43.島根合宿、一日目
世間はゴールデンウィーク真っ只中。僕ら『歴史探索部』一行は、顧問の尼子先生の運転する車 (アルファード)に揺られ、島根合宿への路をひた走っていた。
「いいかお前ら、今回の合宿の目的はあくまで『歴史探索』だ。決して遊びじゃないからな!」
ハンドルを握る尼子先生が、バックミラー越しに鋭い視線を飛ばす。学校では、ずっと猫をかぶっていたのだろうか、快活に話す尼子先生は、普段のの真面目でおとなしい先生とは違い、どこか野性味を帯びていた。
「……ところで先生。ずっと気になってたんですけど、教員の給料でこんな高級車って乗れるもんなんですか?」
武田さんが、素朴な疑問を投げかける。
「……フン、世の中には『歴史』と同じくらい、知らなくていい裏事情があるんだよ」
窓の外を流れる新緑の景色よりも、顧問の横顔の方が、よっぽどミステリーに満ちていた。
僕たちを乗せた車は、中国山地の深い山道をエンジン音を唸らせながら進む。
窓の外は、見渡す限りの深い緑。民家なんて数十分前から見かけていない。
助手席では毛利さんが地図を広げ、後部座席では、僕と、ようやく母・咲さんの意識が戻って落ち着きを取り戻した住吉さんが、その後ろには、大柄な体格の熊谷君と、常にマイペースでスマホをいじっている武田さんが座っていた。
狐さんは、こちらの世界に戻ってきてからずっと眠ったままだ。
僕は、揺れる車内で少し車酔い気味になりながらも、このメンバーでまた「こちら側の世界」の活動ができることに、密かな安堵を感じていた。
やがて、車は舗装も怪しい細い私道へと入り、鬱蒼と茂る木々の合間にひっそりと佇む、古い日本建築の前で止まった。
「着いたぞ。ここが今回の拠点だ」
そこは、お世辞にも豪華とは言えない、時の流れに取り残されたような古い旅館だった。看板には掠れた文字で『月影館』とある。
車から降りると、玄関から腰の曲がった老夫婦が出てきた。
「おお、久恵か。よく帰ってきたな」
「じいちゃん、ばあちゃん! ただいま」
尼子先生が駆け寄る。そこで僕たちは衝撃の事実を聞かされることになる。
「あの、先生……。じいちゃん、ばあちゃんって?」
僕の問いに、先生はあっけらかんと答えた。
「ああ、言ってなかったか。ここは私の実家で、この二人は私の祖父母。で、そこの部長・毛利六花の祖父母でもある」
部員一同、口をあんぐりと開けた。
「えっ、じゃあ先生と毛利さんは……」
「そうだよ。久恵ねーちゃんは、私の従姉。まあ、学校じゃ立場があるから伏せてたけど」
毛利さんがさらりと言ってのける。他のメンバーは互いに顔を見合わせた。
「さて、挨拶はそこまでだ。じいちゃんたちの厚意で、今は使ってない『旧館』を無料で貸してもらえることになった。ただし条件がある。……自分の寝る場所は、自分たちで掃除すること!」
渡されたのは、バケツと雑巾。
案内された旧館は、本館以上に「出る」雰囲気が漂っていた。
廊下を歩くたびにギィ、ギィと床が悲鳴を上げ、窓を覆う蜘蛛の巣が午後の陽光を遮っている。
「うわぁ……これは気合入れないと寝られないね」
住吉さんが困ったように微笑む。
それから数時間、僕たちは必死に埃と格闘した。武田さんは「だるいー」と言いつつも、意外と手際よく窓を拭き上げていく。
畳を上げ、拭き掃除をし、布団を干す。住吉さんと協力して古い棚を動かしたとき、彼女の手がふと僕の手に触れた。
「あ、ごめん山田くん。……ねえ、こうやって普通に掃除してるのが、なんだか不思議だね」
「そうだね。あっちの世界じゃ、掃除どころじゃなかったから」
僕たちは小さく笑い合った。あの悪夢のような日々を経て、今はこうして「ただの中学生」として、古い旅館の掃除をしている。それがたまらなく愛おしい時間に思えた。
掃除が終わる頃には、全員が埃まみれで、額にはじんわりと汗が浮かんでいた。
「よし、掃除完了! じいちゃんたちが風呂を沸かしてくれてる。汗を流してこい!」
旅館の風呂は、これまた年季の入った檜風呂だった。
男湯では、僕と熊谷君が並んで湯船に浸かる。
「なぁ山田。島根って言えば、神話の国だよな。出雲に尼子氏……。この合宿、なんだかマジでワクワクするな」
熊谷君が熱っぽく語る。確かに、この静寂と空気感は、都会では味わえない「何か」が潜んでいる予感がした。
風呂から上がり、夕食までの時間。
夕闇が迫り、山特有の冷気が足元を通り抜ける。
本館の広間に集まった僕たちの前で、武田さんがスマホを放り出して退屈そうに言った。
「ねえ、暇じゃない? テレビも電波も微妙だし」
そして、武田さんがニヤリと笑う。
「さっき、来る途中にあったじゃん。古くてボロボロの神社。あそこ、地元じゃ有名な心霊スポットなんだってさ。掃除で体も動かしたし、次は精神を刺激しようよ」
「……肝試し、ってこと?」
住吉さんが少し不安そうに聞き返す。
「そう! この五人でさ。島根の夜を、まずは体感しに行こうよ」
毛利さんも、不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「いいわね。土地の神様にご挨拶に行くのも、歴史部の務めよね」
尼子先生は「私はじいちゃんと酒を飲むから、羽目を外さない程度にな」と、止めようともしない。
こうして僕たちは、手渡された数本の懐中電灯を頼りに、島根の山奥へと足を踏み出すことになった。
神社までの道は、街灯一つない。
自分たちが照らす光の円だけが、頼りない現実を繋ぎ止めていた。
ふと、背後の暗闇から、カサリと何かが動く音がした気がして、僕は住吉さんの隣に距離を詰めた。
あっちの世界のような怪異はもういないはずだ。
けれど、この「神々の国」の夜には、また別の何かが潜んでいる――。
そんな予感に背中を撫でられながら、僕たちは石段の前にたどり着いた。
ついに、毛利部長が正式な部にする為に奮闘していた理由が明らかに……
山田「なるほど、正式な部にならないと合宿できないのは分かったけど……別に、部活動じゃなくても、普通に誘ってくれたら来てたのに……」
毛利部長「……マジか!」




