アメリアの混乱 52
ジュリアが我儘を承諾してくれて、気が緩んでたんだわ。
これで、あの影みたいにくっついて来る男から解放されるって。
太陽みたいなツリッチャキの笑顔を思い出しながら、美味しい紅茶を——なんて。
浮かれてたのがいけなかった。
「そのオレンジのフレーバーティーを包んで下さる?」
「承りました、お嬢様」
——と。
通りから叫び声と軽い悲鳴が聞こえて振り向くと、ジュリアがマーカーライトに腕を掴まれてた。ビックリして飛び出したけど、彼女は馬車に連れ込まれて。
「ジュリア! ジュリア! 誰か、あの馬車を止めて! ジュリア!」
人が足を止める中で、馬車はすぐに走り出して行ってしまって。
なんで?
どうして、ジュリアが連れ去られるの?
彼女を人質にして、私を脅す気なの?
「ど……どうしよう」
——あの娘に何かあったら、私のせいだ。
そう思ったら、今まで足が向かなかった王宮へ走り出してた。
途中で馬車を呼び止めて、大急ぎで魔法省へ向かった。
「モンテール近衛兵長に会いたいの! お願い、急いでるのよ! ここを通して」
門番に叫んでたら、本人が現れた。
「何を騒いでるんだ、アメリア嬢。今日は買い物じゃなかったのかい?」
「シャイン兵長! ジュリアが、ジュリアが!」
「……落ち着け、ジュリアがどうした?」
「攫われた」
「……どういう事? あぁ、とにかく一緒に来てくれ。門兵! この人は僕の執務室へ連れてく」
門番に宣言した彼は、私の腕を取ると執務室へ向かった。
心なしか青ざめているように見える。
執務室に入って、開口一番に説明を求められた。
当たり前だけど。
「アメリア。落ち着いて話をしてくれ。なんで、ジュリアが攫われるんだ?」
「……ごめんなさい。私のせいなの」
思わず涙が溢れてくるけど、今は泣いてる場合じゃないわ。私はハンドバックから例の手紙を出して、シャインに見せながら、ことの成り行きを説明した。
彼は大きく溜息をつくと、黒眼鏡を外して片手で顔を覆った。
「マーカーライトか」
「……ええ」
「君への依頼は兄貴から来たか?」
「え?」
私は思わずシャインの顔を見る。
「そうだと思うわ? ええと、書簡で来たから。でも、団長のサインが……あった」
「印は?」
「え? ああ、どうだったか」
——ちょっと待って。そうだわ。
「印は無かった。持って来た人が、急ぎの用件らしいって言ったものだから」
「……アメリア。君はハメられたんだよ」
「え?」
シャインは大きく嘆息して、机に腰掛けた。
「マーカーライトっていうのは、魔法にかかり難い男だ。特に、君が得意としてる幻術のような魔法には、耐性があると言っていいんだよ。何しろ、本人自身が幻術魔法の達人だ」
——なんですって?
「そのマーカーライトに、君をぶつける程、魔法兵団団長はバカじゃない」
「どういうことなの?」
「これはマーカーライトが仕掛けた、手の込んだ悪戯だ」
「悪戯?!」
彼は眉間に深いシワを寄せて、珍しく唸るような声を出した。
「あいつ……初めからジュリアを連れてくつもりで、君を使ったんだよ」
「……分からないわ」
「ナイン家の娘が魔法解除能力者なのは有名だ。大隊長が吹聴して回ってるしね。僕や兄貴が興味を持ったように、あいつも興味を持ったんだろ。だが、気づけば彼女はモンテール家のお抱えだ。俺や兄貴に会わせろって言ったって、絶対に会わせないことを知ってるんだよ」
私は足の力が抜けてく気がした。
「僕とアイツとツリッチャキは学園で同期生だった。僕が妖精眼なら、あいつは悪戯妖精と呼ばれてた。そんな可愛いもんじゃないけどな。君の立場や、行動の方向から、こうやって追い詰めればジュリアを引っ張り出すと踏んでたんだろ。ムカつくじゃないか」
——そんな。
「私、踊らされたの?」
「そうだ」
……なんて、こと。
「待って、でも、ジュリアは? ジュリアを助けないと!」
——ちょっと、ギクッとするくらい怖かった。こんなシャイン兵長は見たことない。
「ジュリアで遊ぼうなんて、身の程知らずだよな。ブン殴ってやる」
「……へ、兵長?」
「まあ、あいつが連れてったなら、君が思うような危険はないよ。だけどな……」
こ、怖いわ。
怒気が膨らんでくみたい。
「僕のジュリアに触るだけで、万死に値するって教えてやる」
彼は黒眼鏡をかけなおすと、机の上のベルを鳴らした。
現れた近衛兵にいつもの調子で軽く言う。
「悪いんだけど、この方をツリッチャキ騎馬兵の所へ送ってくれ」
それから口元に薄く笑みを浮かべて。
「僕は少し出かけて来る」
そう言って上着を手に取った。
——この人、もしかして、私が思ってるような人じゃないんじゃない?
そんな疑問がふっと頭をよぎったわ。
でも、もういい。
あとは彼に任せる。
ツリッチャキに会いたい。
あの見たまんまに、力強くて、優しい人の所へ行きたい。




