50.生徒会長・宍戸 (ししど)
ゴールデンウィーク明けの、けだるい放課後。
僕は部室へ向かうため、廊下を急ぎ足で歩いていた。
部室への道を急ぐ僕は、廊下の曲がり角を曲がった瞬間、視界が暗転した。
完全に弾き飛ばされて、不覚にも床に這いつくばっていた。
「おっと!すまないね、大丈夫かい?」
顔を上げると、そこには端正な姿があった。激しくぶつかったはずなのに、一切の乱れがない制服。銀縁眼鏡の奥で、細い目をさらに細めて微笑む男――三年、生徒会長の宍戸だった。
「おやっ、君は確か最近、あの野蛮な『熊谷ハーレム』に加わったという男子、山田君だったかな。一体どのような姑息な手段を用いて部に入部したのかな。僕にもご教授願いたいな」
宍戸の言葉には、隠しきれない棘があった。
僕が所属する「歴史探索部」は、部長の毛利さんを筆頭に、住吉さん、武田さんという女子三人と、そしてあの熊谷君がいる。
熊谷君は、歴史マニアなどではない。かつては空手部の期待の星だったが、不良に絡まれていた武田さんを助けるために拳を振るい、暴力事件として処理され退部。行き場を失っていた彼を、毛利さんが拾う形で歴史探索部が設立された経緯がある。
そして、僕が入部する際に部長の毛利さんに言われていた言葉がある。
それは、「宍戸会長には、決して関わるな!」だ。
宍戸は、毛利さんのことを異常なまでに信奉していた。かつて彼女を生徒会に引き入れようとして手ひどく振られ、彼女が部を立ち上げたと知るやいなや「生徒会を辞めて入部する」とまで言い出した男だ。それを力ずくで(文字通り、武道家としての威圧感で)追い払ったのが熊谷君だった。以来、宍戸は熊谷君を激しく嫌悪している。
「……別に、姑息な手段なんて使ってませんよ。僕はただ、部長に誘われただけです」
「ほう、誘われた? あの気高い六花君が、君のような、なんの取り柄もない『狐』を、かい?」
宍戸の言葉に、僕の心臓が跳ねた。
僕の中にいる狐さんの事を、なぜこの男が知ってる?
「……何のことですか」
「とぼけなくていい。類は友を呼ぶ、というやつさ」
宍戸がにやりと笑った瞬間、彼の背後に、巨大な、そして酷く脂ぎった影が揺らめいた。
それは、腹を突き出し、人を食ったような笑みを浮かべる巨大な「狸」の化生。
僕が「狐憑き」であるように、この生徒会長・宍戸もまた、化かし合いを本質とする「狸憑き」の持ち主だったのだ。
「ねぇ、狐さん。宍戸って名前、もしかしてだけど……
『……もしかしなくても、間違いなく毛利家の家臣、宍戸氏の末裔だのう』
……ああ、やっぱりか。「宍戸氏」にオマケに「狸憑き」、確実に面倒なことになるやつだ。「宍戸会長には、決して関わるな!」という毛利さんの言葉の意味が今ならよくわかる。
どうしてよりにもよって、人気のない北校舎の廊下の隅で宍戸会長と遭遇してしまうのか。
というか、宍戸会長はこんな場所に一体何の用があったんだ……?
まさか、歴史探索部のメンバーが通るのを待ち伏せしていた……わけないよなあ。
「最近の君たちは少々目立ちすぎる。学校の風紀を乱す存在は、排除しなければならない……。六花君を、あんな野蛮な熊谷や、不気味な君たちの側から救い出すのは、僕の使命なんだよ」
なんか酷い言われようだし、宍戸会長はなぜこんなに毛利さんに執着しているんだ。宍戸氏の末裔だからっていうのは理由にならないよな。
「……おい!聞いてるのか!」
宍戸の手が僕の肩に置かれる。
その瞬間、ズシリとした重圧が僕を襲った。狸の重しだ。動けない。
「放せよ、宍戸!」
低く、地を這うような声が響いた。
廊下の角から現れたのは、熊谷君だった。
その背後には毛利さんと、不安げな表情の住吉さん、そして不機嫌そうにスマホを弄る武田さんの姿もある。
「やあ、熊谷君。あいかわらず暴力の匂いをプンプンさせているね。空手部を退部しても、その野蛮な性質は治らないようだ」
「お前のその減らず口を叩き潰すくらいなら、空手なんて必要ねえぞ!」
熊谷君が前に出る。
熊谷君の放つ圧倒的な「威圧」は、空手部を辞めた今でも健在である。むしろ、歴史探索部で怪異と対峙する中で、その拳は研ぎ澄まされているだろう。
「あら、宍戸さん。まだ私の部を潰そうなんて考えているの?」
毛利さんが冷ややかに言い放つ。
「六花君! 僕はただ、君をあんな暴力男から守りたい一心で……」
「守る? 誰が誰を? 熊谷君は私の部にとって欠かせない用心棒よ。そして山田君は大切な癒 、(し)……仲間よ。彼らに手を出すなら私が黙っていないわ」
ン? いま僕のこと「癒し」って……言うわけないか。
毛利さんの言葉に宍戸は顔を歪ませた。
「……そこまで言うなら、はっきりさせようじゃないか。歴史探索部が、この学校に存在する価値があるかどうかをね」
宍戸は懐から一枚の書面を取り出した。
「来週、伝統ある『部活動対抗・歴史クイズ大会』が行われる。そこで我が生徒会チームが、君たちを完膚なきまでに叩き潰す。もし君たちが負けたら、歴史探索部は即刻解体。六花君、君は生徒会へ来てもらう」
「ふん、受けて立とうじゃない。でも、私たちが勝ったら?」
「……今後一切、歴史探索部には手を出さないと誓おう」
無謀な賭けだ。熊谷君は武道の人だし、僕はただの狐憑き。住吉さんと武田さんは歴史に詳しいわけじゃない。唯一の希望は部長だが、生徒会側には資料を独占している宍戸がいる。
「いい度胸だ、宍戸。……その代わり、負けて泣き言抜かすなよ」
熊谷君が拳を鳴らす。宍戸は鼻で笑い、僕の肩を一度強く叩いて去っていった。
山田「ねぇ、毛利さん。さっき、僕のことを「癒し」だって言いかけなかった?」
毛利「何を言ってるの山田君。「イヤラシイ仲間」って言ったのよ」




