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ルーランのサンダー妃の捕縛 71

 マーカライトさんとメグも寝所に入って来て、一瞬、立ちすくんだ。


「シャイン?」


 マーカーライトさんが戸惑った声でシャインさんを呼ぶ、彼はマーカライトの隣に立つメグに声をかけた。


「メグ嬢、回復魔法が使えたね? こっちへ来てくれ」

「あ、はい!」


 彼女を見つめた大公が、虚ろな目で呟く。


「スノー? なぜだ?」


 メグは、それを無視して僕の隣で父さんに回復魔法をかけ始める。シャインさんと彼女が手伝ってくれているからか、父さんの鼓動は力強く打ち始めた。浅かった呼吸も安定し始め、深くシッカリと呼吸し出す。


 ——ああ。大丈夫だ。


 僕も持てる魔力の全てを注ぐ。

 ジュリアは死んでないと断言した。

 シャインさんも死なせないと言い切った。


 アイアン大公から腕を離したノワールさんが、大きく息をつく。


「少し離れるぞ。神官長を呼んでくる」


 ノワールさんは、状況が好転したと判断したらしい。

 僕は大きく頷く。


「……リュカオン」

「父さん」


 ——意識が戻った。


 僕は息を吐き出して父さんの首に抱きついた。

 父さんはシャインさとメグを見て、状況を察したようだ。


「……迷惑をかけたか」

「迷惑などではありません」


 シャインさんが微笑んだ時、扉の外で甲高い声が響いた。


「陛下が危篤だというのに、妻である私が呼ばれないというのはどういう事なの? シャインがナイン家の娘を連れて入るのは許せて、私はダメだとでもいうの!」


 マーカーライトは皮肉な笑みを浮かべながら扉へ向かった。


「これは、これは、お妃様。どなたが危篤なんですかね?」

「マーカライト! なんで、あなたまで」

「なんで? 俺は王太子殿下の側付きですので」


 彼女はマーカーライトを突き飛ばすようにして寝所へ入ってくる。

 そして、国王と大公を見て青ざめた。 


「……どういう状況なのかしら? 陛下?」


 シャインさんがマーカーライトに目配せすると、不思議なことに、マーカライトが答えた。


「一命を取り留めたよ。お前の持って来てくれた薬のお陰かね?」

「そ……そうだと、嬉しいのですけど」


 彼女はチラッとアイアン大公へ目線をやって、自分の立場を計りかねるように小さく応えた。


 マーカライトは王妃の隣で目を細めて彼女を見ている。色の違う二つの瞳が、瞬くような気がした。


「なにしろ、お前と弟、マッシュの心遣いだからな」

「……いえ、私などは運んだだけですし」


 父さんはジッと、そんな王妃を見ているだけだ。


「残念だな。私は薬を飲まなかった」

「……え?」

「死ななくて、本当に残念だったな。私が死んだらリュカオンの番か? その次はお前の妹か。マッシュはお前になんて言ったんだろうな。お前と結婚したいから——とでも言ったか?」


 ロザリー妃が国王を睨む。


「お戯れをおっしゃいますのね?」

「薬の成分を調べたよ」


 彼女の顔に微かな焦りが浮かんだ。


「なにしろ、呪い魔法では証拠にならないからな。薬なんていう物証を残したのは、不手際だったんじゃないか? それとも、あの使えない御典医に罪をなすりつけて口を拭うか?」


 マーカーライトさんは、嘲るように嗤った。


「愚かな女だ。マッシュが、お前を妃に迎えるわけがない」

「……なぜですの」

「女は若い方がいいと思ってる男だ。知らないわけじゃないだろ? だから、お前じゃなく、妹に婿入りした。王妃にするのは妹の方でも良かったろうに、抱くなら若い方がいいと思ったのさ。できれば蜂蜜色の金髪がいいんだろうな。スノーに似ているから」


 妃のコメカミに青筋が立ってゆく。


「すでに子も生めない。お前はお払い箱だな。即位した暁には、スノーに似た娘を迎えて子を成そうとでも思ってるだろう。踊らされるだけの、可哀想なロザリー。お前が思う未来は来ない」


 ロザリー妃の体が小刻みに震え、血の気が失せたと思ったら両手を高く差し上げた。


「私に指一本触れようとしなかったお前なんかに——。お前なんかに! 何が分かるっていうの!」


 彼女の体がパチパチと放電する。


「マッシュは私を愛してるのよ。他の誰でもない、私を!」


 ——不味いんじゃない?

 煽りすぎだよ、マーカーライト!


