ジュリアのモンテール家 2
兄が用意してくれた宿に一泊した次の日、モンテール家に着いたのは午前十時前後だった。
一応、シャイン様に書いて頂いた書状も持ってる。
——大丈夫。
緊張で少し強張る自分をなだめて、大きく深呼吸。
立派なお屋敷の扉を叩くと、暫くして目の細いヤギのような男性が扉を開いてくれた。フサフサの白髪にフサフサの白い眉をしている。
「し、失礼致します。私はジュリア・フローラ・ナインと申します」
「ようこそ、ジュリア嬢。主人から話は聞いております。私は当家の執事、パスカルと申します」
パスカルさんは目が細い上に目尻が下がっているので、どこか笑っているような顔を私に向けた。
「主人は仕事へ行って不在ですが、あなた様のことは任されておりますのでご安心下さい。では、まずはジュリア様のお使いになるお部屋へご案内致します」
「……あ、あの」
パスカルさんはフサフサの眉を動かす。
「何か?」
「私は今日からメイドですので、執事さんに丁寧語を使われるのは違うかなと」
小さく頷いた彼は、しごく当然だという顔で言った。
「ジュリア様はナイン男爵家のご令嬢ですので。ですが、心配はいりません。メイド服へ着替えて頂ければ、私もメイドとしてお相手致します」
……ああ。なるほど。
公私の区別はシッカリつけるぞ、と。
「承知しました。よろしくお願い致します」
案内してもらった部屋は、広いし、家具も備え付けで綺麗だった。
「あの、ここを使っていいんですか? メイドには勿体無いような部屋ですが」
「どうぞお使い下さい。我が屋敷は部屋数だけはありますので」
別にナイン家の者だからって訳じゃないならいいかな。
「メイド服はタンスに用意して御座います。荷物を片付けて着替えましたら、一階の広間へいらして下さい」
パスカルさんは、そう言うと私を残して部屋を出て行った。
部屋は山吹色の絨毯をメインに、カーテンもシーツも淡い黄色やオレンジといった同系色で統一されている。とても温かみがあって、落ち着く色合いだ。
「上品なお部屋だなぁ」
私はタンスからメイド服を出して着替えた。踝まで隠れる黒いワンピースに白のエプロン。レースのあしらわれた白い帽子。履いて来た靴が黒のブーツで良かった。メイド服でも浮かないもの。
髪をまとめて、帽子を被る。
なんか、ちょっと照れくさい。
ナイン家にもメイドは居るし、似たような服を身につけてた。
でも、自分で着るのは初めてだもんね。
——ビビに見せたいくらいだな。
私は一人で小さく笑う。
ビビはすでに五十がらみのメイド長で、体の弱かった母に代わって私を育ててくれた。私にとっては乳母のような人だ。魔法が使えない上に魔法を解除してしまうという体質の私に、誇りと自信を持つように教えてくれた。
——魔法が使えないくらいで泣くものじゃありません。
——貴方には天が授けてくれた、立派な手足と脳みそがあるでしょうが。
——できないなら、できないなりに、どうしたら出来るか考えなさい。
——女性にとって、最強の武器は魔法ではありませんよ。
そうだった。
ビビが教えてくれた最強の武器は……。
——心からの微笑みです。
それが、なかなか難しいんだけどさ。
でも——。
私は両手で自分の頬を引っ張って、強張った表情をほぐす。
意に沿わない男性に嫁ぐぐらいなら、私は一人で生きてく方法を見つけるんだもん。その一歩がモンテール家での仕事だもの。
「頑張ろう!」
私は気合を入れ直して、一階へと降りて行った。
☆
広間に行くと、パスカルさんが窓の外を眺めながら待っていてくれた。
「お待たせして申し訳ございません」
「いえ。寸法は良いようですね」
「はい」
細い目をさらに細めた彼は、一人で頷く。
「では、まずキッチンへ行きましょう。モンテール家で唯一のメイドであり、コックでもある方に紹介いたします」
「……え? 唯一ですか?」
「はい。我が屋敷には、私とメイドのアンジュ。ノワール様のお側付きとしてルーラン。庭番でアンジュの夫、バンタム。馬番のサイロンが働いています」
