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メグ・マイセンの黒い影 68

 ノワール様のお付きになって、王宮での仕事が増えている。影武者だった頃は、王宮よりも人のお屋敷へ行くことの方が多かったから、戸惑うこともある。


 王宮って……暗い影みたいの、多いんだもの。


 私はノワール様のお仕事で、司法省へ書類を受け取りに行った帰り、二階のホールで寒気に襲われた。軽い目眩がしたから、風に当たろうと思ってテラスへ出て行く。


 少し落ち着いてからノワール様の執務室へ戻ろう。

 今朝も私の顔色が悪いって心配させてしまったから……。


 ノワール様は、とても親切で優しい。

 少し近寄りがたい時もあるけど、立場を考えれば当然なのかもしれない。


 彼の下で働けて、嬉しいと思う反面、自分との立場や育ちの違いを強く感じてしまう。


 ——生まれが、違うんだものね。


 家がいくらか裕福だって言っても、私は下町の庶民だもの。

 いつまでも、こうして夢を見ているわけにもいかない。

 

 ——分かってるのにな。


 テラスを出ると、涼しい風が吹いて来た。

 秋もすっかり深まってる。


「気持ちいい」


 少し気分も良くなったかな。


 ——と。


 手すりに触れた時、暗い影が手すりから私の手に広がった。


 ……ダメ。

 クルクルと目が回る。


 誰かが走って来て、私に向かって手を伸ばす。


「スノー!」


 白毛の混ざったグレーの髪、焼けた肌、確かこの人はアイアン大公だ。一度だけ、リュカオン殿下の影武者として会った事がある。その後ろから、刺すように私を睨んでいるロザリー妃が見えた。


 私の体はグラッと揺れて、手すりを超えて庭の方へ落ちて行く。


 ——ああ、落ちてしまう。


 恐ろしい事が起こってるはずなのに、どこか他人事のように感じる。

 体に衝撃があったと思ったら、テラスから身を乗り出す大公が見えた。

 仰向けになってるみたい。


「おい、大丈夫か?」


 低くて深い、不思議な声が聞こえて、大公の姿を隠すように、色の違う二つの瞳が私を覗き込む。薄紫の瞳と金色に茶が混ざった瞳——ああ、この方はリュカオン殿下の。


 彼は私を抱き上げると、ふいっとテラスを見上げて睨んだ。アイアン大公の隣にロザリー妃が並ぶのが見える。私が見ていたのはそこまで、そのまま意識が途絶えてしまった。


 ——小鬼ちゃんを呼んだ方が良くないか?

 ——しかしな、今の王宮に彼女を呼ぶのは危険だ。

 ——他の人間が危険に陥ってんだけどな?

 ——君の聖魔法では無理か?

 ——緩和はできても解除はできない。

 ——分かった。シャインを呼ぼう。


 私が目を開くと、色違いの瞳が私を覗き込む。


「気づいたな。喋れるか?」

「………はい」

「ああ、起き上がるな。あんた、呪い魔法に影響されてる」

「え?」


 彼の後ろから、ノワール様も私を覗き込んだ。


「メグ。二階から落ちたのを覚えているかい?」

「……はい」

「マーカーライトが下で受け止めてくれたんだ」


 ああ。

 そうだ。


 彼はリュカオン殿下の側付きになった、マーカーライト・ホルス・アイアン様だ。


「ありがとうございます」


 マーカライト様は、私の額に手を当てて軽く眉根を寄せた。


「礼はいらん。もう少し眠ってろ。俺にできるのは、現状維持くらいなんだ」


 彼が何かを呟くと、額に乗った手から暖かなモノが流れ込んで私の瞼が重くなる。呪い魔法……。そうか、あの暗い影は魔法だったのね。


 次に目を開くと、リュカオン殿下が私を覗き込んでいた。


「……殿下」

「気づいたね。ノワールさん、メグが気づいた」

「大丈夫かい、メグ?」

「はい。あの……」

「ああ、もう少し横になっていないさい。ジュリア、飲み物を持ってきてくれないかい?」


 ノワール様の呼びかけで、濃い茶色の髪の可愛らしい感じの女性がカップを手にして寄って来た。この女性がジュリアさん。ノワール様やリュカオン殿下が大切にしている、シャイン様の婚約者の方なのね。


「紅茶にブランデーを混ぜてあるんです。気つけになりますよ」


 彼女は私が起き上がるのを手伝ってくれて、カップを持たせ、飲むのを手伝ってくれた。甘いけど、アルコールで少し辛いお茶を飲むと、お腹の中から熱くなった。


「シャインさん」


 彼女が呼ぶと、淡い瞳のシャイン様が私を見つめて頷く。

 ジュリアさんがホッとしたように微笑んで、私から離れた。


「ルーラン。もう少し回復をかけてやってくれないか?」

「了解。メグ、手を貸して」


 リュカオン殿下が私の手を取って、回復魔法をかけてくれる。

 体が楽になって、意識がハッキリしてきた。


 ——ノワール様にリュカオン殿下、ジュリアさんにシャイン様まで揃って私を見てる。


 私……すごく迷惑をかけた?


「あの、申し訳ありません」


 低くて耳障りの良い声が、少し離れた所から聞こえる。


「あんたが謝ることはない。悪いのは、大公とサンダー妃だ」


 壁にもたれて腕を組み、少し皮肉のこもったような笑みを浮かべ、マーカーライト様が私を見る。


「あそこに居たろ?」

「……はい」


 ノワール様が静かに頷く。


「話せるようなら、何が起こったのか話してくれないかい?」


 私は……戸惑いながら、なんとか落ちる前の状況を説明したけど。

 自分でも上手く説明できたとは思えなかった。


 なのに、シャイン様は意図を汲み取って下さって。

「黒い影が見えたのか。君はハッキリとではなくても、魔法が視覚化できるようだね」

 そう説明して下さった。


 ただ、彼はふうっと息を吐くと、少し困った顔でジュリアさんへ視線を移した。


「どうしようか?」

「どうもこうもありません。解除しましょう」


 ジュリアさんはキッパリとそう言った。

 

「でもなぁ。ジュリアはサンダー妃に顔を覚えられてる。邪魔が入るかもしれない」


 リュカオン殿下がポンっと手を叩き、そんなシャインさんを見て笑った。


「いい事を思いついたんだけど」



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