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ルーランの胸の痛み 65

 

 ——ルーラン。君が王太子であることは、自分で伝えた方がいい。違うか? ジュリアとは友達なんだろう?


 ノワールさんに、そう言われた。

 僕は、あの人のそう言うとこが割と好きだ。


 けど——。

 なかなかな。


 うん。

 タイミングが掴めない感じのままだ。


 ジュリアがシャインさんと友人の依頼でモンテールを留守にしてる。

 彼女が戻って来たら、ちゃんと話そう。


 そんなふうに、思ってはいるんだけど。


 その日は城には行かず、午前に洗濯をして午後に家庭教師が来る日だった。


 モンテール家の洗濯をするのは、僕が自分で言いだしたことだ。

 ルーランって名前も自分で決めた。

 好きな冒険小説に出てきた、道案内役の男の名前だ。


 ここでは、僕は自分の意見を言うことができる。


 もちろん、全部が僕の希望通りになるわけじゃない。

 けど、ちゃんと話を聞いてくれて、ダメな理由も説明してくれる。


 城にいた時は誰も僕に意見を求めたりしなかった。

 僕がして欲しいことを言っても、誰も反対はしない。

 反対はされないけど、肯定もされない。


 すごく遠回りな方法で、僕の要求はいつも捨て置かれる。


 それを考えたら、モンテール家は居心地がいい。

 王室で寝たり起きたりしてる父を思うと、心苦しい気もするけど。


 最近は、ここが——自分の居場所だって思う。


 リュカオンである自分とルーランである自分。

 僕は思う。


 もし、ルーランがいなかったら。

 リュカオンでしかなかったら。

 僕は僕でいられただろうか。


 人の都合で動くだけのリュカオン。


 何度も殺されかかって、面倒だから殺されてやろうかと思うこともあった。今は自分が生き残ること、父を守ることが、僕を殺そうとする奴らへの一番の嫌がらせだって思ってる。


 そう思えたのはルーランのお陰だ。


 ルーランとして、洗濯して、勉強して、好きな本を読んで、庭を好きに歩き回って……パスカルさんに叱られて、アンジュさんにご飯を作ってもらって、サイロンさんを手伝って鶏に餌をやったり、バンタムさんには虫の名前をたくさん教わった。


 それに……ジュリアとも友達なった。

 僕は彼女に自分はルーランじゃないって言えるんだろうか。


 ☆


 ジュリアとシャインさんが戻って来て、ジュリアは興奮気味にカルノボランジュに遭遇した話をしてくれた。


「でも、どうして、あんな所に魔物が居たんだろうね?」


 全く当然の疑問を持って、ジュリアは不思議そうにしてた。

 

 僕は何も言わなかったけど、彼女たちが行ったのはプルパル。荊の塔がある町だ。それだけで、なんだか嫌な気分になるよ。悪巧みの匂いがするっていうのかな。考えすぎだと良いけどね。


 ——ただ。

 やっぱり、ジュリアにはちゃんと教えて置くべきだと思った。

 彼女の身の安全の為にもね。


 その日のノルマを終えて、家庭教師が帰って行くのを玄関で見送って。

 なんとなく台所を覗いたら、ジュリアがお菓子を焼いてるところだった。


「ジュリア。何やってんの?」

「あ、ルーラン。勉強は終わったの?」


 彼女はいつものメイド服で、僕を見て微笑む。


「もう少し待ってて。今ね、クッキー焼いてるから、焼きたてをあげる」

「今日は何のクッキー?」

「ジンジャーとシナモン。あと、クローブとナッツも入れたよ。ほら、ミュートで買って来たの美味しかったじゃない? 似たようなの出来ないかなって。ああ、ミルク飲む? 温めようか」

