ジュリアの寡黙なルーラン 3
パスカルさんに連れられて、次に顔を出したのは洗濯室だった。そこでは、少年が魔法を使って洗濯をしている所で、泡と水と洗濯物が空中で竜巻を作っていた。
「ルーラン」
振り返った少年を見た私は、心の中で感嘆する。
すごく綺麗な少年だったからだ。
精霊との混血じゃないかと噂さされているシャイン様も、そりゃ綺麗な男性だったが、目の前の少年はまさに妖精そのもの。甘い蜂蜜色の金髪にエメラルドの瞳をしている。
「彼女は新しいメイドのジュリアだ。聞いてると思うが、彼女は魔法を使わない。触れたモノの魔法を解除してしまう娘だよ」
彼はジッと私を見てから、小さく頷く。
その間も洗濯物はトルネードを止めない。うん。この少年も相当の魔力を持つ子のようだ。モンテール家の使用人はレベル高すぎじゃなかろうか。
「ジュリアです。分からない事も沢山あるので、いろいろ教えて下さい。よろしくお願いします」
アンジュさんで気を良くした私は、手を差し出したんだけど。
彼は私の手を見て怪訝そうに眉を寄せた。
そうよね。
これが普通の反応だわね。
私は手を引っ込めて、ただ、親愛の思いを込めて笑った。
女の武器は心のからの微笑みだからね。
彼はふいっと目線を下げる。
なんだか、表情に乏しい男の子だな。
洗濯室を出ると、パスカルさんが静かに言う。
「彼は少し特殊な生育環境だったのですよ。気を悪くしないで下さい」
「いいえ。あれは普通の反応です。私に触れるのを嫌がる人は多いですから」
ふっと足を止めて私を見たパスカルさんは、ゆっくり首を振った。
「ルーランは誰にでもああです。唯一、彼が打ち解けているのはノワール様だけですから。あなたに触れたくないということではないですよ」
「え? 鉄面皮の……」
慌てて口に手をやると、パスカルさんは小さく笑った。
「そうです。難攻不落の鉄面皮。当家の主人であられるノワール伯爵様です」
「……すみません」
「いえ。謝ることはありません。確かに当主は表情に乏しいところがありますので。ですが、ノワール様もルーランも、決して心まで冷たいわけではないと知って下さい」
私は大きく頷く。
それはそうなんだと思う。
行き場のない私を、メイドとして置いてくれるだけでも感謝に絶えないもの。
次に挨拶したのが、バンタムさん。アンジュさんのご主人なわけだけど、彼女に負けない質量の方だった。
「若い娘さんをここで見るのは何年ぶりかね? よろしく頼むよ」
丸顔でニコニコと笑みを絶やさない、とても愛嬌のある男性だ。
馬番だというサイロンさんは、裏庭で薪割りをしていた。筋骨隆々とした逞しい男性で、フサフサの黒髪が逆立っている。
「へぇー。珍しいね。ノワール家で娘さんが働くんだ? 俺も魔法は得意じゃないんだ。親近感が湧くな」
サイロンさんは、そう言って笑いながら握手してくれた。硬くてゴツゴツで、よく働くんだろう手だった。
広間に戻りながら、パスカルさんが言うには。
「これで、一通りの挨拶は済みましたね。シャイン様の通達で、ジュリアにはシャイン様のお世話をしていただきます。もうすぐ昼ですので、キッチンで食事にしましょう。午後にはシャイン様のお部屋を案内致します。あなたには、彼の部屋と身の回りのお世話を頼みますので」
——あの、キラキラしい人の?
私が不思議そうにしたからだろう、パスカルさんは面白そうな顔をした。
「あなたの能力は、シャイン様にはうってつけなのです。ご存知とは思いますが、シャイン様には魔法の軌跡が全て見えてしまいます。望むと、望まざるとなのです。自室くらいは、魔法の軌跡のない環境で過ごしたいと仰っています。あなたは、魔法を使いませんし、使われた魔法も解除しますでしょ?」
ああ——妖精眼も大変なんだな。
「分かりました。誠心誠意、勤めさせて頂きます」
「けっこうです」
キッチンに向かっていると、反対側からルーランが小走りで向かって来た。パスカルさんが、声をかける。
「ルーラン。急がなくても、家庭教師は午後からでしょう?」
「宿題を忘れてたんです」
「ああ」
彼は小さく頭を下げながら、走り去ってゆく。
「家庭教師ですか?」
「ええ。彼はまだ十五歳ですから。午後は学業の時間なのです」
使用人にも勉学をさせる。
さすがノワール家は違うのね。
「どうされました?」
「いえ。ナイン家では使用人に勉学をさせる。そういう発想はなかったので、見習わないとなって思って」
私が苦笑してみせると、パスカルさんは軽く首を振る。
「一般の使用人は、たとえ未成年でも家庭教師まではつけてもらえませんよ。ナイン家が普通です。彼は少し特別なのですね。ノワール様の側付きとして教育は欠かせないという所です」
魔法省トップの側付きって、大変なのかな。
「なるほど。働きながら、学業は忙しいですね」
「ええ。ノワールは頑張ってますよ」
十五歳じゃ、私より三つも下だもんな。
思わず姉目線で走り去ったルーランくんの姿を思い出す。
うん。
頑張れ、少年。




