シャインの悪友1 57
マーカーライトの所為で目まぐるしい一日になった。
ジュリアを取り戻してモンテール家に送り、取って返して魔法省に戻ったら兄貴に呼び出されてた。
執務室で諸事情を説明して、兄貴の提案を聞く。
なんか、ルーランの影武者だった娘が兄貴の側付きになってた。
知らん顔してたけど、兄貴も隅に置けないな。
「お前、顔を冷やしておけよ? 腫れそうな色をしてるぞ」
「そうします」
兄貴はククッと笑いながら、お前は変わらんな、そう言った。
大きなお世話だ。
自分の執務室に戻ったら、すでに夕方だ。
「マイク、変わった事はあったか?」
「そうですねぇ。王太子殿下が珍しく馬を見に行ったくらいですか」
「他には? 誰か殿下を訪ねたか?」
「いえ。メイドが腹痛の薬を持って来たくらいで」
「……そうか。ご苦労だった。ああ、アメリア嬢のことも、悪かったな」
彼はニッコリ笑った。
「いいんですよ。ジュリアさんが無事だったんですから、それが何よりです」
「うん……ありがとう」
兄貴は機会を見て、ルーランがリュカオン王太子殿下である事をジュリアにも教えると言ってた。少しは驚くだろうけど、まあ、彼女は変わらないだろう。自分の立ち位置を把握してくれれば、もっと警戒してくれるかもしれない。
問題が起きてたなら先に相談して欲しかったって言ったら、ジュリアはえらく落ち込んでた。僕としては本音だ。まあ、アメリアに頼み込まれた彼女の気持ちも分かるけどな。彼女は優しいし、未来の義理姉に頼まれてはな。
モンテール家に帰って、ジュリアの夕食を食べて、やっと落ち着いたなって思ってたのに。
「あの……シャインさん」
食事を終えて二階へ上がる前にジュリアに呼び止められた。
「ん?」
「私、マーカーライトさんの所にバッグを忘れたらしいんですけど」
「大事な物でも入ってるのかい? そうでないなら、そのウチに僕が取りに行ってくるよ」
彼女は少し困ったような顔になった。
「いえ、先ほど届いたんです」
「それは良かった……んじゃないのか?」
さらに困った顔になったジュリアは、ポケットから小さな封筒と箱を出した。
「バッグの中に入ってて、読んで下さい」
怪訝に思いながら手紙を読むと——。
親愛なる小鬼様
今日、君に会って一目惚れしたみたいだ。
君が人の婚約者なのはわかってるけど、恋心は治らないね。
婚約っていうのは執行猶予みたいなもんだろ?
僕にもチャンスは残されてるね。
一度でいいから、僕の絵のモデルをしてくれないか?
妖精眼を連れてても構わないから。
君の瞳によく似合う宝石を送る。
モデル料だと思ってくれ。
ああ。あの紅茶はすごく美味しかったから貰うよ。
また君の手で煎れてくれるのを期待してね。
いい返事を待ってる。
君のマーカーライト
「……野郎。何を考えてやがんだ」
「で、ですね。この箱」
彼女が箱を開けると、蝶を形取ったブローチが入っていた。
羽飾りに小粒のガーネットが埋め込んである。
彼女は困惑気味に僕を見た。
「送り返しましょうか?」
「……そうしたい所だけど。僕が預かるよ」
「はい。ええと、それで」
「返事も僕が書く」
ホッとしたように息をついたジュリアは、軽く頭を下げた。
「なんだか、ご迷惑をおかけします」
「で、気になるんだけどね」
「はい?」
「あいつにお茶煎れてやったの?」
「自分のを煎れるついでにですけど」
「……ふぅん」
僕が拗ねた声を出したら、彼女は困ったように眉を下げる。
「あの……いけなかったでしょうか?」
「いけなくはないよ。でもね、ジュリア」
「はい」
「君は僕付きのメイドで、婚約者だ。他の男の世話なんかされると焼ける」
そう言って彼女の頬にキスしたら、顔を赤くしたジュリアに抗議された。
「あ、あの。ここは食堂ですから、そういうのは」
「なら僕の部屋に来るかい?」
「シャインさん。もう夜ですし」
「だから誘ってるんだけど」
僕が揶揄ってることに気づいた彼女は、ぷくっと膨れて睨んだ。
半分くらいは本気だったんだけどね。
「相談してくれて、ありがとう。じゃ、預かっとくよ」
「お願いします」
——くそ。
何が一目惚れだ。
マーカーライトの野郎。
☆
要するにアイツは僕を呼び出したかったんだろう。
そう勝手に解釈して、仕事の休みに一人でマーカーライトの屋敷へ向かった。
アポイントなんか取らなくても、今なら屋敷にいるだろ。
ジュリアに手紙を書いといて出歩くとは思えない。
この間は頭に来てたから庭も目に入らなかったが、相変わらず不思議な庭だ。
彼がここに引っ込む前、この屋敷には彼の祖母が住んでた。品のある優しい女性で、僕やツリッチャキが訪れるといつもアップルパイを焼いてくれた。
マーカーライトは幼くして両親を亡くし、祖母に育てられたそうだ。
捻くれ者のアイツが、唯一、彼女の側にいる時だけは微笑みを絶やさなかった。
アイツは庭の見える居間で、窓を開け放して——絵を描いてた。
「マーカーライト」
庭から回って声をかけると、少し眉を上げて僕を揶揄うように見た。
「妖精眼だけか? 俺は小鬼ちゃんを呼んだんだけどな」
「言わなかったか? 彼女は僕の婚約者だ」
「知ってるぜ?」
「お前に会わせると思うなよ」
彼は小さく笑った。
「残念だな」
「すごく腹ただしいが、彼女から差し入れだよ」
僕がバスケットを差し出すと、マーカーライトは香りだけで嬉しそうに微笑む。
「気が利いてるな」
「ここに差し入れなら、これ一択だろう」
「……ありがとう。茶を煎れてやる。座ってろよ」
椅子に座って、ふっと、キャンバスを覗き込んだ僕は呆気にとられた。
「……ジュリア」
髪を下ろして灰色の帽子を被ったジュリアが、少し上目遣いに微笑んでる。
なんて言えばいい?
そっくりとは言い難いのに、それは彼女だった。
彼女の愛らしさが伝わってくる——優しい絵だ。
戻って来たマーカーライトは、僕が絵を見てるのに気づいて微笑んだ。
まるで……彼の祖母が生きてた時のように。
「よく描けてるだろ? まだ、仕上げが残ってるんだけどな」
「……ああ。よく描けてるな」
奴は僕に紅茶の入ったカップを渡し、バスケットからアップルパイを取り出した。
「懐かしい香りだな」
「そうだな」
「ん、シナモンが効いてる。美味い」
「そりゃ良かった」
ポケットから箱を出して机の上に置くと、少し眉を下げて僕を見た。
「受け取れない」
「ジュリアがそう言ったのか?」
「送り返すって言ったのを預かって来た」
「俺が持ってても使い道がないんだけどな」
「遺品だろ? お前の未来の嫁にやるんだな」
彼は皮肉な笑みを浮かべる。
「だから彼女に贈ったんだ」
「もう一度、ぶん殴ろうか?」
「乱暴な奴だな。いいさ。そのウチに貰ってくれるだろ」
「本気で言ってんのか?」
僕が睨み付けると、マーカーライトは軽く首を竦めた。
「彼女の話は尽きないが、本題に入ってもいいか?」




