ジュリアのお仕事とパンケーキ 59
私は思わずシャインさんを見つめてしまった。
「え? マーカーライトさんの依頼ですか?」
起き抜けのシャインさんは、椅子に座ってカップを持ったまま頷く。
「面倒で悪いんだけど、プルパル町まで付き合って欲しいんだ」
「……魔法兵のお仕事、じゃないですよね?」
「うん。マーカーライトの個人的な依頼」
私は少し不思議に思う。
「受けるんですね?」
「……内容がね、気になるんだよ。ああ、君にはアイツが金一封出すそうだ」
——金一封!!
「臨時収入になりますね。分かりました」
シャインさんが目を細め、拗ねたみたいに見た。
「前から思ってるんだけどね。君は僕の収入とか、モンテール家の資産とかに不満があるのか?」
「へ? なんでですか? 全然、不満なんかないですけど」
「なら、なんでお金が欲しいんだい?」
——あら。
シャインさん、分かってないのかな。
「貯蓄は大事ですよ? 世の中は何が起こるか分からないんですから。女性だって、自分で自由にできる貯金を持っておくべきです」
なんなの?
そのジト目。
「旦那が気に入らなくなったら、すぐ出ていけるようにとか?」
私は拗ねた顔のシャインさんに、顔を近づけて力説した。
だって、大事なことだからね。
「違いますよ。いいですか、シャインさん。時勢は流水がごとく移り変わるんです。栄えた物は衰退し、地に落ちたものが盛り返す。そういう——」
急に首を掴まれて、そのまま口付けされる。
彼の吐息で頭の中が真っ白になってく。
目が点になってる私を見て、シャインさんが小さく笑った。
「続けて」
きゅ、急にキスなんかするんだから!
なんかもう、いろいろ、吹っ飛んじゃったじゃないの!
私は何度か瞬きして、平静を取り繕い。
少し口ごもりながら続けた。
「わ……私だって、シャインさんに贈り物とかしたいんです。それに、たまには可愛い服とか買って、着て見せたいなって思ったりもするし」
彼はクスクスと笑った。
「結婚したら、お小遣いくらいあげるけど?」
——違うの。
「それじゃダメなの。シャインさんのお給金は、生活の為に大事に使わなくちゃいけないし。モンテール家の資産はモンテール家のものですから。そりゃ、メイド仕事でお給金をもらい続けるのは——違うかなって思うけど。でも、魔法兵のお仕事とか、今回みたいな臨時仕事の収入は欲しいんです。自分が自由に使いやすいお金として」
私が伺うようにシャインさんを見たら、彼は小さく溜息をついた。
「分かったよ。でもね、覚えておいて、ジュリア。僕は君一人を養えないほど、甲斐性がないつもりはないし。養いたいと思ってるんだ。君と……未来の家族もね」
そんな、優しい目で見られたら、なんか、私がわがまま言ってるみたいじゃない?
「分かってます。頼りにしてますから——シャインさんは、その、私の……夫ですから」
シャインさんは、少し目を見開いてから、照れたみたいに私を見る。
「……じゃあ、もうすぐ妻になる君に頼んでいいかな?」
「はい」
彼は椅子に座ったままで、少し首を伸ばした。
「君の夫にキスしてくれないか?」
「え?」
ああ、シャインさんが待ちになってる。
——ん、もう。
☆
プルパルという町は王都から少し離れた小さな町だそうだ。
日帰りもできなくはない、そういう場所だって話だけど、今回は二泊三日で泊まり込むんだって。
なんでも、町全体に異変が起こってるらしく、調査に入るってシャインさんが言ってた。
シャインさんは——まあ、それで手に負えなかったら、魔法省へ相談するんだけどね。ジュリアには、僕の側付きメイドとして着いて来て欲しいんだ。魔法解除も状況によって頼むかもしれないけど——そう言ってた。
要するに、また、モンテール家を少し留守にするわけで。
「ルーラン、卵白と卵黄は分けるんだよ。それじゃ混ざっちゃう」
「卵の殻だけで分けろってのは、ハードル高い」
「もう一度チャレンジ! 混ざったのは、こっちの器に入れといて。あとでスクランブルにするから」
ルーランにパンケーキの作り方を伝授することになった。
焼きたてが食べたいんだって。
「卵白をメレンゲにします。ツノが立つまでね」
「ツノ?」
「ツノ。こうね、ツンッって立つから」
「ジュリア、腕がつりそうなんだけど」
「料理は気合よ! 頑張って!」
粉を振るって、バニラビーンズを入れて、砂糖とミルクと卵黄をボールにいれる。
「では、メレンゲを潰さないように半分入れて、メレンゲは二回に分けてボールに入れます。全部をサックリ混ぜながらね」
「無茶言うな」
「大丈夫、大丈夫、上手くいってるよ」
フライパンを火にかけて。
「あんまり強火にしないで、焦げちゃうからね。油は少し多めの方が扱いやすいけど、入れすぎると揚がっちゃうよ」
「こんなもん?」
「オーケー」
私とルーランは真剣にフライパンを覗き込んでる。
なんか、真剣なルーランが面白い。
「プツプツが出来てきたら、ひっくり返しどき」
「プツプツ?」
「いいから、見てて」
ルーラン。
本当に背が伸びてきたな。
成長期の男の子って変化が早くてビックリする。
前は髪も少し長めにしてて、愛らしい感じだったけど、最近になってノワールさんみたいにサッパリと刈ってしまった。喉仏も出て来たし、この子、着実に成長してる。美形なのは変わらないけどさ。愛らしさが抜けて来てて——。
お姉さんは、嬉しいような、寂しいような、複雑な気分だなぁ。
「お、ジュリア。プツプツ」
「もう少し全体にプツプツが広がってくるから。ああ、そんな感じかな? そしたら、少し捲ってみて。どう? いい感じ?」
「狐色って感じ」
「よし! ひっくり返すわよ!」
「オッケー!!」
彼は自分で作ったパンケーキを感慨深く眺めてた。
「……できるもんなんだな」
「初めて作ったにしちゃ、及第点じゃない?」
「ジュリアのみたいにフワフワじゃないけどね」
「上等よ。ほら、食べてみようよ。お茶煎れるから。あ、ホットミルクの方がいい?」
「いや、ミルクティー」
「了解」
「ジュリアも食べるでしょ?」
「もちろん!」
彼は私の分のパンケーキにもバターと蜂蜜をかけてくれた。
向かい合ってルーランのパンケーキを食べる。
彼は一口食べて笑った。
「美味い。才能あるかもな」
「なんの才能?」
「料理」
「すぐ調子にのるなぁ」
二人で笑い合いながら、お昼にパンケーキ。
なんか、ちょっと幸せ。




