49.再び咲さんの病院へ。今度はみんなで……
お久しぶりです!
――翌日。
島根での合宿を終えて、一回り成長した(かもしれない)僕たち歴史探索部のメンバー5人は、咲さんが入院している病院へと足を運んでいた。
あの儀式の最中、住吉さんの頭上に現れた咲さんそっくりの霊体。あの謎を確かめたいという思いと、純粋に咲さんを心配する気持ちが、僕たちの足取りを速くさせる。
静かな廊下に僕たちの足音が小さく響く。
病室の前に立つと全員が自然と顔を見合わせる。特に住吉さんは、あの夜の出来事を意識しているのか、少し不安げな面持ちをしている。
「失礼しまーす……」
僕がドアを開けるとベッドの上で体を起こしていた咲さんが、パッと表情を明るくする。
「あっ!みんな、来てくれたんだ!」
その声は思っていたよりも元気そうで、僕たちは一様に胸を撫でおろした。
熊谷君が、「これ、みんなからの差し入れ!」と、来る途中で買ったちょっと高めのゼリーの詰め合わせを差し出すと、咲さんは「わぁ、おいしそう。ありがとう!」と、嬉しそうに目を細めていた。
「体調はどう?咲さん」
毛利さんが優しく声をかけると、咲さんは少しはにかみながら答えた。
「うん、もうすっかり大丈夫。検査でも正常な数値だったし、来週には退院できるって」
たわいもない日常の会話。つい先日、異界で命がけの儀式をしていたなんて嘘のようだ。
今日はこのまま、みんなで笑いあって終わりにしても良いのだが、それだと僕の胸の引っかかりは消えない。
みんなも、きっと、同じ気持ちなのだろう。一通り笑い合った後、ふと静寂が訪れた。
僕は意を決して核心に触れた。
「ねぇ、咲さん……昨日の夜、何してたか覚えてる?」
質問の意図が掴めず、咲さんは小さく首を傾げた。
「昨日の夜? ええと……確か、夕食を食べ終えた後すぐに、急にものすごい睡魔に襲われて泥のように眠っちゃった気がする。その後、なんか、変な夢を見たんだよね」
「……夢?」
隣で住吉さんが、ごくりと息を吞む。
「うん。なんかね、すごく古くて大きな石の柱の前にいる夢。周りには霧が立ち込めてて、すごく寒くて……。でも、そこにみんながいたの。みんなが手を繋いで輪になって、私がその中に混ざって、一生懸命『負けるなー!』って応援してるの。変な夢でしょ?」
そう言って、咲さんはクスクスと笑うが、僕たちの誰も笑えなかった。
メンバー全員の視線が交錯する。
――夢じゃない。
彼女の魂は、確かにあの時、病室を抜け出して僕たちの元へ駆けつけていたのだ。
住吉さんを、そして僕たちを護るために。
「あ、そうだ。それでね」
咲さんは僕たちの様子に気付かないまま、楽しそうに言葉を続ける。
「その夢の中でさ、なぜか、山田君だっけ? キミの頭の上に、すごく可愛いチワワが乗っかってて、ワンワン吠えてるの。あれ、一体なんだったんだろうね?」
「ぶふっ!」
耐え切れず、熊谷君と武田さんが吹き出した。
毛利さんも口元を震わせている。
「ちょ、ちょっと、それは忘れて!」
僕は顔を真っ赤にして抗議した。
ハナコの姿までバッチリ見られていたなんて恥ずかしすぎる。
……けれど、僕の心には、恥ずかしさ以上に温かいものが広がっていた。
「咲さん」
僕は、まだ状況がよく分かっていない彼女に向かって、心からの感謝を告げた。
「夢の中で応援してくれて、ありがとう。おかげで僕たち、すっごく救われたよ」
「え? あ、うん……? どういたしまして?」
不思議そうに首を傾げる咲さんを見て、今度こそ全員で笑い合った。
結局、『神降ろし』によって、咲さん本人の魂を霊体として呼び出していた訳だけど……。この前、霊体の咲さんと一緒にこの病院に来た時と比べ、本体の咲さんは肌の色を取り戻し順調に回復しているようで、一先ず『神降ろし』による影響もなさそうで一安心だ。
咲さんには、異界の事とか聞いてみたいことが多々あるが、それは咲さんが退院してからでも良いだろう。住吉パパは、なんだか苦手なので、情報は出来れば咲さんルートで入手したいものだ。
それから、熊谷君と武田さんは「用事がある」と、早々に病院を後にした。たぶん、これからデートなのだろう。相変わらず仲の良いことで……。
毛利さんは「花瓶の水を変えてくる」と、病室を出て行き、病室は、僕と、咲さんと、住吉さんの3人になる。
……しまった! 毛利さんについて行って、親子水入らずにしてあげるべきだったのでは? ここは「トイレに行ってくる」といって病室を出るべき?