私は思わず目を丸くした。
「この大きなお屋敷を五人で?」
「主人の意向です。主人であるノワール様は煩くされるのがお嫌いなのですが、年若いメイドはダメですね。なんとかノワール様の気を引こうとして、纏わり付いてしまうのです」
……噂には聞いた事がある。
氷の美貌を持つ魔法省のトップ。
ノワール・スピネル・モンテール。
難攻不落の鉄面皮。
パスカルさんは、小さく笑った。
「ですが、ジュリアは大丈夫でしょう。シャイン様の素顔を見て、顔色一つ変えなかったそうですね?」
「大変にお綺麗な御尊顔だとは思いますが。人のお顔でしたよ?」
老ヤギみたいなパスカルさんが吹き出して笑った。
パスカルさんでも、爆笑するんですね。
「くっくくっく。し、失礼。そういう感想を聞いたのは初めてですね」
「兄が——シャイン様は人離れした御仁だと、つねづね言っていたものですから」
「まあ、確かに能力は人離れしていらっしゃいますが。ああ、ここがキッチンになります」
——おお。
モンテール家のキッチンは、流石に広くて様々な物が揃っていた。しかも、現在はその台所で所狭しと人形が立ち働いて居る。木偶と呼ばれる簡易人形達だ。
パッと見で五体から六体もの人形が動いて居る。その姿を眺めながら、椅子でお茶お飲んで居る大柄で恰幅の良い女性がギロッと私達を見上げた。
「やあ、アンジュ。彼女が新しいメイドのジュリアだ」
「ふぅん? あんたが、魔法解除能力者かね? 全くデンジャーな能力だわね」
確かに、この木偶達の魔法を解除しかねないんだもんね。私は魔法がこの場にかかってるのかもしれないと思って、キッチンに入るのを躊躇した。
多くの木偶を動かす場合、キッチンそのものに魔法をかけることが多いのを知っていたから。
と——アンジュさんがニカッと笑った。
「心配ないよ。木偶達には一体一体に魔法が掛けてある。一度に解除されることはない。だからね、あんたがあたしを触っても問題なし」
彼女はそう言って立ち上がると、私に手を差し出してくれた。
「それは……すごいですね。ここまでの数の木偶を、一度に動かしてる人を見たのは初めてです」
場所に描いたシジルを使って、多くの木偶を使役する魔法は見た事がある。一つの指令に向かって、数体の木偶が動く魔法だ。けれど、彼女は一体一体に魔法を掛けていると言った。それは、一体一体に違う指令を出しているという事だ。
しかも、私と触れ合って問題ナシということは、すでに魔法は完結している。木偶たちは彼女の指令を果たすまで注がれた魔力だけで動き続けるということだ。この女性は、どれだけの魔力量を持っているんだろう。
一級どころか、特級の魔法使いだと思う。
さすが、モンテール家のメイド様だ。
「尊敬します。アンジュさん」
私が本気で感心しながら握手すると、アンジュさんは豪快に笑った。
「なに、慣れだよ。慣れ。何しろ、屋敷にメイドはあたし一人だからね」
「いえ。本当に……すごいと思います。ええと、私も微力ながら、木偶の一体分くらいの働きはしたいです。よろしくお願い致します」
その言葉を聞いたアンジュさんが、目を瞬かせてから私をギュッと抱きしめた。体の大きさもあるだろうけど、彼女の力強さと豊かな体で窒息するかと思ったよ。
「あんた、ジュリアって言ったね? 気に入った! 木偶を馬鹿にする奴は多いが、その能力をきちんと評価してる。あんた、大物かもしれないよ」
「う、嬉しいですけど、苦しいです。アンジュさん」
「はははは! いい娘が入ったね。逃すんじゃないよ、パスカル」
パスカルさんが面白そうに眉を上下した。
「アンジュに気に入られましたか。良かったですね、ジュリア。彼女に気に入られるということは、この屋敷に気に入られたということです」
——屋敷に?
言ってる意味が今ひとつ理解できないけど……。
彼女の圧倒的な魔力と、肉体的重圧は理解したと思う。
「そ……それは光栄です」




