ルーランの懸案事項2 56
直通の扉を開くと、女の子にぶつかりそうになった。
「え? あ、ごめん?」
「すみません、リュカオン殿下」
「……メグ嬢?」
彼女は僕の元影武者、メグ・マイセン嬢だった。
執務机に座っていたノワールさんが、僕を見上げて首を捻る。
「どうしたんだ、ルーラン」
「いや……なんで、メグ嬢がいるの?」
普通に女性の格好で、書類を手にしてた彼女は、はにかんだ笑顔を浮かべた。
「ああ。彼女にはここで、私の側付きとして働いてもらうつもりだ。彼女なら君の事情もよく分かってるからね。王宮での諸事情にも通じてる。都合がいい」
彼女は小さく膝を折って、淑女の挨拶をしてくれた。
「よろしくお願いします」
「そう。うん。よろしく」
まあ、いいんだけどね。
ノワールさんが、分かっててやってんなら。
「それより、どうかしたのか?」
「そうだ。ノワールさん、ジュリアが連れ去られたの知ってる?」
彼は持ってたペンを取り落としそうになって、顔に狼狽の色を滲ませた。
珍しいんだよね。
ノワールさんが慌てるのって。
「連れ去られた? どういう事だ?」
「それがさ……。ああ、メグ嬢は居て大丈夫?」
「大丈夫だ。彼女には側付き以上の役割を期待してる」
——また女の子を巻き込むのかぁ。
まぁ、彼女は元々が僕の影武者だ。
今さら政治的な面倒に巻き込みたくないとか、言ってる場合じゃないかな。
「それじゃ話すけど——」
僕は掻い摘んで自分が知った情報だけを説明した。
すると、ノワールさんは大きく溜息をついて眉間に指を当てる。
「マーカーライトか」
「そうなんだ。マーカーライト・ホルス・アイアンは、アイアン公爵家の人間なんだよね?」
聞きたかったのは、そこなんだよね。
政敵側の人間だっていうなら、ジュリアが連れ去られた事の意味も変わってくる。
「縁者ではある。だが、公爵家とは無関係だろうな。マーカーライトは公爵家を追い出されたんだ」
「え? 追い出された?」
「公式にはアイアン公爵家の分家扱いだろうが、実質は厄介払いだ」
「けど、確か、公爵夫人の甥だろ?」
ノワールさんは苦い虫でも噛んだような顔をする。
「あそこは家の中ですら利権争いだ。マーカーライトはアイアン家の直系男子で、本来なら彼こそがアイアン公爵になるはずだった。だが、公爵夫人は王弟という公爵家を上回る血筋の夫を得て、利権争いの勝者になった。マーカーライトの事を多少の資産と郊外の屋敷を与えて追い出したんだよ」
そうまでして家名とか、資産とか、欲しいのかな。
僕なんか、面倒だから人にくれてやりたいくらいなのに。
「でも……なら、どうしてジュリアを連れてったんだろう」
「彼女に興味を持ったんだろう」
ノワールさんが深い溜息をつく。
「ジュリアの立ち位置は、微妙に変化してきている。シャインと婚約したことで、ジュリアの能力はより意味を持つようになった。アイアン公爵家でも彼女をマークしている。彼女は王弟側に取って脅威になりうる。マーカーライトが興味を持つのも頷けるな」
僕は少し緊張してきた。
考えなかったわけじゃないけど、王弟にマークされるのは面倒だな。
ノワールさんが、小さく微笑んだ。
「そんな顔をするな。逆に言えば、彼女には我が家の後ろ盾がついたという事だ。下手に手出しはさせない。が、マーカーライトは面倒だな。しがらみを気にしないで動く奴だから……まあ、シャインが向かったなら心配ない」
それはツリッチャキさんも言ってたけど。
「アイツはあれで強力な魔法使いだ。一つ一つの魔法が中程度だからって、舐めてかかると偉い目に遭わされる。シャインが使える魔法の種類はちょっと類をみないほど多い。それに……」
ノワールさんが面白そうに笑った。
これも凄く珍しい。
「アイツは、ああ見えて短気な武闘派だ」
「……え? いや、見えないけど」
「成人して落ち着いたが、学生の頃のシャインは問題ばかり起こしてたよ」
「そうなんですか?」
「ああ。それこそ、マーカーライトやツリッチャキとつるんでな。あの三人は同期生だ。お互いをよく知ってる。今回は心配ないだろう」
——同期生か。
「だが、そうだな。ルーラン。君が不安に思う気持ちも分かる。どうだろう、ジュリアに君の本来の立場を教えていい頃じゃないかな」
……そう。
僕もそれは考えてる。
ただ——。
ノワールさんは優しい目で僕を見た。
「ジュリアなら、大丈夫だ。違うか?」
「……違わない、と、思う」
僕の立場を知っても、変わらずに接してくれるのか。
ずっと不安な気持ちを持ってる。
でも——。
「それで、少しは身辺に注意してくれるようになるなら、僕も彼女に知っておいて欲しい」
ノワールさんが大きく頷く。
彼はメグさんに視線を移した。
「シャイン近衛兵長の執務室に行って、シャインが戻ったら、ここへ来るように伝言して来てくれないか」
メグさんは軽く頷くと、僕にも微笑みかけた。
なんだが、励まされたみたいで、少し落ち着かない気分になるな。