「ところで……あなたたちは、もう、付き合っているの?」
「……は?」
僕が動き出すよりも先に、咲さんに突拍子もない質問をされて変な声を出してしまった。トイレに行くタイミングも失ったようだ。
「ちょ、お母さん! そういうのは、まだ、はやいって!」
「まだ……? 少なくとも、お互い意識しあっているように見えるけど?……まぁ、いいわ。もう一つ気になったのは、いつまで名字で呼び合うつもり? 特に八恵! あなたは、他の3人とは昔から名前で呼び合っていたでしょう。山田くん…いや、項くんも、もう仲間として認めてあげたら?」
「……そ、そーだよね。特に山田って名字、学年に4人もいて一番名前で呼ばれなくちゃいけないのに、なんかゴメンネ。もし、山田君が嫌じゃなければだけど……」
「ぼ、僕は全然嫌じゃないけど……」
「決まりね! じゃあ早速、お互い名前で呼び合ってみて!」
笑顔でそんな提案をする咲さんは、すごく楽しそうだ。
なんか、滅茶苦茶恥ずかしいんだけど……今日は確か、みんなで咲さんを心配して来たはずなんだけど、どうしてこうなった!?
「……コウ、くん」
ややぎこちないけれど、顔を赤めながら照れ臭そうに僕の名前を呼ぶ住吉さんが可愛いんだが……。というか、ナニコレ……すっごく嬉しい!
……って、いつまでも浮かれてちゃダメだ。次は、僕の番だ。ここは、ビシッと決めなきゃ! 覚悟を決めて口を開いた瞬間、僕の脳の回路は完全にショートした。
「……っ、ヤヤヤ、ヤ、エ、しゃんっ!」
盛大に噛んだ。病室にマヌケな響きが虚しく響き渡る。
「……ふふ、なんだか新しい響き。お母さん、私「ヤエしゃん」って呼ばれるの、初めてかも」
「あらあら! 可愛いわね、ヤエしゃんだって! ごちそうさま!」
違う、違うんだ。咲さん、何をごちそうされたんだ。
恥ずかしさの極限にある僕を置き去りにしたまま、病室にはただただ、優しくてふわふわした謎の空気が流れ続けていた。
「じゃあ、八恵ちゃん、またね!」
「ヤエ、ちゃん、またこんど部活で」
帰り際、咲さんに「今日はお邪魔しました。お大事にしてください」と、挨拶をした後、照れ臭さを隠すため、毛利さんの言葉に自然に被せたつもりだったが、毛利さんには二度見されてしまった。
「六花ちゃん、項くん、、バイバイ、またね」
これには、毛利さんは完全に目を見開いていた。
病室を出た後の帰り道、僕は毛利さんに詰め寄られた。
「ちょっと山田君! いつの間に八恵と名前で呼び合うほど仲良くなったの?」
「いや、仲良くなったというか、仲間になったというか……アハハハ」