「飲む」


 彼女はミルクパンにミルクを注ぎながら。


「昨日ね、アンジュさんが頼んだ荷物が来てね。お菓子の材料も一緒に届いたんだよ。蜂蜜も買ってもらえたから、ミルクに入れようか?」


 木偶の間を縫って、彼女はクルクルと動き回ってる。

 ミルクが温まる頃になると、木偶たちは一体、また一体と台所を出て、屋敷の清掃へ出かけたみたいだ。


 ジュリアと二人、ホットミルクを飲む。

 蜂蜜が独特の香りと甘さで口に広がってく。


 体も気持ちも緩んでくみたいだ……。


「ジュリアって、王太子を見たことある?」

「リュカオン王太子殿下? ないなぁ」


 彼女は赤茶色の目を少し細めて、何かを思い出すように空を見つめた。


「でもね。私が子供の時、まだ母が元気だった頃。一度だけ、お城のテラスで手を降ってる両陛下を見たことあるの。あれは、前王妃様だったと思う。遠くからでも蜂蜜色の金髪が綺麗だなって」


 僕は頷く。


「スノー妃は、色の濃い金髪でエメラルドの瞳」

「ケイデンスの宝石って呼ばれてらしたのよね?」


 それから僕を不思議そうに見た。


「そう言えば、ルーランも同じ髪色で同じ瞳の色ね?」

「そうだね。僕は母に似てるんだ」

「そうなの? ルーランのお母様ってすっごい美人なのね?」

「ああ。ケイデンスの宝石って呼ばれてた」


 ジュリアはキョトンとして、しばらく無言で僕を見てた。


「……えっ?」


 戸惑ったような声を出す彼女に、僕は少し緊張しながら言った。


「僕は王太子だよ」

「……まさかぁ。……え?」

「王弟やサンダー妃に何度も殺されかかってね。見かねたノワールさんが、僕をモンテール家に連れてきたんだ」


 彼女は何度も瞬きを繰り返した。


「ルーランって言うのは仮名。だから、週に何日かは城へ行って、王太子の執務をしてる」

「………本当? 何度も殺されかかったの?」

「本当だよ」


 少し強張った声になった僕は、彼女を見るのが怖くなって目を伏せた。


「黙ってて、ゴメン。極秘だから」

「……そうなんだ」


 彼女がジッと僕を見てるのが分かった。


 少し間をおいて、ジュリアは椅子から降りて僕の横に膝をつく。

 ああ、これから王太子として接するのかな?


 ……それは寂しいな。


 そう思ったら、彼女は僕の手を掴んで両手で包んだ。

 それから、少し潤んだような目で僕を見上げる。


「ジュリア?」

「私、ノワール様に感謝する。こうやって、元気に暮らしてるルーランに会えて良かった」

「……僕もノワールさんには感謝してる」


 手を離して立ち上がった彼女は、少し笑って言った。


「抱きしめて、いいかな?」

「……いいけど」


 ふわっと僕の頭を抱いたジュリアは、何度か僕の髪を撫でた。

 メイド服から、お菓子の甘い匂いと、ハーブのような香りがする。

 彼女の腕の中は、とても柔らかかった。


「リュカオン殿下、生きててくれて、ありがとう。あなたが頑張ってくれたから、私はあなたに会えたのよね。お喋りしたり、一緒にミルクを飲んだりできてる」


 ——生きててくれて、ありがとう。


 そんな風に言われるとは思ってなくて、僕は胸が熱くなってくのに戸惑った。


「ジュリア」

「はい」

「クッキー大丈夫?」

「……あ!!!」


 彼女は僕を離してオーブンに走りよる。

 涙ぐみそうになった僕は、慌てて袖で目の当たりを拭った。


 ——泣いたりしたら、格好悪い。


 彼女は焼きたてのクッキーを皿に移して、僕の前に置いてくれた。


「うまく出来てるといいなぁ」

「どれ」


 熱いクッキーを頬張ると、スパイスの香りと甘い味が口に広がった。


「いい感じじゃない?」

「ほんと? どれ」


 彼女もクッキーを頬張って、ニッコリ笑う。


「本当だ。成功だね」

「まあ、ミュートのお土産には負けるけどね」

「ルーラン。可愛くない」


 紙ナプキンを出して、クッキーを何枚も包んだ彼女は、それを僕に差し出しながら首を捻った。


「私はルーランって呼んでいいのよね?」


 僕は笑って答えた。


「もちろん。モンテール家に居るのは、ルーランだよ。城にいる時はリュカオンだけどね」

「んーまあ、どっちでもいいか。あなたは私の友達だもの」


 彼女は、そう言って微笑んだ。

 ホッとしたはずなのに。


 ——嬉しい気持ちの奥の方で、なんでか胸が痛んだ。



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