ジュリアの仕事 4
キッチンの隅に用意された食卓で食事をするように言われ、少し戸惑いながら昼食を食べることとなった。アンジュさんの姿はなく、パスカルさんも席を外していたので、立働く木偶に囲まれた不思議な食事だ。
——どうしよう。すごく、面白い。
忙しく動き回る木偶を眺めているのは飽きない。
夕食の仕込みをしているのや、保存食を加工しているのや、洗い物、片付け、彼らは無言で動き回る。ほんと、口数だけが多いメイドを雇うより効率的かもしれないよね。
スープとサンドイッチはとても美味しかった。木偶に触れないように自分の使った食器だけ洗い、お茶を飲んでいるとパスカルさんが戻って来る。
「お食事が終わりましたら、シャイン様のお部屋へご案内します」
「あ、はい、お願いします」
シャイン様のお部屋は二階の一室で、思いの外に簡素だった。そうは言っても伯爵家の次男であるから、一般人の部屋の数倍は豪華だけどね。なんというのか、飾りのないお部屋である。
「掃除道具は廊下の物入れに御座います。新しいシーツ類はそこに用意されておりますし、触れられて困るものは片付けてあると聞いております。お好きに掃除して下さって構いません」
男性の部屋にしては片付いていると思う。比べるのが兄貴の部屋しか思い浮かばないけどね。
「あと、シャイン様のお食事はジュリアに任せるそうなので、お夕食の準備もあると覚えて置いて下さい」
「え? お食事もですか?」
パスカルさんが小さく笑う。
「アンジュの料理には木偶の手が入っています。魔法の軌跡が見えるそうなのですよ。なので、是非ともジュリアの料理でと——お料理はできますか?」
軽く手が震えるくらい嬉しい。
ビビに仕込まれた料理の腕が役に立つ日が来るなんて、感動だ!
実家では全て手作業の料理は面倒がられてて、趣味程度にしか思われてなかった。ビビとリリアンは美味しいって食べてくれたけどね。
「一通りは出来ます。お口に合えば良いですけど」
「お任せしました。では、宜しくお願いします」
ああ、なんだか、嬉しくなっちゃう。
私でも役に立てるんだなって思うと顔がニヤつく。
お掃除の前に、まずは換気だろうと窓を開く。
吹き込んだ風でカーテンが揺らぐ。
「ああ、すごい眺め」
シャイン様の部屋からは、ノワール家の庭がよく見えたし、敷地の向こうに広がる果樹園も一望できる。空を流れる雲もよく見えるし、春も早い今の時期は庭や果樹園から、咲き出したばかりの花の香りが風に乗ってほのかに香る。こんなお部屋で暮らして居れば、飾りはいらないかもなぁ。
ソファーに脱ぎ捨ててある洗濯物を回収し、ベッドに放り出してあるガウンをハンガーに掛ける。シーツ類を取り替えてベッドメイキングし、椅子や机の本を本棚に戻していく。
広げてあったり、栞が挟んであるものは整えて机に置き直した。
必要だから広げてあるのかもしれないしね。
シャイン様の本棚は実に興味深い。
歴史書から薬学、魔法学、農科学、古い民話、物語、エトセトラ。
こんなに多くの本をお持ちとは、さすが伯爵家次男。
「……今度、貸してもらえないか聞いてみようかな」
読みたい本が沢山ある。
見ているだけでワクワクしてくるな。
部屋の片付けは主にシャイン様本人がしていたそうで、さすがに埃を被っている部分も多い。バケツを持って外の井戸まで行って水を汲んでくる。はたきを掛けて雑巾で拭き掃除した。
拭き掃除にも薬湯を使うと良いんだけど、今日は水拭きと乾拭きだけにしておく。ハーブの管理をどうしてるか分からないから。
汚れ水を捨てに行くと、庭のアリッサムが甘く薫っていた。バンタムさんに言って少し分けてもらい、小さな花瓶も貸してもらった。
庭に多く植えて居るんだから、嫌いな香りではないんだろう。
そう考えて、シャイン様のお部屋に飾った。
窓を閉めて部屋をチェック。
まぁ、整ったかな?
「さて、次は夕食の準備だけど……」
材料を見ないと献立も立たないな。
私は掃除道具を片付けて、キッチンへ向かった。
キッチンに戻るとアンジュさんが、木偶たちの仕事ぶりをチェックしてる所だった。
「お疲れ様です。アンジュさん!」
「おや、ジュリア。坊ちゃんの部屋の掃除は終わったのかい?」
「はい。それで、ですね……」
「夕飯の支度かい?」
「……はい」
よく考えたら、アンジュさんには失礼なことかもしれない。
急に入って来たメイドに、大事な仕事を任せなきゃいけないんだし。
「パスカルから聞いてるよ。そっちの竃と道具は好きに使っていい。あ、食材は食料庫から適当に使いな。数の少ないもんを出した時は言って置いて欲しいけどね。ええと——あとはぁ」
「いいんですか?」
アンジュさんがキョトンと私を見る。
「なんていうか、ここはアンジュさんの大事な職場なんだし」
なんか、うまく言えないなぁ。
思わず困って俯くと、彼女はガハハハと笑った。
「あんた、いい娘だねぇ。気にしないでいいんだよ。あたしは仕事が一つ減って助かるくらいさ」
アンジュさんは厚みのある手で私の腕をポンポンと叩いた。
「シャイン坊ちゃんに、美味いもんを食べさせてやっとくれ」
「……頑張ります」
「で? 何を作るんだい?」
「食材を見て決めようかと思ってまして。あ、シャイン様は何がお好きですか?」
「坊ちゃんは、そうだね。好き嫌いは少ないけど——」
私はアンジュさんのアドバイスを受けながら献立を決めた。
魔法の解除っていう体質は面倒なんだけど、アンジュさんが気を使って木偶が私の頼みにも反応するようにしてくれた。それに、魔法が完結してる場合は遡ってまで解除はされない。私が触れて解けるのは、現在進行形の魔法だけだから。時間のかかる下ごしらえが必要な食材でも、魔法が完結してれば使える。
——でも、シャイン様への料理には無理だね。
彼は魔法の軌跡が見えちゃうんだから。




