ジュリアの不思議なマーカーライト1 53
馬車が止まった場所は、郊外の森の中だった。
古くて、重厚なお屋敷が建っている。
こんな所に立派なお屋敷があるんだな。
——ここには人の気配がないや。
庭も荒れていて、人の手が入っていないようだ。
でも、不思議。
これは、これで、魅力的なお庭になってる。
まるで森にそのまま迷い込んだみたい。
彼は馬車を返すと、自分で屋敷の扉を開いて私を招いた。
「どうぞ。ナイン家の小鬼さん」
「ジュリアです」
お屋敷の中も人気がない。
掃除も行き届いていないけど、居心地が悪い感じではない。
玄関ホールのすぐ横に居間があって、応接セットが置いてある。深緑色したベルベット生地の年代物のカバーが掛かってた。何もかもが古くて、重厚だ。家具も、カーテンも、絨毯も。
「悪いが使用人はいない。持て成すってわけにも行かないが座れよ」
「……はい」
ここで騒いでも仕方ない気がする。
この人から害意は感じないし。
ワインをボトルごと持って来た彼は、グラスを二つ置いた。
「これしかないんだ」
「すみません。私、お酒は飲めません」
彼は軽く眉を上げて、自分の分だけグラスに注ぐ。
「ところでお嬢さん。君には俺がどう見えてる?」
「どう見えているかですか?」
私は目の前に座ってる不思議な男性を見つめた。
「普通です」
「普通?」
「ええと。人間に見えます」
彼は吹き出しそうになって、ワイングラスをテーブルに置く。
「はは、運命の出会いを果たした王子様には見えないか?」
「誰のことですか、それ」
「部屋はどう見えてる?」
「気を悪くしないで下さい。とても古いお屋敷ですね。でも、重厚で、威厳を感じます」
軽く目を閉じて息を吐いた彼は、両手を自分の首の後ろで組んだ。
「あんた、本当に魔法が効かないんだな」
「そうですけど?」
「俺はね、何度もあんたに幻術魔法をかけようとした。馬車の中でも、屋敷に入って来てからも。俺を好ましく思って、運命の相手だくらいに思うようにな。屋敷にも幻術をかけてる。もっと近代的で、ハイソな感じに見えるようにだ」
少し皮肉な笑みを浮かべて、立ち上がった彼は窓を開いて風を入れた。
「けど、ま。それでいい。俺はこの屋敷を気に入ってるからな」
「そうですか。あの、それで、お話とは?」
「今してるよ」
「私と世間話がしたかったんですか?」
「そんな感じだ」
それがどうして、あんな乱暴な感じになるんだろ。
「アメリアさんの事ですが、彼女は兄の婚約者なので諦めて下さい」
「あの女に興味はないな」
「……やっぱり、ラブレターを書いたのは違う人なんですね?」
彼は色の違う瞳で私を見ると、面白そうな顔をした。
「あんた目端が効くんだな。あれは代筆屋に頼んだものだ。花もね。ま、付きまとってプレッシャーをかけたのは俺だけどな」
「なんだって、ここまで手の込んだことを」
ふっと黙ったマーカーライトさんは、窓から吹き込む風を受けて私を見つめた。
「あんたに会いたかったからだ」
「……どうして」
「魔法解除の能力持ちで、本人も全く魔法を受け付けない。魔法だらけの国で、魔法が一つも使えない」
——この人、私のコンプレックスを突っついて楽しいんだろうか?
「そのくせ、あのシャインを落とした。噂だとノワールまで求婚したそうだ。興味も沸くだろ?」
「そうですか。ご期待に添えなくて申し訳ありませんが」
「いや」
彼は初めて普通の笑みを浮かべた。
すごく、綺麗な笑みを。
「期待以上だな」
「……? そうですか?」
「ああ。魔法が通じない相手ってのが、こんなに面白いと思わなかった」
「さっきから、私のことをバカにしてます?」
「まさか」
何なんだろう。
謎々みたいな会話だなぁ。
ふっと物入れの上にあるアルコールランプが目に止まった。
ランプがあればお湯が沸かせるかな。
緊張しててもバカみたいだし。
「お茶入れていいですか?」
「お茶?」
「はい。私も喉が渇いてきました」
「……いいけどな。台所はあっちだ」
彼はわざわざ台所に案内してくれた。
大きな台所なんだけど、使ってるのは一部分だけみたい。
「マーカーライトさんは、木偶を使わないんですか?」
「物質関与は苦手なんだよ」
「じゃあ、お食事や片付けも自分でされるんですね」
「できる事は自分でやる。普通だろ?」
私はお茶を沸かしながら、この人は嫌いじゃないなって思った。
「自分のことを自分で出来るのは、すごく普通です」
「嫌味か?」
「違いますよ。普通って、すごいことだなって。あなたも紅茶を飲みますか?」
「煎れてくれるのか?」
「ついでですから」
「なら、飲もうかな」
買ったばかりの柑橘の香りをつけたお茶を煎れて、台所の椅子に二人で座って飲んだ。
「……人の煎れた茶なんか、飲むの久しぶりだな」
「この茶葉は初めてで、上手く煎れられてるといいんですけど」
一口飲んだ彼は、無邪気な笑顔を見せた。
「美味い」
私も吊られて笑ってしまう。
「それは良かったです」
……あれ?
こんなに和んでていいのかな。
「そうだ。マーカーライトさん。アメリアさんに謝って下さいね」
「嫌だ」
「ええ、彼女きっとすごく心配してる」
「俺に幻術をかけようとしたんだぞ?」
「仕事ですから」
「仕事なら人の感情を操っていいわけか?」
「どの口が言いますか。さっき、私に幻術かけようとしたんでしょ?」
軽く睨んだら、面白そうに笑った。
「分かったよ。代筆屋に頼んどく」
「……どういう人なんですか、あなたは」
「教えてやるよ。飲んだら広間に行こう」
彼に連れられて広間に行くと、大きな人物画が飾ってあった。
「俺の祖母だ。マーガレット・ホワイティ・アイアン」




