、ルナリアの存在が王国政府に名前以外認知されていない。彼女と彼女の継承権を守りたいと考える者も、存在しない。……伯爵家の家臣や使用人にはいるだろうが、王都に行ったこともない平民の彼らの発言は無力だ。
何より、レオディーナが優秀過ぎる。まだ王国政府は存在を認知していないはずだが、ラング子爵達オルフェ伯爵領の周辺の領を治める貴族には根回し済み。
彼女の回復魔法が欠損部位の再生を可能とすることを公にすれば、王国政府も動くだろう。特に、最近カツラを被らなくてもよくなった法務大臣が軽やかに。
(いや、アルベルト殿にはまだ話していなかったか)
秘密厳守が条件だったので、レオディーナに毛根を再生した貰った客の一人が法務大臣であるのを知るのは、パウルの他数名だけ。商会員ではないアルベルトは、その中に含まれていなかった。
……それはともかく、上記の要因が揃っているのでレオディーナに伯爵家を継がせる陰謀はそう難しくない。ルナリアの婚約者のカルナスとウェンディア伯爵家まで巻き込めば、短期的には万全だ。
「パウル殿、私も同じことを懸念している。そして、父親が道を踏み外すのを見たレオディーナ嬢が、より極端な行動を実行するのは何としても避けなければ。彼女の行動力と魔法なら、国外逃亡も実行できてしまう。……彼女には、なんとしてもこの国で活躍してもらいたい」
「私も同意見です」
アルベルトは束の間の伯爵になって、利益を誘導し続けてもらいたい。そしてレオディーナとは、今後もこの国でビジネスを続けていきたい。それがパウルとピッタリア商会にとって最大の利益になる。
「失礼ながら言わせていただきますが……何をやっているんですか、あなたは」
「すまなかった」
そして、オルフェ伯爵邸に到着して再会したビジネスパートナーは、パウルに平伏せんばかりの勢いで頭を下げていた。
「まったく。気持ちは分かりますが……」
パウルはアルベルトの口から、彼がカタリナの葬儀後にやろうとしたこと、そしてそれを止めたことを聞かされた。そして、一言叱責して呆れと安堵の混じったため息を吐く。
上記のように条件だけを考えるなら、アルベルトの企みは十分達成可能だ。血迷うのも分かる。
「そもそも、あのレオディーナ嬢や奥様がそんな企みに賛成するはずがないではありませんか」
しかし、どんなに条件が揃っていても肝心のレオディーナが協力しないのなら達成の見込みは皆無だ。
「奥様はあなたとレオディーナ嬢がいればそれで満ち足りる方。レオディーナ嬢は、自身の興味や好奇心を優先する気質の持ち主。わざわざ手を汚してまで貴族になりたがりはしませんよ」
ナタリーとレオディーナにとって、伯爵夫人と伯爵令嬢の地位や財産はリスクを冒すほどの価値はない。旧貴族街の屋敷とも言えないあの家での生活で、充分なのだ。
「何よりお二人とも、特にレオディーナ嬢は大変優しい。あなたがルナリア嬢を押しのけるのはもちろん、虐げるのを黙って見ているなんて出来る方々ではありません。加担するなんて論外でしょう」
そしてなにより、レオディーナはパウルから見て優しい気質の持ち主だ。例えば、彼なら助けを求めている人を前にしても利益にならない、寧ろ不利益を被ると判断すれば見捨てる。しかし、二人なら程度にもよるが不利益しかなくても構わず助けようとするだろう。
ルナリアに対する態度がまさにそれだ。
「その通りだ。返す言葉もない」
頭をより深く下げるアルベルトに、パウルは再びため息を吐いた。
「とはいえ、そのお二人のお陰で踏みとどまっていただけたようですし、私からは以上としましょう」
アルベルトはナタリーの説得に応じ、ルナリアと彼女の婚約者カルナスにオルフェ伯爵家の家督と領地を継がせることにした。なら、パウルにとってはそれで良しだ。
(奥様には本当に感謝しなければ。犯罪……それも重罪とされるものは短期的には上手くいっても、後々まで隠蔽し続けなければならいハイリスクな行為なのですから。しないに越したことはありません)
レオディーナを次期オルフェ伯爵夫人にする企みは、当人たちの協力さえあればほぼ確実に成功する。しかし、問題はその後だ。家督の継承、それも上位貴族の家督の継承に関する犯罪は後々まで尾を引く。政治が絡むからだ。
上位貴族である以上利害が対立している政敵や、同じ派閥でも取って代わろうと企む者、ただの私怨……様々な敵がいる。弱味を探るそうした敵に、代わる代わる腹を探られ続ける。特に、家の継承に関わる罪は何十年とどころではない。レオディーナの子々孫々、オルフェ家が続く限り嗅ぎまわられるだろう。
