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シャインの味気ない紅茶 7

 カーテンの隙間から漏れてくる朝の日差しで目が覚めた。

 まだボンヤリとしてはいるが、よく眠ったという感覚がある。


 最近は眠りが深いらしく、短時間でも疲れが取れた気がする。


 ガウンを羽織って椅子に座り、差し込んで来る細い日差しを見つめた。

 細かな塵が光を受けてキラキラと舞っている。

 その向こうにポピーの花が見えた。


 ジュリアが部屋を掃除するようになってから、春の花々が部屋に飾られるようになった。甘い微かな香りが部屋を満たしている。


 軽いノックの音がして、ジュリアが部屋へ入って来る。

 返事を待たなくて良いと言ったのは僕だ。

 朝は反応が遅いし、起きられない事もあるから。


 彼女は盆をテーブルに置き、カーテンを開く。

 日差しの中で僕を見て微笑んでくれる。

 少し眩しいくらいだな。


「おはようございます、シャインさん。今日は良い天気ですよ」

「そのようだね。おはよう、ジュリア」


 そのままテーブルでお茶をセットし、椅子に座っている僕にソーサーごと渡してくれる。


 何も言わなくてもミルクと砂糖をタップリ入れて。

 お茶自体は濃いめなので、ミルクを入れても香りが負けない。


 僕がお茶を飲んでいる間に、彼女はタンスから今日の衣類を出してくれる。

「着替えを手伝いますか?」

 彼女は毎日のように聞いてくるけど、さすがに断る。

「自分でできるよ」


「では、朝食の準備をしてまいります」

「ああ」


 ジュリアが部屋を出て行くと、僕はボンヤリとお茶を飲む。

 甘いミルクの香りと、芳しいダージリンの香り。

 少しづつ目が覚めてくる。


 彼女が働きに来てくれてから、朝の時間が贅沢になった気がする。

 ゆっくりと覚醒していくのが心地いい。


 それまでの僕は、ギリギリまで眠りを貪って起き抜けで食堂へ下がってた。パジャマにガウンでお茶を飲み、朝食を取り、慌てて身支度して家を出たもんだ。馬車に揺られながら、ようやっと目が覚めてくような状態だった。


「期待以上の働きだよな」


 用意された服に着替え、顔を洗う。シャツにはキチンとアイロンが当てられ、ベストやズボンにはブラシがかけられて布目が整ってる。衣類からは、ミントの香りがした。ジュリアがタンスに入れているからだ。


 どうしてミントを入れてるのか聞いたら、彼女は指をピッと立てて教えてくれた。

 ——ミントには防虫効果があるんですよ。

 それから、少し困った顔で。

 ——お嫌いですか?

 そう確認してた。

 ——いや。爽やかな香りだし、嫌いじゃない。


 僕がそう答えるとホッとしたように微笑んで、自分はミントとレモンの香りが好きなのだと教えてくれた。


 移り香のする服を着た僕は、柑橘系のパフュームを腕につける。

 人の好みを気にするなんて、らしくない。


「……らしくないよな」


 朝食にはふわふわのパンケーキを食べて、パスカルではなく、彼女に上着を渡される。


「行ってらっしゃいませ」

「ああ。行って来る」


 実際、こうも甲斐甲斐しく世話を焼かれると……。

 馬車の中で兄貴が珍しく口を開いた。


「顔がヤニ下がってるな」

「そうですか?」

「ああ。ここの所は毎朝な。お前が、ここまで気にいる娘も珍しい」


 ——確かにね。


「でも、まあ、分からんでもない」

「へぇ? 難攻不落の兄貴でも、女性が気になる事がありますか」

「言い方が気に入らないが、ジュリア嬢は賢い女性のようだ。立場をわきまえた行動を取ることができる」


 僕は興味深く兄貴の顔を伺った。


 何しろ、ケイデンス王国随一の淑女と謳われる、アイアン大公の次女を足蹴にした男だ。身分も高く、その美貌と教養の深さでケイデンス王国の薔薇と呼ばれてる女性をね。


 アイアン公爵家の申し入れでは、政治的な臭いがプンプンする。断ったのは頷けるし、見合いを断った数で人の事は言えないけどな。


 相変わらず真面目くさった顔から内情を推し量る事は難しい。ただ、穏やかな色を浮かべる瞳から、兄がジュリアを本当に気に入ってるらしい事が分かる。


「妻にしますか? ツリッチャキが喜びます。妹の行く末を憂いてましたから」

「馬鹿を言うな。彼女に迷惑だ」

「……迷惑ではないでしょう」

「面白みもなければ、付き合いやすいわけでもない。歳だって十歳以上離れてる」

「兄貴でも、そういうの気にするんですね」


 彼はキュッと軽く眉を上げた。


「煩い口だな」

「……すみません」

「お前が貰ったらいいだろう」

「ご冗談を。それこそ、ジュリアに迷惑です」


 自分で答えてから、モヤッとした気分になった。


 ——迷惑。

 だよな。


 家の格なら問題ない。

 伯爵家から男爵家の女性へ求婚なら、大公のお嬢さんへ求婚するより普通だ。

 年齢差も、僕が二十四でジュリアが十八ということで許容の範囲だろう。


 問題は僕の立ち位置だ。

 近衛兵長だって所まではいいけど。


 魔法省トップの兄貴がいて、魔法兵団の運営にまで関わってる。

 妖精眼なんて変な二つ名までついて。


 しかも、彼女を家で雇うのに下心があるんだからな。

 あの能力を魔法兵団に欲しいっていう。


 嫌がるだろうな。

 彼女は自分の能力を体質だと捉えてて、マイナスに考えてるみたいだし。


 ——けど。

 間近で見ていても、あの能力は欲しい。


 朝からモヤモヤとしながら仕事を片付け、昼過ぎに執務室で一息つこうと思った時だ。


「マキシム。お茶が飲みたくないか?」

「そうですね。食堂へ頼んで来ますか」

「ああ。僕はミルクティーで」


 運ばれて来たお茶は濃いめだったし、ミルク入りだった。


「シャイン兵長の好みでミルクティーにしましたが」

「あぁ。そうだね」

「……気に入りませんか?」

「え?」

「渋い顔をされてますけれど」

「いや。十分だよ」


 そうは答えたけど。

 なんでだ?


 砂糖をタップリ入れて、甘いミルクティーを飲んでるっていうのに。

 どうも、期待してたお茶と違う気がする。


 香りも弱いし、少しぬるいし。

 ……なにか、味気ない。


「まいったな」

「兵長?」

「マキシム。君は好みのお茶を煎れてくれる女性はいるかい?」

「え? 突然ですね。ええと、そうですね。お茶なら、母が一番美味しく煎れてくれますかね」

「……羨ましいことだな」


 まだ年若い青年は、不思議そうにしていた。

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