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ジュリアの不思議なマーカーライト2 54

 マーカーライトさんは、なんとも言い難い目で人物画を見つめる。


「俺はこの人の直系の孫だ。アイアン公爵家の最後の直系。今の公爵家にアイアンの血は流れていない」

「え? 公爵夫人にもですか?」

「ああ。あの女は祖父が他所に作った女が生んだ男の娘だ」

「……そうなんですか?」

「祖母には男が生まれなかった。俺の母親だけでね。そこで、祖父が愛人の息子を養子に取った。俺の親父は身分が高くなかったから、養子にして家を継がせる気にならなかったらしい。自分だってアイアン家の血は一滴も流れてないくせにな」

「なるほど。複雑です」


 彼はジッと黒髪の美しい女性の絵を見つめる。


「そのアイアン家に王弟が婿入りだ。もうあの公爵家はアイアンとは言えない」

「名前だけだと」

「その通りだな。俺は公爵家を潰す」

「……え?」


 私は素っ頓狂な声を出してしまったと思う。


「ええと、それは、正当なアイアン公爵家の復興的な?」

「違う、違う。ただ潰すだけだよ」

「……なぜ?」


 彼は私に向き直ると、口元に皮肉な笑みを浮かべる。


「気にくわないからだ」

「……はぁ」

「なんていうんだ? 紛い物が本物面して威張ってるのが気に入らない」

「でも、潰すっていっても」

「このまま放って置いてもそうなる。なにせ、あんたがモンテール家に居るからな」

「……私?」


 マーカーライトさんは、面白そうに私を見る。


「ああ。それに、あそこには………あ。早いな」

「え?」

「シャインが来た」


 部屋の中に風が渦巻いたと思ったら、シャインさんが現れて私の肩を抱く。


「ジュリア」

「シャ、シャインさん?」

「無事だな? 何にもされなかったか?」

「はい」


 私を後ろに回したと思ったら、いきなりマーカーライトさんを殴り倒した。


「悪ふざけも大概にしろ、マーカーライト」

「いきなり殴るかな」


 そう言ったマーカーライトさんは、立ち上がり様にシャインさんの足を蹴って彼を倒す。


「ちょ、止めて下さい! 二人とも!」


 転がったシャインさんは、そのままマーカーライトさんを引き倒し、のしかかって上から殴った。無言で殴り合ってる二人を前に、私はどうしていいのか分からない。シャインさんの黒眼鏡なんか、吹っ飛んで床で割れちゃってるし。


 男同士の喧嘩——そうだ。


 私は急いで台所に走って行って、バケツに水を汲んで戻って——。


「頭を冷やす!」


 二人に思い切り水をぶちまけた。

 兄貴に教わった方法。


 動きを止めた二人が、同時に非難の目を向けてくる。

 私が悪いんじゃないわよ。


「もう! いきなり殴り合いなんて止めて」


 腕を伸ばしてシャインさんを引っ張り起こすと、彼はそのまま私を抱きしめた。


 ——ああ、心配かけちゃったんだ。


 私も彼を抱きしめる。

 ごめんなさいって思いながら。

 彼は濡れた手で、何度も私の頭を撫でてる。


 その様子を見ながら、マーカーライトさんが拗ねたように言った。


「あのさ、俺の立場は?」


 シャインさんは私の頭を撫でながら、ジロッと彼を睨んだ。


「黙れ。お前、ジュリアに触らなかっただろうな」

「いや、そりゃ、手ぐらい触ったけどな」

「殺してやろうか」

「待て待て、シャイン。拭くものを持ってくる」


 マーカーライトさんが広間を出ると、シャインさんは私の顎に手をかけて口づけた。あんまり情熱的な口づけで、ちょっと腰が砕けそうになったけど、唇を離した彼が少し泣きそうな声で。


「心配した」


 そんなふうに言うから、胸が熱くなって何も言えない。

 吐き出すように、ごめんなさい、そう言うのが精一杯だった。


 戻って来たマーカーライトさんは、苦笑を浮かべてシャインさんにタオルを渡す。


「そんな顔するな。悪かったよ」

「煩い」


 そう言いながらも、タオルを受け取った彼は無言で頭を拭き始めた。

 そんなシャインさんを見ながら、マーカーライトさんが少し驚いたように言う。


「お前、本当にメロメロなんだな」

「そうじゃなかったら婚約なんかしてない」


 私は何とも居心地が悪くて、シャインさんの手からタオルを取って彼の頭を拭く。マーカーライトさんが、ため息に似た声を出した。


「仲がいいのは分かったから、そう見せつけないでくんないか?」

「見たいから連れて来たんじゃないのか?」

「シャイン。怒るなよ」

「お前は、後でツリッチャキにも殴られる覚悟しとけ」

「あー。お前らは短気だからな」


 シャインさんの淡い瞳を見ながら、私は不思議に思って聞いた。


「兄貴ですか?」

「コイツは、僕とツリッチャキの同期生だ。学園で一緒だったんだよ」


 私は思わずマーカーライトさんを睨む。


「そうなんですか? それで、アメリアさんだったんだ」

「そいう目で見ないでくれない? 傷つくな」

「少し傷つきましょう。アメリアさん、怖がって泣いてたんですよ?」

「あとで謝る」

「兄貴にも殴られて下さい」

「あんた、けっこう厳しいな」


 シャインさんが私の手を止めて、タオルを取るとマーカーライトさんに放った。


「次はないからな」


 凄い目で睨んだシャインさんに、マーカーライトさんは両手を上げる。


「分かった。分かったから睨むな。まあ、お前が入れ込むのは分かる。彼女は希少な女性だ」

「そういうんじゃない」

「バカ、俺だって分かってるさ。魔法解除能力の話をしてるんじゃない。女性としての魅力の話だ」


 シャインさんが軽く眉を上げて、私を抱き上げる。


 ええと。

 横抱きにされるの、ミュートいらいだなぁ。


「マーカーライト。ジュリアに手出ししたら、ただじゃおかない。忘れるなよ」

「覚えとくよ」


 マーカーライトさんは、そう言ってから寄って来て、私の手を取るとキスをした。


「またの邂逅を楽しみにしてますよ、モンテール夫人」


 シャインさんは、無言で私を抱いたままマーカーライトさんに背を向ける。彼のお屋敷を出て庭に繋いだ馬まで歩く途中でブツブツ文句を言った。


「くそ。手にキスなんかしやがって。僕が喜ぶと分かっててモンテール夫人と呼びやがった。あの男のああいうとこが気に入らない」


 私を馬に乗せてから、私の手を何度も何度も自分の袖で拭いた。

 こう気が立ってるシャインさんは初めてだな。


 あれ、そう言えば、今の時間って。


「……えっと、シャインさん。お仕事は?」

「マイクとジムに任せた」

「え? 抜けてきちゃったんですか?」

「アメリアが泣きながら、君が攫われたって言いに来たんだ。当然だろ」


 そうかぁ。

 アメリアさん大丈夫かな。


 シャインんさんは、少し走ってマーカーライトさんのお屋敷を離れてから、馬の速度を落として私の腰に腕を回すと抱き寄せた。


「ジュリア」

「はい」

「本当に無事で良かった」

「……はい」


 彼は私の首筋にキスして、大きく息を吐く。


「モンテール家に君を送ったら、仕事に戻るよ」

「……はい。あの」


 私が身を捩って彼の方を向くと、不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 だから、その唇にそっと唇を重ねた。


「……助けに来てくれて、嬉しかったです」


 そう言ったら、シャインさんが真っ赤になってしまった。

 そんなに照れられると、私も恥ずかしい。


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