ジュリアのアメリアさんの災難3 50
彼女はハンドバックから封筒の束を出してテーブルへ置いた。
「読んで見て」
「いいんですか?」
「そのつもりで持って来たのよ」
手紙の束からは、ほんのり甘い油のような香りがした。
香油を使って居る人なのかもしれないな。
そして内容はというと——。
「熱烈なラブレターですね」
「……そうなのよ。それがね、花束と一緒に連日のように送られてくるの」
「アメリアさんが兄と婚約してる事を知らないんでしょうか?」
「いいえ。正気の彼なら知ってる筈なの」
「なるほど」
このラブレターを書いてる彼は、正気ではないと。
名前を見ると、マーカーライト・ホルス・アイアンとある。
……アイアン?
「あの、アイアン公爵家の方なんですか?」
「それが少し複雑なの。縁者ではあるけど、現公爵家とはあまり仲良くないのよね」
……公爵家に現と現じゃないものがあるんだろうか。
私の疑問に気づいたアメリアさんが、微苦笑を浮かべる。
「今のアイアン公爵は、王弟でいらっしゃるでしょ? アイアン家の血筋ではないもの」
「はい。でも、奥様がアイアン家の方なのでは?」
「血筋ではあるのかしら? でも、直系ではないのよ」
「複雑ですね」
アメリアさんが溜息混じりに紅茶に口をつける。
「それでね。アイアン家って国王殿下と関係が良くないでしょ? マーカーライトの立ち位置を確認するのが、私の任務だったのよ。それで、恋仲であるって幻術をかけて話を聞いたんだけど……」
「解けなくなってしまったと?」
「そうとしか思えないのよ」
彼女は少し泣きそうな顔になった。
「マーカーライトって言う人もね、シャイン近衛兵長に負けずとも劣らぬ変人で。あ、ごめんなさい」
「大丈夫です。続けて下さい」
「悪い意味じゃないからね? えっと。マーカーライトは人嫌いで有名なの。アイアン公爵家の縁者というのもあって、資産家でね。今、仕事らしい仕事はしてないんじゃないかな。自称、絵描きだそうだけど」
……絵描き。
「確かに相当に変わった人に聞こえますね」
「でしょう? その彼が——私を付け回してるのよ」
「……え?」
彼女の華奢な手が私の手を掴む。
「今も、居るわ」
「……え?」
「貴方の斜め後ろの席に座って、新聞を広げてる」
すぐに振向こうと思って思いとどまった。
今にも泣き出しそうなアメリアさんの様子から、危険なものを感じたから。
私はハンドバックからコンパクトを掴み出して、髪型を確認する仕草で後ろの人を写す。
——本当だ。
短い黒髪を撫で付けて、黒づくめの格好をした若い紳士が新聞を広げていた。シャインさんじゃないけど、黒い眼鏡をかけているので顔は確認できない。
「後ろめたい事なんかないんだけど、ツリッチャキに知られたくない。彼は真っ直ぐな人だもの、傷つけてしまうかもしれないし。それに、魔法兵団の仕事を説明するわけにいかないじゃない? 勘ぐられるのは悲しいわ」
私は少し考え込む。
「シャインさんに見てもらうわけに行きませんか? 彼なら一目で魔法がどうなってるのか分かりますから」
アメリアさんは困った顔で眉を下げた。
「彼はツリッチャキの友達じゃない? 知られたくないし。これって魔法兵団の一員としては大失態に入るの。隠密に事を進めなきゃいけないのに、派手な花束を連日送られたりして。婚約者の居る身でって、家の者からも冷たい目で見られるし」
——そうか。アメリアさん、兄貴に知られたくない気持ちが強いんだな。
兄貴なら心配ないと思うけど。
ああ、でも、マーカーライトさんをブン殴り兼ねないか。
アメリアさんを、こんなふうに追い詰めちゃった男を許すわけないな。
「無理を言ってるのは分かってるんだけど。あの人が私を付け回すなんて、絶対に普通じゃない。……お願い。彼に触ってみてくれない? 本当に申し訳ないと思うわ。でも、私……」
アメリアさんの目から小さな雫が溢れた。
「本音を言えば、すごく、怖い。あなたを巻き込んで申し訳ないと思うけど、魔法省を通すとタイムラグが起こる。もう、耐えられないの。すぐに終わらせたい」
私はポケットからハンカチを出して、彼女の頬に当てた。
「分かりました」
「!! 本当? いいの?」
「でも、約束して下さいね。私が触れて、まだ付き纏われるようなら、必ずシャインさんと兄貴に相談するって」
「……分かった。約束するわ」
魔法解除の小鬼と呼ばれても、恋の魔法だけは解けないからね。