(とても割に合わない。少なくとも、レオディーナ嬢にとっては。彼女なら、伯爵位ぐらいなら正規の手段で手に入れられる。当人の意志に関わらず)
十歳を前にして大の中以上の魔力量に、欠損部位の再生を可能にする魔法技術を持つ天才。当人は将来の選択肢の一つぐらいの感覚だろうが、王国政府がレオディーナの実力を知れば何としても囲い込もうと……首輪をつけようとするだろう。
彼女を一介の魔道士のまま放置しておくなんて、出来るはずがない。ルーツが多少厄介だったとしても。
「……感謝する、友よ。次はないと肝に銘じよう」
「それはともかくトーラス以下十名は志願してくれるそうです。手続きをお願いいたします」
「願ってもないことだ。まだ人数は足りないが、これでディーナも一息つくことが出来るだろう。……ルナリアの護衛も担当してもらうことになりそうだが。まさか、奴らの尻がああも軽いとは思わなかった」
「いっそ解雇……とはいきませんか。賊に転身して隠れ潜みながら伯爵領を荒らす危険性もある」
「それに、生まれた時からこの家に仕えていた連中だ。何か握っているかもしれない」
クラハドールが当主だった頃の醜聞を知っている。もしくは、汚職を冒しているかもしれない。解雇するにしても、その前にそれらを把握しておきたい。
それに、人事権は伯爵のアルベルトにあるが相当する理由のない解雇、それも使用人ではなく文官や騎士を解雇するのは外聞が悪い。
「ところで、ロミリアはどうだ?」
「王都でまだ勉強しています。予定がこうも早まるとは思いませんでしたからね。サイラスにはもうしばらく骨を折ってもらいましょう。
話は変わりますがアルベルト様、こちらを」
短いが人事の話が終わったタイミングで、パウルは持参した書類をアルベルトに差し出した。
「奥様の祖父母、レオディーナ嬢の曾祖父母に関する調査報告書です。平民の私では確証は得られませんでしたが、信用に足る結果かと」
「……なるほど。ディーナの莫大な魔力量の理由はこれかもしれない」
時間はやや巻き戻り、ルザム・オルドレー団長とブルゴ・ルルモンド副商会長からの賄賂を拒絶したナタリーとレオディーナは、その足でルナリアの部屋へ直行した。
「誰かがルナリアさんに、『私達が賄賂を受け取っていた』とかあの人達と『密談していた』なんて吹き込むかもしれないわ」
「誤解されないように、お義姉さまには話しておかないとね」
ルザムについて警告したケイティはともかく、他のオルフェ伯爵家の使用人なら大切なお嬢様と入り婿の愛人とその娘の離間工作ぐらいしかねない。彼女達が食堂に行くように工作したメイドもいるのだし。
「証人がいないのが痛いですね。信じてくれるでしょうか?」
そう二人の従僕に扮して護衛しているサイラスが疑問を呈する。本心はどうあれ、ルザムは長年伯爵家に仕える騎士団長。ブルゴは御用商人の息子だ。しかし、二人はあまり心配していなかった。
「ルザムとルルモンド商会が……」
そして部屋で話を打ち明けられたルナリアは驚いてはいたが、ナタリーとレオディーナを疑う様子はなかった。
「今になって思い出しましたが、お母様の葬儀の直後に商会長やルザムと話をする機会がありました」
「その時、どんな話をされたか覚えていますか?」
「……あまり。でも、伯爵家の今後について熱心に話していたと思います」
当時のルナリアは、世界の中心と言っても過言ではない母が、それも今までの彼女の教育方針と真逆の遺言を残して亡くなったショックで何も考えられなかった。
しかも、実父のアルベルトは葬儀の直後に王都へ旅立ち、家族同然の使用人達も彼女と同じような状態。ルナリアを立ち直らせられる者はいなかった。
ルザム達はそんな状態のルナリアに、自分達に都合のいいことを吹き込もうとしていたようだ。
「これから……どうすればいいと思いますか?」
「じゃあ、とりあえず何か食べましょう!」
「そうね。お菓子に連れられて食堂に行ったのに、何も食べられなかったし」
初めて会った時と同じように不安に瞳を揺らせるルナリアの問いに、レオディーナはそう提案した。ナタリーも即座に同意する。
実は二人は内心焦っていた。
ルザムとブルゴに舐められた苛立ちから、彼女達はルナリアに彼らの行いを訴えた。そして二人の予想通りルナリアは彼女達を信じた。しかし、それによってルナリアが受けるショックの大きさに考えが及んでいなかった。
(もうちょっと言い方とか色々気遣いするべきだったわよね!)
