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マーカーライトのカルノボランジュ 63

 シャインの言った異変を探しながら、森を巡ってみたが、それらしい物は見つからなかった。


「……そこまで離れてるはずないがな」


 収穫祭が行われた町の広場は、森から遠くはなかったが、すぐ側ってわけでもない。森の奥に生息してたんなら、花粉が届くわけがない。


 反対方向から回ってるシャインに望みを託して、俺はジンジャー爺さんの小屋へ戻ってみた。


「………」


 小屋の中から小鬼ちゃんの歌声が聞こえた。


 ——この歌は。

 よく、祖母が歌ってた。


 戸惑いながら、扉を開くと爺さんが起き上がってて、彼女と一緒に歌ってた。彼女は微笑みながら、爺さんの背中を軽く叩いて拍子を取ってる。


 胸がギュッと掴まれるような気がした。

 祖母とジンジャー爺さんが重なって見えたからだ。


 彼女は俺に気づくと、ふわっと笑った。


「お帰りなさい」

「……ああ」


 小屋の中は綺麗に整頓され、爺さんの髪や髭も梳かされて、少し清潔そうな衣類に着替えてた。


「この短時間で、よく爺さんが起き上がったな」

「重湯を食べてくれたからだと思いますよ。やっぱり、ご飯は大事ですよ。ね、お爺さん」


 爺さんは俺を見ると、嬉しそうに笑った。


「マーク」

「おう。久しぶりだな」


 小鬼ちゃんが不思議そうに、俺を呼んだ。


「マーク?」


 彼女に呼ばれた途端に、首筋が総毛立つってのは、どういう事なんだろうな。


「……子供の頃の愛称なんだよ」

「そうなんですか。短くて呼びやすいですね」


 彼女は爺さんの腕を撫でながら、面白そうに言う。


「良かったですね。マークが来てくれて」

「……小鬼ちゃん。俺をマークって呼んでいいのは、家族と幼馴染だけだ」

「え? 私は呼んじゃダメですか?」

「ああ。ダメだ」


 少し困った顔で目を瞬かせる彼女を、俺こそ困った顔で見てたに違いない。

 でも——ダメだ。


 彼女に、そんなふうに呼ばれ続けたら、俺の方が耐えられなくなるだろ。

 目を伏せてる俺を、彼女は不思議そうに見る。


「……分かりました。大事な呼び名なんですね」

「ああ。大事な呼び名だ」

「では、マーカーライトさん。ここへ来て、ジンジャーお爺さんとお話ししててくれませんか?」

「分かった。あんたは?」

「汲み置きの水が少なかったので、少し水瓶に運んで置きたいんです」

「なら——」


 彼女は微笑んで首を振る。


「お爺さん、マーカーライトさんを見て嬉しそうでしょ? 私が汲みに行ってきます」

「……すまないな」


 立ち上がったジュリアと交代して、爺さんの側に座る。


「マーク。いい嫁を貰ったな」

「…違うよ、爺さん。彼女はシャインの嫁だ」

「シャインのか」

「ああ」


 そうだよ。

 彼女はシャインの婚約者だ。


 俺は——。

 自覚したって、全く望みがない感情を持て余す。

 ちょっと、キツイな。


「世の中ってのは、不公平だよな?」

「……そんなものだよ」


 爺さんは目を細めて、枕元の小さな絵を見つめた。

 俺が描いてやった、祖母の絵が飾ってある。


 俺は皮肉な笑みを浮かべて、爺さんの背中を軽く叩く。


「ま、元気出そうぜ」


 ——と。


「キャアア!」


 外から小鬼ちゃんの悲鳴が聞こえた。


「爺さん、動くなよ!」


 外へ飛び出した俺は、ボラにバケツを打ちつける小鬼ちゃんを見つけた。


「小鬼ちゃん!!」


 大きな多肉植物のようなボラが、蔓を伸ばして小鬼ちゃんの体を持ち上げようとしてる。二メートルくらいの大きさだろうか、血のように赤い花びらを持つデカイ花が顔のようにコッチを向いた。頭に血が上ってく。走り込んだ俺は彼女の体を抱き取って蔓から引き剥がし、自分の後ろに放った。


