46.島根合宿、二日目――歴史探索と、古(いにしえ)の契約
今回、『歴史探索部』は、正式な部活に昇格して初めての合宿ということもあり、無難に一泊二日のスケジュールを組んでいる。
ゴールデンウィークはまだまだ続くけど、これ以上の延泊はできない。みんな「一泊二日」という条件で親の許しをもらって参加しているからだ。
そういう訳で、「せっかくだし、島根を楽しんで来い」という尼子老人の計らいの元、僕たちは昼間の準備をすべて任せ、尼子先生の運転する車に揺られ、本来の合宿の目的である島根の史跡巡りに向かっていた。夜に控えた大事な儀式のことを考えると不安で仕方ないのだが、今はただ、この合宿を全力で楽しもうと思う。
「久恵姉ちゃん、見て! あそこがさっき通ってきた大手門?」
「そうよ、六花。ここから見ると、城下町の構造がよく分かるでしょ?」
国宝・松江城の最上階。遮るもののない風が吹き抜ける天守閣で、顧問の尼子先生……久恵姉ちゃんと毛利さんは、本当の姉妹のように顔を寄せ合って仲良さそうだった。
「現存天守の木造建築、やっぱり本物は迫力が違うな……」
そう言って、部長の毛利さんが、手元のメモ帳に天守の分厚い梁の構造を熱心に書き留める。どんな時でも歴史への探究心を忘れない「歴史マニア」としての彼女の姿勢にはいつも感心させられる。
「毛利さんは相変わらず渋いとこ見るねー。僕はこの『桐の階段』が気になる! 軽くて引き上げやすいように作られてるんだって」
なんて声を上げるのは、ボッチの僕、山田だ。緊迫した気配を少しでも紛らわせたくて、あえて明るい声を出しているつもりだったけれど、気づけば僕自身もこの空間にすっかり夢中になっていた。
「置いてっちゃうぞ!」
「あ、待てよ七美! 急な階段なんだから危ねぇぞ!」
そんな僕たちの心配をよそに、アクティブ派の武田さんが急な木造階段をトントンと軽快に降りていき、満面の笑みで振り返る。その後ろを、熊谷君が苦笑いしつつも楽しそうに慌てて追いかけていく。二人の普段通りのやり取りが、張り詰めそうな、みんなの心をどれだけ救ってくれているか、彼らは知らないだろう。
松江城下の名物・割子そばをみんなで競うように平らげた後、僕たちは荒神谷遺跡の圧倒的な銅剣のレプリカに圧倒され、そして旅の一番の見どころである出雲大社へと辿り着いた。
住吉さんは、出雲大社の神々しい巨大な注連縄を見上げて、ぽつり「……うちの神社の、何倍あるんだろ」なんて言っていた。
「よし、みんなで記念写真撮るよー! はい、チーズ!」
武田さんの掛け声で、僕たちは大注連縄をバックに肩を寄せ合う。
不安に震えていても、笑って過ごしても、等しく夜はやってくる。だからこそ、みんな今というこの瞬間を、精一杯に楽しもうとしている。
カメラのフラッシュが弾けた瞬間、みんなの顔には、この旅一番のはじけるような笑顔が咲いていた。
旅館に戻る移動中。
尼子先生は、僕たちが行った「あちらの世界」の話をしてくれた。
あのような世界を通称『異界』と呼ぶらしい。
『異界』には色々種類があって、その中の一つに怪異によって作り出された『異界』がある。
怪異は、その土地に溜まった澱みから生まれ、そのエネルギーを吸収し続けることで力を得て、『異界』を作り出せるようになるらしい。
旅館『月影館』に戻った後、僕は尼子先生に手招きされ、奥の廊下へと連れ出された。案内された場所は、手入れの行き届いた松が白砂に浮かび上がる静かな庭園だった。
尼子先生は、いつになく真剣な眼差しで僕を見ていた。
「山田くん、君だけをここへ呼んだのは、私たち、尼子と毛利の『裏の歴史』について話さなければならないからなの」
……えっと、みんなの前で話した話が全てではないよってこと? でも、僕にだけ話すって、狐さんの『神降ろし』に関係する話かな?
先生は小さく息を吸い込み、月明かりに照らされた庭へ視線を向けると話を続けた。
「歴史の表舞台では、尼子と毛利はただの戦国大名同士の争いとして記録されているわ。でもね、その裏には、かつて人智を超えた大いなる力の介入があったのよ。……その昔、尼子家が出雲の狐たちと契約を結んだ、という眉唾ものの俗説を、あなたなら信じてくれるかしら?」
「え……出雲の狐、ですか」
「ええ。当時は尼子と毛利、両陣営の裏にそれぞれ狐の眷属たちがついていたの。だけど、時代の流れとともにその繋がりは薄れ……今や毛利家、六花ちゃんの側からは、完全に狐の加護が離れてしまっているわ。今夜の儀式は、境界のバランスを正すためのもの。だけど、毛利の狐が不在のままでは、成功しない。だから、山田くん……あなたの中にいる、狐の力を貸してほしいの」
一瞬、僕の心臓かドクンと跳ねた。
まだ誰にも話していない、僕のなかにいる狐さんの存在を、尼子先生は正確に言い当てた。
……どうして。どうして分かったんだ?
『……落ち着け、小僧! あの教師は狐憑きだ。憑き物同士、互いの気配を察するのは容易いことなのだ』
「そ、そうなんだ…………えっ、……じゃあ、狐さんは最初から尼子先生に狐が憑いているって、知ってたの!?」
僕は即座に叫び返した。
『……まぁ、そうだな。すまん、出自は違えど同族を売るのは、ちと気が引けてな。尼子の血筋であれば、お前がそのうち出雲の狐の伝承から辿り着くかもしれんと思って黙っておったのだ』
「そういう事なら別にいいよ。先生が狐さんのことを知っててビックリしただけだし」
まさか、狐さんに直接関係する話だったとは……
それにしても、出雲の狐かぁ。
納得はいかないものの、別に怒っているわけではない。ただ、先生が狐さんの存在を知っていたことに、心底びっくりしただけだ。
「狐さんとの話し合いは、終わったかな?」
狐さんとのやり取りを見ていた尼子先生が、ニマニマとこちらを見つめている。
……しまった! 驚きすぎて、尼子先生の前で普通に狐さんに話しかけてた。あっ、でも尼子先生は、もう、狐さんの事を知っているから別に良いのか? いや、問題はそこじゃない……はず!
「ふーん、なるほどねぇ……山田君のイマジナリーフレンドの噂、こういう事だったのねぇ……」
……ヤメテェェェェッ!! ソレッ、僕の黒歴史ィィィィィィィッ!!
「――ッ! や、やめてくださいぃぃぃっ! それだけは、それだけは本当に僕の黒歴史なんですッ!!」
抉られた。完璧に古傷を抉られた。まさか身内から精神的致命傷を食らうなんて聞いていない。
今夜の大事な決戦を前に、ライフがゼロになった項なのだった。