ルナリアに打ち明けたのは正しかったと思っているが、彼女の精神的なフォローをしなくていい理由にはならない。
「では食堂に、あれ? でもまだルザム達がいるかも。ではケイティを呼んで――」
「それよりお義姉さま、裏庭に行きましょう。新鮮なイチゴをご馳走するわ」
気分を変えるために、レオディーナはルナリアを連れ出し魔法でイチゴを生やして見せた。効果は覿面で、ルナリアの表情は明るくなり、彼女とナタリー自身もお腹を満たすことが出来た。
そして翌日、レオディーナとナタリーが待ちに待った相手がやって来た。
「パウルさん、バンクレット先生、トーラスさんも!」
「これで一安心ね」
十台近い馬車の来訪に伯爵家の使用人たちは騒然としていたが、彼女達にとって待望の待ち人である。
「やっと肩の荷を下ろせる」
それまで二人の従僕兼護衛を務めていたサイラスも、深い安堵の息を吐いた。
「大変でしたね、奥様、レオディーナ嬢。家と残して来た作物は、メアリー達が問題なく世話をしていますよ」
「ありがとう、パウルさん」
「それと奥様、こちらが人員と物資の目録です。ご確認を」
「確かに受け取ったわ」
二年前は文字の読み書きも怪しかったナタリーだが、今ではちょっとした書類仕事ぐらいなら出来るようになっていた。
「では、私はアルベルト様と打ち合わせがあるので」
そして、パウルは護衛の傭兵の案内で執務室に向かった。
「……きっとこれから叱られるのね、パパ」
「パウルさん達にも心配をかけたから、仕方ないわ」
「俺達や隊長が伯爵家の騎士に!?」
その後ろではオルフェ伯爵家が大きく変わる転機が訪れていた。
「ああ、ギルドには話を通してある。あとは旦那……アルベルト様の手続きが終われば叙勲だ」
アルベルトは騎士団の人員を補充するため、トーラス達傭兵を騎士にする話を進めていた。本来なら実現までもっと時間がかかるはずだったが、カタリナの急死で一気に進めることが出来たのだ。
「トーラスさん達が騎士になってくれるの!?」
「良かったわ。これからどうすればいいのかしらって、不安だったのよ」
ルザムからの懐柔を拒絶した二人だったが、不安は覚えていたのだった。
「改めてよろしくお願いします、お嬢。いや、レオディーナお嬢様」
「こちらこそ。でもお嬢でいいよ。それと、ちゃんとお義姉さまも守ってね」
ルザム達が信用できなくなった今、新たに騎士になったトーラス達までルナリアから距離を置いたら彼女の孤立が深まってしまう。
「それはもちろん。伯爵家の騎士になるんだ。ルナリアお嬢様も守るし立てるさ。義理もあるしな」
「義理って、パパの?」
「そうだ。実はな、俺やこのサイラス、それに今回騎士叙勲を受ける連中はオルフェ伯爵や元家臣の血縁なんだ」
「そうだったの!? でも、元家臣はともかくルナリアお義姉さまに親戚はいないって聞いていたけど?」
驚くレオディーナとナタリーに、サイラスは「ちょっと込み入った事情があるんですよ」と苦笑いを浮かべる。
「先々代伯爵のビルギット・オルフェが囲っていた愛人達、その中に俺や隊長の曾祖母や祖母がいたんですよ。つまり、隊長や俺の親はアルベルト様の義理の従兄弟に当たるわけです」
「だが先代のクラハドール・オルフェ伯爵は、父親の愛人やその子供を正式に一族から排除するって手続きを踏んだ。だから、俺達は伯爵家と血は繋がっているだけの他人だ。ややこしいだろ」
「俺達が傭兵団を結成していたのも、その縁です」
ビルギットは、自身の庶子の内男児には兵として訓練を施していた。将来的には騎士や衛兵として身を立てさせるつもりだったのかもしれない。トーラス達の父や祖父はクラハドールに追い出された後、その経験を活かして傭兵として生きてきたのだ。
「そうだったんだ。じゃあ、先代伯爵も惜しいことをしたわね」
「そうね。トーラスさん達を騎士にしていれば、ラング子爵様達に迷惑をかけることもなかったわよね」
オルフェ伯爵家の悪評を聞き、つい最近ルザムの不忠ぶりを目にした二人は口々にそう感想を述べた。
「ははは、そう言っていただけると嬉しい……いや、光栄です」
「騎士様らしい口の利き方に早く慣れないといけませんね、隊長」
「そうだな。だがサイラス、お前に限ってはしばらく後でいいぞ。お前の騎士叙勲はしばらく先になる。とりあえず、今年はそのままお嬢の従僕を続けろ」
「なんで俺だけ!?」
「奥様とお嬢の侍女や従僕の手配がまだ済んでないからだ」
「えぇ……」
やっと慣れない従僕の仕事から解放されると思っていたのにと、がっくりと肩を落とすサイラス。
「安心しろ、その間の給金は色を付けるってアルベルト様が保証してくれてる」
「引き続きお世話になります、サイラスさん」
「はあ、分かりました。任せておいてください」
トーラスや他の同僚たちが合流した今なら、護衛も充実している。従僕の仕事に集中すればいいから、負担も減るはずだ。
そう自身を慰めるサイラスだった。
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