「マーカーライトさん!」

「小屋へ入っとけ!」


 ブツブツと千切れた蔓の断面から、黄色い液体が飛び散って、真っ赤な花の中央から人の悲鳴に似た叫びが聞こえる。しなった蔓の一本が俺の頬を打ち付け、鋭い痛みが走った。


「フザケてんな、草の分際で!」


 俺は身体強化の魔法を使い、腰から短剣を抜く。いつも腰の後ろに一本だけ差してる。魔物系に幻術は効かない。俺は物質関与も炎系の魔法も使えない。握った短剣だけが、ボラを切り裂く武器だ。


 伸びてくる蔓を薙ぎ払うが、いかんせん、短剣だ。一度では蔓をブッタ切ることもできない。俺の体に蔓が巻きつき、動きを封じようとしてくる。くそ、蔓の動きだけは早い。しかも、根を引き抜いて硬い根っこが俺を打ち付ける。


 ——と。


 後ろから、ヒュッと風を切る音がしたと思ったら、ボラの花に矢が刺さった。


「!?」


 振り向けば小鬼ちゃんが、蒼白になって唇を噛みながら、古い弓矢を構えてる。


「彼を離しなさいよ! この、お化け花め!!」


 立て続けに矢を放ち、ボラの花の中央を狙って打ち込んでる。


「なんで出て来た! 小屋に入ってろよ!」

「冗談じゃありません! このワンピースは、シャインさんがスミレみたいに可愛いって、言ってくれたワンピースなんだから! よくもダメにしてくれたわね!!」


 彼女のお陰でボラは攻撃対象を絞れなくなったようだ。蔓の動きが鈍くなった。俺は自分に巻きついた蔓を剣でぶっち切って叫ぶ。


「ワンピースくらい、新しいのを買ってやる! 頼むから中へ入ってろ!」


 古い弓はジンジャー爺さんの物だろう。よく、あんなもんで戦おうって気になる。と、ボラの太い根がジュリアに向かって結構なスピードで伸びてく。もし突き刺さったら、怪我で済まないかもしれない。


「小鬼ちゃん!」

「ジュリア!!」


 彼女の前にシャインが飛び込んで来た。戻って来たんだな。いいタイミングだぜ。奴の淡い髪が広がって、陽の光みたいに見える。シャインが両手を突き出すと地面が火炎を吹き上げた。ボラが火炎に焼かれて踊るようにもがき出す。


「どけ、マーク!」


 ——簡単に言ってくれる。


 俺がなんとか蔓を引きちぎり、ボラを蹴り飛ばして転がると、シャインは火炎の柱を作り出した。コイツが器用に魔法を使うのは知ってるが、火炎で柱を作れたとは驚きだ。


 見ればシャインの目は、いつもの淡いブルーより薄くなって、白に近い色を浮かべてる。コイツがブッ千切れた時に見せる目の色だ。


 ——相当に怒ってんだな。


 ボラは火炎に焼かれ、キーキーと奇妙な声を上げながら燃え落ちた。ボラが燃え落ちたのを確認してから、奴は後ろに立ってる小鬼ちゃんを引き寄せて、しっかりと抱きしめた。


「……怪我してないか?」

「シャインさん。ありがとう。大丈夫です」


 何かってーと磁石みたいにくっつきやがって。

 本当にコイツらときたら——。


 と、小鬼ちゃんがシャインの腕から離れ、俺に飛び込んでくる。


 ——え?


 彼女に抱き竦められた俺は、混乱しながらシャインを見た。

 シャインがホッとした顔で俺に言う。


「ジュリアを守ってくれて、ありがとう。マーク」

「………いや」


 華奢な体、小さな頭、暖かい腕。

 どこも怪我をしてない。

 本当に良かった。


 そう思いながら——。

 俺にしがみついてる彼女へ、泣きたい気分で声をかける。


「無事で良かったな。……離してくれないか?」


 彼女は俺を見上げて手を離し、赤みの強い茶色の目で覗き込むように見た。それからハンカチを出して、俺の頬に当てた。ああ、ボラにやられた傷か——。


「ありがとう。マーカーライトさん」

「バカ言え。あんたも、弓で応戦してたろ。だがな、ああいう時は小屋に逃げ込んでるのが、あんたの仕事だ。あんたに何かあったら、俺がソイツに殺されかねない」


 そう言ってシャインを見たら、彼女は困った顔でシャインの腕に戻った。シャインは彼女の頭を撫でながら、言い聞かせるように続ける。


「勇敢なのと無謀なのは違うよ、ジュリア」

「………ごめんなさい」


 ——お似合いなのはいいけどな。


「で、お前らはいつまで抱き合ってる気だ? 本当に……やってられないな」


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