シャインの落ち着く部屋 5
最近、城の中が少し不穏だ。
どのくらいの人間が気づいているか不明だが。
あちらこちらに危険な魔法を使った跡が残ってる。
「毎度のことだけど、気持ち悪いな」
「シャイン兵長?」
「ん? ああ、いや。独り言」
僕は黒眼鏡を掛け直して、夜勤に着く近衛兵に小さく笑いかける。
「じゃあ、帰るけど王太子を宜しく」
「お任せ下さい」
まだ若い近衛兵、彼は確かフェルマー公爵の三男だったかな。
魔力はそこそこで、剣術が得意だったはず。
名前は——ああ、そう。
「頼んだよ、マキシム」
名前を呼ぶと、彼は少し嬉しそうに頷いた。
自宅へ戻る馬車に乗り込み、小さく息を吸い込む。
ケイデンス王国は魔法王国だから当然だが、どこもかしこも魔法の跡だらけだ。
生まれた時から持ってる能力だし、自分が見ている世界が人と違う事には慣れたけど、疲れないわけじゃない。
目を瞑って息を吐く。
こうしている時だけ、魔法の軌跡を見ないで済む。
モンテール家に戻って、いつも通りにパスカルへ上着を渡して部屋へ戻り。
——驚いた。
明かりを灯した部屋が、綺麗に片付いていたから。
ああ、そうだった。
今日からナイン家の娘のジュリアが居るんだった。
あの能力は大変に興味深い。
彼女の周りは持て余しているようだけど、魔法を一切受け付けないなんて面白いじゃないか。おまけに強力な魔法解除能力者だ。そんな力は、望んで手に入るものではないのにな。
ツリッチャキから妹の話を聞いて、ずっと会ってみたいと思ってた。
噂もいろいろ聞いたし、間近で観察できるなんて幸運だな。
出来るなら、魔法兵団に欲しいくらいなんだが——。
彼女が触れたからだろうか、洗い立てのシーツやガウンからも魔法の軌跡が消えている。僕だって、古い魔法の跡までは見えないけど、洗濯物からはルーランの魔法の跡が見えるのが通常だった。
今は一切見えない。
彼女の能力は魔法解除だけじゃないらしい。
軌跡まで消してしまうのかもしれない。
黒眼鏡を外しても、変わらず部屋は静かで整ったままだ。
「これが、普通に人が見てる風景なわけだね」
ふいに——甘い香りが漂った。
「……アリッサム」
白い可憐な花がベッド脇のサイドボードに飾られているのを見つけた。
思わず息を吸い込んでから笑う。
部屋に好きな花が飾ってあるなんて、初めてじゃないのか?
それに、部屋がこんなに落ち着くのも。
☆
夕食に降りて行くと、僕の席の後ろでジュリアが待機していた。
「やあ、ジュリア。ここでの仕事はどうだい?」
「皆さんがよくして下さるので助かっています」
「アリッサムを飾ってくれて有難う。僕の好きな花だよ」
彼女は嬉しそうに笑った。
「良かった。お庭にたくさん植わっていたので、お嫌いではないだろうと思ったのですが」
……へぇ。
笑うと可愛いじゃないか。
ジュリアは兄のツリッチャキとは、あんまり似ていない。メイド服に身を包んだ小柄な女の子を見てそう思う。髪は黒に近い茶色で、瞳は赤みがかった茶色。色白で小作りな顔をしている。
まあ、僕の審美眼はあてにならないけどね。
着飾った婦人ばかり見てると、判断の基準がおかしくなってくる。化粧を落としたら、どんな顔をしているのかわからないしね。それに、魅了魔法だ。僕が出会うご婦人は、まず間違いなく魅了魔法を使っている。魅了魔法が不得意な人もいるけれど、そういう人は身体強化を使って血の巡りを弄っていたりする。
僕が見る彼女たちは、魔法の軌跡だらけだ。
ジュリアのように、なんの魔法も見えない娘には会ったことがない。
魔法を受け付けないんだから当然だけど。
「ツリッチャキが君の料理を自慢してたよ。楽しみにしてる」
「兄がですか?」
彼女は意外そうに目を見開いた。
自分の兄が実は妹コンプレックスの持ち主だと知らないようだ。
「それは……意外です。あ、すみません。立ち話など。お席へどうぞ」
「そんなに構えなくていいよ?」
「いえ。私はお給金を頂くのですから」
「ウチの使用人は、もともとフリーな感じだよ。だから、ジュリアにもそうして欲しいと思ってる」
彼女は少し困った顔で、兄の席の後ろに控えて居るパスカルを見た。
「ジュリア。主人の要望には可能な限り答えるのが良い使用人です。私は好んで構えているのです」
パスカルにそう言われ、彼女は小さく笑った。
「分かりました。では、シャイン様」
「だからね。シャインでいい」
「……シャインさん。お席へどうぞ」
ちょうど兄貴も食堂へ入って来たので、席につく。
食卓を囲むのは、兄のノワールと僕とルーランの三人だ。
本来ならルーランは兄の後ろに控える立場だが、マナーを覚える為という理由で一緒の食卓についている。まあ、実際には他の理由があるんだけどね。
「君にも食卓に着いて、お喋りして欲しいくらいだけど?」
「シャインさん。本当に、私はメイドの仕事を覚えたいので」
「そうなの?」
「はい。出来るなら、この仕事で独り立ちを目指します」
「……え?」
僕は少し驚いて彼女を見上げた。
「メイドで?」
「はい。アンジュさんのように、屋敷を一つ回せるくらいになりたいものです」
ツリッチャキから、彼女と父親の確執は聞いてる。
意に沿わない見合いから逃げているのも。
その上での発言なんだろうけど。
「もったいないこと言うね」
「もったいないですか?」
彼女はキョトンとしてしまった。
「君くらいの能力者なら、違う仕事も出来そうだからね」
「能力者……ですか?」
ああ、彼女は自分の能力を分かってないんだったな。
僕は曖昧に笑ってごまかす。
その件については、少し時間をかけようと思ってるしね。
僕は本気で彼女を魔法兵団に欲しいと思っているんだから。
パスカルに目線で促され、彼女は話を切り上げるとキッチンに引っ込んで食事を運んで来てくれた。
「シザーサラダになります」
まずはサラダからか——。
兄やルーランの前にも同じものが運ばれたが、見て分かる。
僕の分だけはジュリアが作ってくれたものだ。
魔法の跡が皆無だからね。
僕は機嫌よく食事を始めた。
一口食べて驚いた。
「ジュリア。君、本当に料理が上手いんだね」
彼女はパァっと顔を赤らめると、嬉しそうに首をすくめる。
思い違いじゃなく、この娘の仕草は可愛い。
「メニューはアンジュさんの提案です。シャインさんの好みに合わせています」
「ありがとう。美味しい」
「デザートもあるんですよ」
「それは楽しみだ」
なんだろう。
僕は少し不思議な気分になった。
魔法の跡が全くないのに整った部屋、美味しい食事。
そんなのを楽しめる日が来るとはね。
改めてジュリアを見ると、彼女は静かに微笑み返してくれた。




