マーカーライトのプルパルの町2 62
——昨日の夕飯のお礼にと思ってさ。
朝飯くらい作ってやろうと早めに起きたら、小鬼ちゃんはすでに起きてた。
「あれ、早いですね? おはようございます」
「あんたもな、小鬼ちゃん」
「それ、止めませんか? 私、ジュリアって名前があるんですけど」
「俺が名前で呼んだら、シャインが拗ねるだろ」
「まさかぁ」
彼女はケラケラ笑ったが、アイツは絶対に拗ねる。
「朝飯くらい俺が作るよ」
「え!!」
「言ったろ? 自分の事くらい自分でできる。今日は、あんたらの分も作るよ」
「やったー! じゃあ、お願いします」
彼女はそう言うと、煎れてたお茶だけ持って行こうとした。
「それ、どうするんだ?」
「シャインさんを起こすんです」
「……ああ、そう」
あの男は少し呪われたらいいんじゃないか?
朝から好いた女にミルクティーで起こしてもらうだと。
俺たちが使ってる部屋へ入った彼女を横目に、俺は卵とミルクを混ぜて塩胡椒する。そりゃな、昨日みたいな飯は作れないが、朝飯くらいなら作れるさ。
先に部屋から出て来た彼女は、両手に洗濯ものを抱えて、そのまま外に行ってしまった。この短時間に洗濯するのか。マメな奴だ。
のそのそと起きて来たシャインが、カップを持ったまま椅子に座ってボンヤリしてる。
アイツは昔から朝が弱いからな。
外から戻って来た小鬼ちゃんは、シャインの手からカップを取って台所へ来た。
「わっ。オムレツだ!」
「トーストはチーズとガーリックな。付け合わせにジャガイモとベーコンを炒めた」
「美味しそうですね。持って行っていいですか?」
「いいよ。コーヒーと紅茶、どっち飲む?」
「私はコーヒーがいいです! シャインさんは紅茶です。あ、シャインさんのは私が煎れます」
「そうか?」
「はい」
鼻歌混じりに紅茶をセットし、朝飯を運ぶ彼女を見てると落ち着かない。
——なんかな。
この妙な居心地の悪さは何なんだろうな。
並んでると彼女の髪からは、なんとなく甘い匂いがする。
香油を使ってるのかもしれないな。
シャインが朝飯を見て目を瞬かせた。
「芸が増えたな、マーカーライト」
「独身が長いもんでね」
「嫌味か?」
「そうかもな」
俺としては——。
「美味しいです! マーカーライトさん、凄い!」
「おう。たくさん食え」
単純に喜んで、パクパクと食べる小鬼ちゃんが見られたから良しとしよう。横でシャインがジトッと見てたけど無視だ。
ジンジャー神官の家には三人で向かう事になった。
魔法のせいじゃないとすれば、小鬼ちゃんを連れてくこともないんだが。
——一人で残しとくのも心配だから。
とか言う、心配性のフィアンセがな。
本当に少し過保護なんじゃないかねぇ。
爺さんが住んでるのは、町から少し離れた森に近い小屋だ。神官とはいえ、高齢な上、彼は上級職につくのを断った。神の仕事は民衆の中でこそ出来るって言ってな。高潔と言えば聞こえはいいが、勿体無い生き方だよ。他人の事は言えないがね。
中に入って、俺は少し溜息が出た。
——前に来た時より、悪化してるな。
部屋は散らかり放題、髪も髭もボサボサ、ボンヤリとベッドに転がって空を見てる。食事もろくに取ってないんだろう。首筋や手は骨が浮き上がってきてる。
「ジンジャー爺さん。来たぜ?」
虚ろな目で俺を見るが、そこには知人を認識した様子がない。
シャインが黒眼鏡を外して、軽く目を細める。
「いつから、こんな感じなんだ?」
「三ヶ月くらい前に来た時、おかしいなって思ったんだ。だが、ここまでじゃなかった。まだ、俺をもてなそうとしてくれたし、何より起き上がってた」
小鬼ちゃんは無言で台所へゆき、湯を沸かし始める。
「ジュリア?」
「体を拭きましょう。重湯なら食べられるかな」
「そうだな。マーカーライト。ここは彼女に任せて、少しあたりを見回ってみよう。前と違うような物を発見したら教えてくれ」
俺に異論のある筈がない。
「すまないな、小鬼ちゃん」
「謝らないで下さい。マーカーライトさん。誰かのお世話ができるのは、幸せなことですよ」
彼女は、いつもの明るい笑顔を向けてくれる。
シャインが俺の腕をポンと叩く。
「行こう」
シャインは町ではなく、森へ一直線に進んでく。
「シャイン?」
「思い出したんだ。ある魔物が放つ花粉を吸い込むと、プルパルで起こってるのと同じような状態になる」
「魔物?」
奴は軽く頷くと、ジッと森の気配を探った。
「カルノボランジュという奴でな。軍ではボラって呼ばれてて、嫌がられてる。ある時期にだけ花粉を飛ばすんだ。それを吸い込むと、酩酊状態が続き、やる気が減退し、衰弱する。近くで吸い込んでしまった場合、そのままボラの栄養分になる」
——魔性の植物か。
「この森に生えてるってか?」
「たぶんな。三ヶ月くらい前か。町で何かなかったか?」
「……収穫祭があった」
「なるほどな。風向きなんかも関係したろうが、村人が集まった所へ花粉が飛んだんだろ」
「どうしたら良いんだ?」
「株を焼き落とし、花粉を吸い込んだと思われる者に、その粉を飲ませる」
「そっか、早く……見つけないとな」
シャインは大きく頷いた。
「ボラは移動する。速度は遅いが、動き回るんだ。触手にも気をつけた方がいい。このままにして、町に死人が出始めれば、ボラは死体に種子を植え出す。一株でも受粉する。雌雄同体なんだよ。人や獣を苗床にして増える」
俺は思わず顔を歪めた。
「ぞっとする話だな」
シャインの顔に剣が浮かんでくる。
「ああ。軍時代に一度、そういう村に派遣された事があった。まだ若い時だったから、思い出すのに時間がかかったよ。くそ。とにかく、急いで見つけないと」
奴は俺を見て地面を指差す。
「ボラは根を抜きながら、少しづつ移動する。モグラ塚に似た穴を見つけたら、辺りを注意して探してくれ。等間隔で穴があったら、近くに本体がいる可能性が高い」
——俺はちょっとした疑問を口にする。
「まだ森にいると思うか?」
「たぶんな。町にはボラが移動した跡はなかった」
「分かった。二手に別れるよう」
「ああ。あんまり小屋を離れるのも心配だ。一回りしたら、いったん神官の小屋へ戻ろう。そこで落ち合って状況の確認だ」
「了解、兵長」
シャインが横目で俺を睨んだが、悪い意味で使ったんじゃない。
奴の口元に小さな笑みが浮かんだ。
「いいか、マーク。見つけても一人で対処しようとするなよ」
俺は懐かしい呼び名に口元を緩めた。
愛称で俺を呼ぶのは、チビの俺を知ってる人か、シャインとツリッチャキだけだ。
——学生に戻った気分だな。




