41.八剣祭祀⑥ーー終幕。
そこには、尻餅をついたまま、わなわなと震える庄屋の息子がいた。
自分の最高傑作だった化物を、物欲まみれの謎の新技で消し飛ばされたのだ。ショックじゃないはずがない。
「……ふ、ふざけるな! なにが、陣羽織だっ!!」
男の瞳から、スッと光が消える。
同時に、地面に溜まっていた「黒い水」の残滓が、生き物のように男の体に吸い込まれ始めた。
男の皮膚が、みるみるうちに黒く変色していく。
人の形を保つことを捨て、街全体の「悪意」そのものと同化しようとしているみたいだ。
土手の向こう、街のあちこちから「ドクン、ドクン」と不気味な心音が響き始めた。
川の底から、今までとは比べ物にならないほど濃い、漆黒の「何か」が這り出してくる。
その時、住吉パパの吹く笛の音色が変わった。
そろそろ終幕が近いようだ。
住吉さんの巫女の舞がよりいっそう激しさを増し、高く澄んだ笛の音と、地を震わせる太鼓の連打が響き渡る。
そして、僕達の視界に飛び込んできたのは、住吉パパが複数の楽器を器用に操っている姿だった。
笛が、ひときわ鋭い音を奏でると、続いてパパの叫びが周囲に響く。
「今だ! 八剣を、澱みの中心へ投げ込め!」
きた! パパの合図だ。だけど、今、川の方ではなく、澱みの中心と言ったか?
僕は思わず、澄んだままの川面と、街から流れてくる黒い水を見比べた。
まぁ、何か原因があるとすれば、あっち側としか思えないもんな。
僕達は、協力して土手の上に転がっている八本の刀を集めると、庄屋の息子がいる方へと投げ込んだ。
八本の刀は放物線を描き、庄屋の息子が立っている真っ黒な水溜まりへと次々に突き刺さる。
同時に、周囲を衝撃波が襲う。ただの鉄の塊のはずなのに、『八剣』と『祭祀』の力が共鳴したのか、八本の刀から眩い光が溢れ出した。
ドロドロとした黒い泥水が、その光に触れた端からシュアァァ……と音を立てて透き通った「真水」へと浄化されていく。
そして、僕たちの背後の空間が陽炎のように揺らぎ、そこにあるはずのない、巨大で荘厳な「光の鳥居」が姿を現した。
毛利さんが感嘆の声を漏らした瞬間、浄化された水面が大きく盛り上がり、神様が遣わしたであろう、十メートルはあろうかという「巨大な錦鯉」がバシャァァッ!と跳ね上がった。
「うわぁぁっ!? な、なんで僕が乗ってるのー!?」
気がつけば、僕はなぜかその巨大な鯉の背中に、ロデオのように跨っていた。
鯉の鱗は黄金色に輝き、その背中からは温かな、けれど圧倒的な神気が溢れている。
「山田! そのまま突っ込め!!」
熊谷君の叫びを背に、巨大鯉は空を駆けるように、黒い怨念の塊と化した庄屋の息子へ向かって突進を開始する。
「う、うおおぉぉぉっ! 陣羽織も堪能したし、新技も出したし、こうなったらヤケだ! 喰らえぇぇっ!!」
黄金の鯉と一体化した僕の突撃が、男の胸中にある「澱みの核」を真っ向から貫く。
黒い悪意が霧散し、光が弾けた。
崩れ落ちる男の背後に、空間がパリンと音を立てるようにしてひび割れて行き、現実世界へと続く光り輝く『帰還ゲート』が現れ始める。
「……ふぅ。なんとか、なった……?」
消えゆく巨大鯉の背から、ふらふらとゲートの前に着地すると、みんなも集まってくる。あれに飛び込めば帰れる。しばらく、みんなで勝利を喜んだ後、ゲートをくぐっていると、ふいに住吉さんが足を止めた。
「幸、待って……」
「お姉ちゃん、置いて行かないで……」
……えっと、この世界での住吉さんの知り合いかな?
「咲ちゃん…………と、あれ? 山田君、妹の名前なんだっけ?」
「何、わからない事言ってんの? あっ、ゲート消えそう。住吉さん、もう帰るよ!」
僕は、住吉さんの手を取ると、光の中へと飛び込んだ。