 王妃の目から小さな稲妻が走った時、ジュリアが僕と父さんの前に飛び出して来た。僕の上から覆いかぶさって避雷針になる。彼女が父さんに触れないように気を使ったのがわかった。


 彼女なら魔法の影響は受けない。

 受けないのは分かってるけど、無茶するよな。


「ジュリア!」


 シャインさんが叫ぶのが聞こえたけど、僕はそのままギュッと父さんを抱きしめた。


 大きな音を立てて落ちてきた雷は、僕らを避けて床と壁を焦がした。ジュリアはすぐに僕らから離れて、ロザリー。いや、今はヒステリーで見境を失ったサンダー妃との間に身を置いた。いつでも盾になれるように。


「そこまでだ」


 ノワールさんが、細い扉を開いて入って来た。

 隣の部屋との直通ドアだ。


 彼が神官長を連れてるのを見て、サンダー妃は愕然とした顔で僕たちを見つめた。


 隣でマーカライトさんが嗤う。


「茶番だったな」

「!! マーカーライト、あなた……」


 ——と。


「扉を開きなさい」

 神官長が静かにそう言った。


 マーカライトさんが扉を開くと、神官が二人入って来て彼女の首に戒めの輪を掛ける。ノワールさんが、アイアン大公に嵌めたのと同じものだ。


 ケイデンス王国では罪人に戒めの輪をつける。

 彼女は罪人と断定されたんだ。


「この私に——こんな仕打ちを——ただで済むと思っていないでしょうね」


 ロザリー妃がギリギリと歯を鳴らすのを、神官長は冷たい目で見た。


「あなたには、反逆罪が適用されます。国王ならびに王太子の暗殺未遂、不義密通、情報漏洩、横領、扇動。毒薬を服用させようとした他、今まさに、目の前で、殺そうとなさいました。言い訳は聞きません」


 彼女は蒼白になって喚いた。


「マーカーライトの幻術にかかっただけですわ! 私が見ていたのは、現実の国王でも王太子でもない」

「放った魔法は的確に国王と王太子を狙いました。言い訳はお辞めなさい、見苦しいですよ」


 僕とメグに回復魔法をかけられながら、父さんが静かに言った。


「私を起こしてくれ、リュカオン」

「大丈夫なの、父さん」


 父は白い顔に小さな微笑みを見せる。


「お前が支えてくれればな」


 僕は頷いて、父さんをベッドの上に起き上がらせた。

 父さんは——国王として、威厳の滲む声で自分の妃に宣告する。


「ロザリー。お前を幽閉する。荊の塔へ行きなさい」

「へ……へい」

「マッシュ。お前は……斬首にする。残念に思うが、仕方あるまい。お前の行動は国を乱す。アイアン公爵家からは爵位を剥奪。取り潰す」


 父さんは、ふぅっと息を吐いて僕の頭を抱いた。


「私が決断できなかったばかりに、お前には辛い思いをさせたな。もっと、早くこうしていれば良かった」

「……父さん」


 彼は静かに微笑む。


「ノワールに説教をされた。お前が成長し、成熟するまで、王位は譲らない。それが、父としてできる最善だと。私をもう少し支えてもらえるか、リュカオン」

「……もちろんです」


 今までの記憶が僕の脳裏に飛来して、堪えきれなくなった。目からボロボロと涙が流れ落ちてく。そんな僕を見てジュリアがもらい泣きをしてると、シャインさんが寄って——頭にゲンコツを落とした。


「い、痛い!」

「あの二人には保護魔法がかけてあった。妃がヒステリーを起こすのは想定済みだ。そのくらいの用意もしてないと思ったのか? なんで、雷に飛び出すんだ!」

「だ、だって」

「だってじゃない。君の能力は信じてる。けど——」


 彼はジュリアを抱き寄せて、溜息のような声で言った。


「万が一ってあるじゃないか。心配させないでくれ」

「……ごめんなさい」


 僕は思わず苦笑してしまう。

 言いたかったことは、全部、シャインさんが言ってくれた。


 マーカーライトの呆れたような声が聞こえる。


「ノワール。あんたの弟に、少し人目を気にしろって言ってやってくれ。見てる方がやってられん」

「……珍しいな、マーカライト。私も同意見だ」


 珍しく、メグがクスクスと小さく笑ってるのが聞こえる。

 そうなんだよな。


 少し赤くなって、困った顔で周りを見るジュリア。

 ——魔法解除でも、魔法の効かない体質でもない。


 ジュリアの魔法は、人を笑わせてくれる所だ。


 だから——僕は、彼女が好きで。

 彼女と友達になったんだ。


 父さんに肩を抱かれながら、いい王になろう——そう思った。

 彼女が胸を張って、友達だって言えるように。

 この人達となら、きっと成れる。


 ——と。


 ベッド下に転がってた魔法兵が、戸惑ったように起き上がった。

 二人とも狐にでも摘まれたような顔をしている。


「なにが——あったんでしょうか?」

「ええと。本当に?」


 ノワールさんが二人を軽く睨んで、笑った。

「君達には、あとで反省文を書いてもらうよ。一人、五十枚は必要だな」

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